第27話 己の解放

「副総監様、決闘は終わりです。勝負はつきました」


 立会人のバーディアに決闘の終わりを告げる。ジャージェとバルカスは死に、シャルディネは戦意喪失。これ以上戦う理由なんてない。

 しかしバーディアは、俺の言葉を受け入れようとしなかった。竜族ドラゴニックである彼は、ジャージェ達の敗北に納得がいっていないようだ。観覧席から身を乗り出すと、威圧するように魔力を滾らせながら俺達を睨みつけた。


「ジャージェとバルカスはどこまでいっても下級か。人族ヒューマン妖精族エルフィもろくに殺せんとは」


 バーディアがこっちに向かってゆっくりと歩きだす。1歩1歩に力がこもり、歩く度に闘技場の床に亀裂が入る。銀色の鱗を逆立てるその姿は、レーグマン伯爵が怒りを剥き出しにしていた時と同じであった。


「決闘が終わりといったな、オルディ=シュナウザー? 決闘の終わりは、立会人である俺が決める」


 翼を広げて飛び上がると、もの凄い勢いで俺達の前に降り立つ。その衝撃で闘技場全体が激しく揺れ、足がついた地面はクレーターのように沈む。ジャージェ達とは比べものにならない強大な覇気を放つバーディアは、その瞳を赤く染めて歯を軋ませた。


「決闘が終われば、竜族ドラゴニックは貴様に手出しできなくなる。合法的に殺すには、今しかないんだよ。分かるか? ここにはお前達と俺しかいない。俺が全員殺して、決闘は終わりだ」


 竜族ドラゴニックからの恨みは相当なものだ。ラグディア公爵がそれほど偉大な竜だったのだろう。まさかジャージェ達に勝てたのに、こんな展開が待っているとは思いもしなかった。

 それにしても、看守といった立場。ましてやバーディアは副総監ほどの人物だ。それほどの実績があるのに、感情1つで簡単に規律を破るとは。竜族ドラゴニック全員がこんなふざけた性格なのだろうか。

 こんな奴らが平然といるから、シャルディネのような被害者が現れるんだ。そりゃ俺達は囚人。そもそも尊厳なんてものはないのかもしれない。だが、バーディアのやっていることは犯罪者と何も変わらないじゃないか。私欲のため、決められた規律を平気で破り隠蔽する。そこに誇りなんてものは存在しない。


「……くだらない。シャルディネのことだって、あんた達がまともな働きをしていれば起きなかった。副総監ほどの人だから、自分勝手な感情で行動を起こさないと思っていたけど。これ以上権力の横暴をするなら、私が貴様を殺す」


 ルーリエも俺と全く同じ気持ちのようだ。バーディアの身勝手過ぎる行動に激怒している。


「シャルディネ……そうだろうな。ジャージェとバルカスの規律違反を見逃していたのは俺の指示だ。いかに囚人とはいえ、蜘蛛族スパイディーごときが、誇り高き竜族ドラゴニックと対等になれるはずがないだろう。その女は、奴らの性処理道具程度がちょうど良い身分だ!」


 バーディアの言葉に、俺の中の何かがブツンと切れた。冷静になれと心を宥めるが、怒りに我を失うというのは、こういう状態のことをいうのだろう。眉間にシワが寄り、目は細く相手を睨み、頬が引きつっているのが自分でも分かる。

 まったく、不細工な顔をしていることだろう。だが、今こいつをどうにかできないのなら、俺はこの先一生変わることなんてできない。腹の底から暴れ出る怒りを奴に叩き込まなければ、俺は自分を男だなんて呼べない。


「……誇り高き? お前のどこに……誇りがあるんだよ」


 小さく苛立ちを吐き出すと、そのまま足輪に手を当てる。再び【理解力】を使用すると、今度は躊躇することなく全てのセキュリティを解除した。

 相手は看守。もし勝つことができても、その後はただではすまないだろう。だが……それでもこんな不条理を、俺は許せない。


(イメージしろ。魔法を使う妄想は、いままで腐るほどしてきたはずだ)


 目の前にあるのは夢物語じゃない。魔法だって存在する世界。ずっと憧れてきた魔法だ。それを具現化するイメージなら誰にだって負けない。感じるんだ、俺の体を巡る魔力を。


(……やるぞ!!)


 魔法による身体能力の上昇。イメージは、瞬間移動のように速く動ける超スピード。壁に叩きつけられても平気な体。竜の極炎にも耐えれる炎耐性。闇魔法【ドラミング】の要領で、これを全部自分に付与する。

 風の魔力を纏い、手足に超加速、視力と脳に超反応を付与。

 地の魔力を纏い、肉体の筋力と耐久を超上昇。

 水の魔力を纏い、強靭な炎耐性を付与。

 バフ効果のある魔法を発動すると、青と緑と茶色の光が、無数の小さな光球となって体に纏わりつく。静かに揺らめく光は、緩やかな上昇気流のように空気を逆立て、中心に佇む俺の髪を撫でる。


「──えっ?! オルディ、あなた足輪が?!」


 俺の足輪が転がり落ちたことにルーリエは激しく驚いている。だが、いまはそれに構っている余裕はない。バーディアが呆気にとられている今こそが、絶好のチャンスなのだ。

 身体強化が終わったら、次は武器。イメージは、無から剣を生み出す創成魔法。そして作り出した武器に強化を付与する。

 光と闇の魔力を混合、空間から新たな物質を錬成し、魔法剣を召喚。

 さらに風と地の魔力を魔法剣に付与し、鋭さと耐久値を上昇。


「貴様!! なぜ魔力を使える?!」


 バーディアも驚きを隠せない。そりゃそうだろう。目の前にいるのはただの囚人。ましてや竜族ドラゴニックさげすむ、ちんけな人族ヒューマンだ。自分達に歯向かうなんて絶対にありえなかったゴミのような存在が、魔力を放ちながら睨みつけているのだから、驚くのも当然だろう。


 自然と口元が緩み、心が高揚する。ジャージェ達を威嚇するために使ったお試し魔法とはわけが違う。戦場で敵を前に、俺が魔法を使って戦おうとしているのだ。漫画やアニメで見た憧れが俺の手にある。心踊らないほうがおかしいさ。

 それにしても、せっかく魔法を具現化できるならもっと自然災害のような魔法をイメージすれば良い。剣術を習ったことなんてあるはずがないのに、こんな剣を作り出して身体強化までして。ゴリゴリの肉弾戦スタイルに何の特があるのか。自分でもそれは分かっている。だが、そんなことよりも優先すべきものがあったのだ。


(異世界といったら……やっぱ、剣だよな。厨二病かもしれねーけどよ……現実世界の男ってのはな、いつの時代も……剣で悪党をねじ伏せることにたかぶる生き物なんだよ!!)


 足に全力をこめて大地を蹴る。もの凄い衝撃音が空に響くと、一瞬でバーディアの目の前に体を運んだ。この場で俺の動きを認識できたのは、ルーリエくらいか。超反応を付与したのは正解であった。その余りの速度に自分でも驚いている。


「くたばれよ! クソ竜族ドラゴニック!!」


 なりふり構わず剣を振り回す。ルーリエのように卓越された剣筋ではないが、魔法によって速度と筋力をあげた攻撃に、バーディアは咄嗟に後ろ飛びで距離をあけた。

 すぐさまバーディアとの距離を詰めようと踏み込むと、それよりも早くバーディアが手を差し向けて言霊を放つ。


「炎よ! 鎖となって目標を拘束しろ!!」


 バーディアの炎魔法だ。手の平から現れた無数の鎖は、俺の体を瞬く間に拘束する。炎で作られた燃え滾る鎖。普通なら触れただけで大火傷しそうな恐ろしいものである。

 だが、竜族ドラゴニックが火属性に特化していることはここまでの経験で分かっていた。なにせ出会った竜族ドラゴニック全員が口から炎を吐くのだからな。


「効かねぇよ!!」


 体を炎が包みこむ。しかし、水の加護によって炎耐性を付与していた俺に、その程度の炎は効果をなさない。全身に力をこめると、青色の強烈な輝きが鎖を全て断ち切った。


「ば……馬鹿な!? 俺の拘束魔法をそんな簡単に?! そんな膨大な魔力を……貴様は一体何者なんだ!!」


 ほうほう。これは良いことを聞いたぞ。自分のことをたいしたことのできない無能転生者だと思っていたが、俺に秘められた魔力は中々にヤバいもののようだな。だったら尚更、ここで手を休めるわけにはいかない。


 次なる魔法を咄嗟に思考する。

 イメージはさっき目の当たりにしたルーリエの斬撃。剣に己の魔力を纏わせ、衝撃波のように飛ばす。理想は闇属性の重圧がある黒い魔力だ。

 魔法をイメージして剣にのせると、想像以上に男心をくすぐった。握っていた剣の刃先が、メラメラと黒い炎を滾らせたのである。


「おぉらぁぁ!!」


 そのまま勢いに任せて剣を振り落とす。アニメの王道『飛ぶ斬撃』が完成した瞬間だ。凄まじい勢いで大地をえぐると、俺が放った斬撃はバーディアが立っていた空間ごと凪払う。

 バーディアに干渉しなかった斬撃は、そのまま後方の壁に激突し、観覧席をも粉々に破壊する。ハッキリいってここまでするつもりはなかった。斬撃を放った俺自身がその破壊力に唖然とした。


 闘技場全体を激しく土煙が舞い、その土煙が薄れるまで不気味な静寂が支配する。バーディアはまだ生きているだろうか? そんな疑問に緊張感を抱くと、薄れてきた土煙の先には、両腕から大量に血を流すバーディアが立っていた。

 クロスガードのように腕を十字に組み、咄嗟に防御したようだ。だが明らかに甚大なダメージを負っているのは間違いない。力強く仁王立ちしてはいるが、その足は小さく震えていたのだ。


「き……さま……。俺に……これほどの手傷を。許さん……貴様だけは絶対に許さんぞぉ!!」


 勝利を確信しだした時であった。バーディアが魔力を激しく荒ぶらせると、周囲の大気が竜巻のように渦を巻く。魔法初心者の俺でも分かる膨大な魔力が、バーディアを中心に暴れ狂いだしたのだ。


「ちょ……ちょっと待ってくれよ。聞いてないぞ……そんなの」


 竜族ドラゴニックの肩書きは予想外の力を放つ。強烈な閃光が一瞬だけ視界を奪うと、目の前に突如現れたのは、体長十数メートルはあるだろう巨大な銀竜であった。

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