第6話 砂丘の大監獄

 審議が終わり、俺はどこに向かっているのかも分からないまま従者達に連行される。薄暗い地下道を歩いているが、先程の牢獄とは別の場所に向かっている様子であった。


「なぁ、どこに向かっているんだ?」


 従者達に声をかけてみるが、俺の声は耳に入ってすらないのか、何の反応も示さない。俺を3人で取り囲むように歩く従者達は、どれも人間の見た目をした何かであった。命令を愚直にこなす感情がない人形。そんな印象から思い浮かぶのは、やはりサイボーグである。


(よく読む小説の異世界転生っていうと、文化や科学は現実世界より劣っていることが多い……。こいつらが本当にサイボーグなら、この世界の科学力は現実世界を軽く凌駕しているみたいだな)


 小説で得た知識を思い出すに、異世界転生で生き抜く時、現実世界の知識が意外と役に立ったりしている。そういった隙があり、そこにチート能力的なものがあるから転生先で成り上がれるわけだ。

 だが、俺の小説知識はここで役に立つことはなさそうだな。そもそも、死刑から始まって無期懲役をくらう異世界転生の小説なんて、少なくとも俺は読んだことがない。


(なんだってこんな世界に……。夢だっていうならさっさと目覚めてほしいが、色々な感覚が生々しすぎる)


 確かに異世界転生を望んではいたが、俺が望んでいたのはチート能力で世界最強になったりする転生。こんな世界最底辺からスタートするなら、せめてざまぁ的な要素を取り入れてほしいものだ。今のところ成り上がる要素が無に等しい。たいした能力も持っていないし、周りは化物じみた奴らばかり。そして俺が目指している目的地は監獄。


 この先に何が待ち受けているのか。そんな不安に苛まれていると、気づけば1つの扉の前にたどり着く。

 従者の1人が扉を開けると、そこは何もない小さな部屋。俺は手錠を外され自由になると、その中央に突き飛ばされる。そして従者達は無言のまま扉を閉めて鍵をかけた。


「なっ?! 何だよここは!」


 扉が閉まると、そこは明かり1つない真っ暗な部屋。意味も分からず閉じ込められた俺は、必死に扉を叩く。怒声をあげて従者達に呼びかけてみるも、外からは何の返事もなかった。

 困り果てていたその時である。急に足元が淡い紫色に発光し始めたのだ。慌てた俺は部屋の隅に身を寄せ、光に極力触れないように足をジタバタと扇がせる。そうこうしていると、紫色の光は六角形の星を型どり、魔法陣のような紋章に変化した。


「なんだよこれ!?」


 焦る俺を無視するように、光は部屋全体を埋め尽くす。あまりの目映さに瞼を閉じると、暖かな風が体を包み込む。

 そのまま数秒ほど発光が続くと、光は満足したように闇へと還る。何が起きたのか分からないまま呆けていると、扉がゆっくり開き、明るい日照が部屋に差し込んできた。


「ふむ、こやつが噂の」


 扉を開けたのは1人の女性であった。

 年齢は俺よりも少し下くらいだろうか。長く黒い髪をポニーテールのように束ね、碧色の大きな瞳で睨みをきかす。耳は先端が鋭く尖り、鼻筋はすらっと高く、ふっくらとした唇は艶々しく光り色気を放つ。

 スタイルも文句無しに良い。重厚な鎧を着ているが、まさにファンタジーアニメに出てくるような女性とばかりに、色白の肌が所々露見している。極めつけは、服から剥き出しになった豊満な胸が、美しい谷間を作り輝いている。

 そんな絵に描いたような美女は、腰元に下げた剣を抜き取ると、躊躇することなく切先を俺の首に突きつけてきた。


「オルディ=シュナウザーじゃな? 我輩はルーデウス=エリルリア=ナターリア総正監である。大監獄ベルバーグの全権限を一任されておる者じゃ。これより貴様をベルバーグ最下層に収容する。少しでも反抗すれば、即刻にその首を切り落とす。大人しく我輩についてまいれ」


 俺は彼女の気迫に圧倒された。

 総正監といえば、看守達の中でも最高位だ。そんな重鎮であるのに、1人で囚人を連行するのはそれ相応の実力があるからだろう。胸元に鼻の下を伸ばしている場合ではないと気を引き締めた俺は、素直に指示に従い、ナターリアの後をついて歩き始めた。


 部屋から出ると、むさ苦しい熱風が体に襲いかかる。砂場に反射した光が痛々しく輝くそこは、広大な砂漠であった。

 見渡す限りの地平線に砂丘が広がり、周囲にあるのは俺がいた部屋だけ。照らしつける太陽は灼熱の業火とも錯覚するほどの熱量を放ち、焼けつく空気が肺を焦がす。自然の猛威は、瞬く間に体内の水分を汗に変えていった。


「それにしても、最下層の住人は久しぶりじゃの~」


 この灼熱の中、ナターリアは汗1つ流さずに独り言を呟きながら歩いていた。右手で先程の剣をペン回しでもしているように軽々と振り回している。なんとも器用なもので、剣そのものが自分の体の一部になっているようなレベルであった。

 しかも、そんな状態でありながら常に俺へと意識を集中しているようだ。俺が少しよそ見をすれば、その切先は一瞬でこちらに向けられる。今は手錠をつけていないが、彼女からはそれ以上の拘束力が感じられた。


「あの……何個か質問しても良いでしょうか?」

「構わぬぞ。貴様には問う権利が許可されておる」


 分からないことはいくつもあるが、ひとまずはここがどこなのか。数分前には城のようなところにいたのに、今俺は砂漠を歩いている。


「俺はさっきまで城のような所にいました。なんでこんな砂漠にいるのでしょうか」

「なんじゃ? 転送魔法も知らぬのか?」


 魔法か。夢物語の1つが目の前には存在するのだな。

 そういえばレクタス公爵も、ミラエラに向かって魔力をどうのこうの言っていた。俺が想像するような魔法といえば、炎を出したり、傷を回復させたり、そんな奇跡ともいえる事象だ。それと同等のものと考えてよいのだろうか?


「リングベル城の囚人専用転送装置からエーテル砂漠に飛ばされたのじゃ。そして今から貴様は、砂丘に沈む世界最悪の大監獄、ベルバーグに収容される」


 砂丘に沈む大監獄。想像しただけでもう恐ろしい。

 これも魔法の力が関与しているのだろうか。砂の中に建物が存在するって思考が俺には理解できないが、この世界ではそれくらい当たり前ということか。

 となると、やはりこれも魔法の力だろうか?


「もう1つ気になっているのですが。貴方はこんな灼熱の中、何故汗の1つもかかないのですか?」


 ナターリアは振り返ると、何かを思い出したように手をたたく。先程まで振り回していた剣を鞘に納めると、俺の手を掴んでぐいっと引き寄せた。


「そういえば一部の記憶がないらしいの。魔力の使い方も忘れてしまったのか? 我輩が汗1つ流さないのは、魔力で皮膚表面の温度調節をしておるからじゃ。基礎的な魔力の使い道じゃが……貴様は足のリングで魔力を封じ込まれておるから、今は使えんか」


 ナターリアは俺の手を自らの胸元に押し当てる。その肌はとても冷たく、まるで冷凍庫から出したばかりの保冷剤を触っているようであった。

 そしてナターリアに触れた瞬間、ふわっと漂った甘い香気に俺は思考を鈍らせた。欲求を刺激するようなその香りは、体を芯から熱くする。視界がボヤけ、頭ではナターリアの淫らな体を妄想している。途轍もない魅力で性欲を焚きつけられているような感覚だ。


 強い欲望に支配された俺は、本能のままに体を動かした。

 胸元に当たっていた手を強引に滑らし、勢い良く谷間をまさぐった。一瞬だけ躊躇したナターリアに抱きついて息を荒立てると、野獣の様に手を激しく動かし、マシュマロのように柔らかな感触を存分に堪能する。そのままもう片方の手をナターリアの下腹部に向かって降ろすと、同時に顔を唇へ近づけた。


「ほう。フェロモンを嗅いだとはいえ、欲求に任せて我輩の乳を揉みしだくとはいい度胸じゃ。このような無礼を受けたのは数十年振りじゃの。まぁここはまだ監獄の外じゃ、特別に許してやろう。性欲の最後の使い道としては贅沢であったな」


 ナターリアは体を上手く捻って俺との空間を作ると、目に映らない速さで拳を振り抜いた。

 腹部を殴られた俺の体は、一瞬で九の字に折れ曲がる。そのまま吹き飛ばされて砂の上に転がると、そこで俺の意識は途切れてしまった。



「……い。……きろ」


 ──なんだ。俺はどうしたんだっけ?

 確か……甘い香りがしたと思ったら理性が飛んで。気づいたら意識も。何となく手には柔らかいものを握った感触が…………?!


「起きろ馬鹿者が!!」


 ハッと我に返り目を開けると、俺は砂の上に寝そべりながら砂の空を見上げていた。砂の空といっても、上下左右、見えている景色の最果てが全て砂である。それこそ、砂の中にでもいるというのだろうか。

 超巨大な球体の結界が、周囲の砂との干渉を防ぐように張られている。人工的に砂の中に巨大な空間が作り出されているのだ。

 更には結界自体が太陽のように暖かな光を発光し、結界内を昼間のように照らしている。そしてその空間の中央に聳えていたものは、禍々しい形をした洞窟の入口であった。


「やっと起きたか。ここが大監獄ベルバーグじゃ」

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