第3話 衝撃

 俺の命は──残り2時間。


 最後の晩餐とでも言おうか。目の前に並ぶ豪華な食事。それらにはまったく魅力がない。それどころか、肉料理から漂う芳ばしい匂いに嫌気がさす。

 何故なら、俺はすでに満腹だからだ。


「どうしたオルディ? さっさと食べ始めないと、すぐに次の食事がきてしまうぞ? まさか初めの2時間も越えることができぬのか? 情けない男じゃのう? つまらぬ男じゃのう?」


 結界越しに笑みを浮かべ、饒舌に挑発を繰り返すナターリア。その顔を見ているだけで、無性に怒りが湧き上がる。そりゃそうだろ。簡単に言ってくれるが、昼飯を食ったばかりなんだぞ? 俺は大食いじゃない。それなのに、晩飯に食べるようなまんぷく定食を出されても食えるはずがないだろ。


 仮にだ。目の前に並ぶ料理を完食できたとしても、2時間後には再びまんぷく定食がリセットされる。残すことも吐き出すことも許されず、それを計12回。

 誰がこんな馬鹿げた罰則を考えたんだよ。こんなの、死刑宣告と同じじゃないか。


「ほれオルディ。規律を守りさえすれば、どんな手を使っても良いのじゃぞ? 頭を使えば今の貴様なら何とでもなるじゃろう。さっさと自分の強さを証明してみせんか」


 今の俺なら何とかなる? 生き抜いて強さを証明しろとも言ったな?

 意味深な言い方しやがって、ふざけるなよ。過去に誰も生き抜いたことのない罰則。それを生き延びてみせろとは、少し無理があるのではないか。


「……総監様。規律を守れば、どんな手を使っても良いのですか?」

「そうじゃ、我輩が許可しよう。安心せい。万が一規律に反することをしようとすれば、首を落とす前に一言くらい忠告はしてやろう」


 手段は問わない。今の俺になら何とかできる。ここまで言われたら、俺がやるべきことは1つしかない。多分だが、ナターリアもそれを誘っているのだろう。


「それじゃあ……俺が今から足輪を外し、魔法を使ったとしても問題ないと?」


 強い緊張が俺を支配する。普通ならありえない会話だ。囚人の足輪は、絶対に壊せず、絶対に外せない。だからこそ、規律には1つの抜け穴があった。

 ベルバーグの規律書には、囚人が足輪を外すこと。魔法を使用すること。それらを禁ずるものが書いてなかったのだ。それもそのはず。何度も言うが、足輪を外すこと。魔法を使うこと。そのどちらも囚人には不可能とされ、全く想定されていない完全なるイレギュラーだからである。


 だとしたら、規律が絶対主義のナターリアには魔法の使用を禁止することはできないはずだ。

 しかし、この話題をナターリアに振ること自体、途轍もないギャンブル。何と答えるか。恐る恐る身構えてみたが、それに対しナターリアの返答は、意外にもあっさりとしたものであった。


「使い方にもよるが、許可するぞ」


 まさかの即答に困惑したが、これでナターリアの思惑は何となく検討がついた。遠回しに言っているが、明らかに魔法を使わせる方向に仕向けている。彼女は俺が自主的に足輪を外せることに気づいているのだ。

 確認したいのだろう、俺がどうやって足輪を外すのか。だが、それなら少し疑問になっていた部分にも納得がいく。


「分かりました。それなら、遠慮なく使わせてもらいます」


 理解と解析を思考すると、何も苦労することなく足輪を外す。ナターリアはその時を待ち望んでいたように、鋭い視線で俺の右手に注目していた。


「不思議な奴じゃのう。いとも簡単に呪魔の足枷を外すとは。それは貴様の能力なのか? 人族ヒューマンにそのような能力があるとは聞いたことないがのう」

「残念ですが、俺自身もまだ良く分かってないのですよ」


 足輪の外し方を徹底的に追及されるかと思ったが、意外にもそれについての質問はすぐに終わった。そして次の質問で、ナターリアの本性を垣間見る。

 先ほどまで真剣な面持ちで様子を見ていたナターリアは、次の質問と同時にニヤケ顔へ表情を変化させたのだ。これがナターリアの本性だろう。そのニヤケ顔ときたら、まさにドSな女王様が民を苦しめる時に見せるあれだ。


「まぁよいか。貴様はどのような魔法でこの場を乗りきる? 忠告しておくが、暴食の刑で出された食べ物を粗末にすることは許さぬぞ? さぁ、貴様はどうするのじゃ?」


 そのルールは承知だ。食事を残すこと、吐き出すこと、それらを許されていないのに、魔法を使って食事を消滅させようものなら、確実にナターリアの剣が俺の首を落とすだろう。

 この世界で魔法にどれだけの活用方法が存在するか分からないが、以前に使った時に感じた印象は想像以上の自由度があったということ。大切になるのはイメージだ。何をどうしたいか。それをどれだけ明確にイメージできるかが、魔法を使いこなす鍵となるはず。


(食事を残してはいけない。必ず口に運び、体内で消化する必要がある。てことは、体内で消滅させてしまえば、問題はないはずだ)


 人間の体内構造がどうなっているか、そんな専門知識は俺にない。とんでもない無謀だが、俺が閃いた魔法の使い方は、知識がないからこそイメージできた奇策。

 闇属性の魔力を体内に生成。重力を操るイメージを強く思考し、胃袋にその魔力を集束させる。なるべく小さな黒い球体。全てを飲み込む底なしの沼。

 俺が魔法によって作り出した物は、胃袋の中に入った食物を全て無に還す、小型のブラックホールだ。


「……よし。いただきます」


 静かに手を合わせると、目の前に並ぶ豪華な料理を片っ端からたいらげる。

 体内にブラックホールを作り出すといった発想は、最悪死にいたるのではと内心ビクビクしていた。だが、怖いほどに苦痛を感じることはない。食物だけを飲み込むイメージは、体に害を与えることなく、予想以上に有益な魔法へと変化を遂げたのだ。


「……ご馳走さまでした」


 我ながら天晴れである。ブラックホールで常に胃袋が空になるからか、満腹感も消え、純粋に食事を楽しむこともできた。この方法ならば、2時間おきにくる食事もなんなくスルーできそうだ。


「ほぉう。何をしてみせたか分からぬが、貴様の体内から闇属性の魔力を感じるのう。まったくもって面白い奴じゃ」


 面白いと言ってはいるが、その唇はへの字に曲がっている。思いの外に俺が上手く対処したので、物足りないのだろう。まさにドSの境地である。

 そんなことはお構い無しに、1度目の食事を乗りきってとてつもない安堵が緊張を和らげた。大きなタメ息と同時に魔法を解除。そのまま空を見上げると、ゆとりができた脳にある疑念が思い浮かぶ。


「ここにおるのは貴様と我輩だけじゃ。刑罰の最中は他の囚人が近づけんように、周囲数百メートルほどに結界を張ってある。我輩を24時間独占できるのじゃぞ? 聞きたいことがあるなら、今が最大のチャンスじゃ」


 ナターリアは俺の疑念を見透かしているのか、質問をしやすいように助け舟を出してくれた。疑念が解決するチャンス。ならば、その舟に乗らない手はない。


「総監様。決闘の時に刀を投げ入れたのは、あなたですか? あなたは、決闘を最初から最後まで見ていたのではないですか?」


 決闘の最中、タイミング良く空から降ってきた刀。あからさまにルーリエの力を引き立て、絶望ともいえる窮地を反転させたきっかけだ。

 あまりにも出来レースな展開。ルーリエだけが降ってきた刀の正体を把握していた。更には俺が足輪を外せることを知っている。それらを考えると、あの時に誰が手助けをしたのか想像はできる。


「そんなことを聞いてなんとする?」

「いえ、別に深い意味があるわけではないです。ただ……ルーリエと総監様は同じ妖精族エルフィですし、同じ剣の称号を持っています。もしかして、二人には師弟関係のような繋がりがあって、総監様がルーリエを助けたのかと思いました」


 正直に思ったことを口にすると、ナターリアは案外素直に答えてくれた。


「そうか……なかなか頭が回るようじゃの。確かに、決闘は初めから見ておった。だから貴様が呪魔の足枷を外せることも分かっておったわ。そしてルーリエが有利に動けるよう、刀を投げ入れたのも我輩じゃ」

「やはりそうでしたか。ルーリエとは一体どんな関係なのですか? ただの興味本位ですが、気になってしまって」


 2人の関係性を知って何か変わるわけではないが、ルーリエとナターリアの内情に詳しくなって損はないはずだ。

 想像するに、古くからの師弟関係が有力だ。それでいてルーリエを助けるのだから、2人の仲が悪いことはないだろう。ナターリアからルーリエの話を色々聞ければ、彼女がベルバーグに収監されることになった理由が分かるかもしれない。

 俺は、ルーリエが悪人だなんてとても信じられないんだ。


 ナターリアは腕を組み、考え込むように目線を落とす。何か言いづらいことがあるのか、そのまま十数秒ほど無言になると、1人納得したように頷いた。

 そして次に放たれたナターリアの言葉に、俺は異世界にきて以降、ある意味最大級の衝撃が体を駆ける。


「まぁ、貴様には話しても良いか。ルーリエは……我輩の娘じゃ」

「…………む、娘ッ?!」

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