第12話 非日常

 ただひたすらに草をむしるだけの仕事。仕事とは退屈であればあるほど、その体感時間が伸びるものだ。

 刑務作業だから仕事を選ぶなんて贅沢ができるはずもない。無尽蔵に生える草を見ていくらウンザリしようが、その手を止めることも許されない。本来ならばとうに嫌気がさしている場面だが、シャルディネとペアになれたことがとても良かった。


「午前の刑務作業終了だ! 囚人は早急に片付けをして、各自昼食をとれ」


 看守の号令で初めて昼になっていたことに気づく。シャルディネとの会話を楽しんでいたおかげで、退屈であるはずの草むしりは、あっという間に時間が過ぎていたのだ。

 ひとまずその場に立ち上がると、知らぬうちに溜まっていた腰の疲労をねぎらうため、軽く背筋を伸ばして息を吐く。そんな脱力した俺の姿を見て、シャルディネは軽く笑みをこぼしながら「お疲れ様です」っと相槌をうってくれた。


「ありがとうございました。普段は話せる人もいないから、こんなに楽しく刑務作業ができたのは初めてです」


 どちらかと言えば、俺も赤の他人に自ら話しかけていくタイプではない。人見知りってわけではないが、興味の湧かない相手にわざわざすり寄るって気持ちがないだけだ。

 そんな性格だからか、最近は会話をする相手が殆ど固定されていた。ヨンヘル、ルーリエ、ミルク。ナターリアとは頻繁に喋る機会こそあったが、基本的に同じ房のメンバー以外とは長々と会話をすることがなかったのだ。だからなのか、シャルディネとの会話にはとても新鮮味があって楽しかった。


「それは俺のセリフだな。ありがとうシャルディネ。今日はとても色々な知識を得ることができたよ」

「い、いえ。私なんかの話で良ければ、い、いつでも、大丈夫です!」


 少しだけ赤く染まったシャルディネの頬を見るに、彼女も1人の素敵な女性だ。初めて対面した時はヤバい印象しかなかった。だから彼女とここまでしっかりと会話をすることになるなんて、決闘の時には考えもしなかったさ。

 だが、見た目や表に出ている素行だけで人を判別する行為が、どれほど自分の視野を狭めているか良く分かった気がする。


「昼食を終えたら解散しろ。お前たちは喋ってばかりだったからな、今日の報酬は50ゼルだ」


 担当看守にしっかりと見られていたようだ。サボっていたのは確かだが、普段もらえるゼルの半分以下とは少し厳しいな。

 俺はまだゼルにゆとりがあるからそう困らないが、シャルディネは流石にショックだったようだ。首をかくんと落として「ごめんなさい、ごめんなさい」っと1人呟いていた。


「ごめんなシャルディネ。俺が話しかけてばっかいたせいで……」

「そ、そ、そんなことないです! 私こそ、ご、ごめん、なさい。私みたいなのがいたから、オルディに迷惑を……」


 お互いに自らを貶す。そんな情けない姿を見合っていると、鏡で自分を見ているような感覚だ。

 こんな時、ミルクだったら自信満々に笑って惚けるのだろう。ルーリエだったら自信満々に捨て台詞を吐くだろう。ヨンヘルだったらどうだろうか? やはり自信を持って言葉を返すだろうな。


 自分に自信を持てず、己を他者よりも存在価値のない者だと決めつける。引きこもりであった俺とシャルディネは、どことなく似た者同士だ。


「お互いに謝るのはやめようか。今日の夕食は、一緒に干からびた屑肉でも噛みしめようぜ」


 こんな時、どういった言葉で場を繋げばいいのかよく分からない。だから、せめて笑うことができたらいいのかなっと思い、咄嗟にくだらないボケで笑顔を作ってみる。

 するとそんな思いに気づいてくれたのか、彼女は一瞬だけ口を開けたまま呆けると、すぐに「そうですねっ」と満面の笑みを咲かせてくれた。


 昼食を終えると、その後は特に予定が入っているわけではなかった。午前の刑務作業はすでに日常のようなものになっていたが、午後の刑務作業はまだ俺にとって無縁なものである。


「あ……あの。もし良ければ、午後は一緒に、露店を、み、見に、行きませんか?」

「露店を? 俺は大丈夫だけど、何か欲しい物があるのか?」


 シャルディネから突然のお誘いだ。

 いつも昼からはやることがないから、房でボーッと過ごすか、意味もなくフラフラと散歩するくらいしかない。露店にも行ってみたことは何度かあるが、やはり基本的にはボッタクリのような値段設定になっている物が多い。

 この世界のことが少しでも分かるような書物がないか探したこともあるけど、そもそも本1冊で2000ゼルなどの単価が普通となっている。ハッキリ言って、一般の囚人ではまともに手がでないんだ。


「囚人がやってるから仕方ないかもしれないが、露店って高い物ばかりだよな。一般囚人が買い物しようと思っても、貰える作業報酬と物価が釣り合ってないんだよな」

「そ、そ、そうなんですか? 実は私、こんな性格だから、今まで刑務作業以外で外を歩いたことがなくて。露店がどんな感じか気になってはい、いるのですが。ひ、1人じゃ怖いから、良かったら、オルディが……一緒に、来てくれたら……ぅれ、しぃ……と、ぉもって。ふ……ふたりで、お買い物とか、ど、どうで……しょぅ」


 シャルディネの声が後半につれて小さくなる。彼女は極度の緊張感に包まれた時、恥ずかしそうにモジモジと足を擦り合わせるのが癖なのだろう。頬を赤く照らしながら、自信なさげに俯いてボソボソと口を動かしていた。

 そんな姿を見れば、流石の俺もすぐに察するさ。


(も、もしかして……デートのお誘いなのか?)


 まさか、恋愛御法度の監獄でデートの誘いを受けるとは思ってもいなかった。少しずつ馴染んできた囚人としての日常を、一瞬で非日常なものに引き込まれたような気分だ。

 本来ならキッパリと断ってあげるのが優しさなのかもしれない。自分には想い人もいるわけだし、そもそもベルバーグに収監されている以上、これよりも上の関係に発展することなんてない。だから、変な期待を生ませないようにしっかりとした返しをすることこそが、シャルディネのためになるはずだ。


「と、と、とりあえず、今はゼルも持っていないし、いったん房に戻ろうか。それからなら……」

「──は、はい!! 私もゼルをあるだけ持っていきますね!」


 ──俺の馬鹿野郎!! なにが『キッパリと断るべきだ』だよ。そんな男らしい発言できるわけないだろ!!

 シャルディネだって、異世界水準の可憐な美少女なんだ。小さい身長にスッと整ったスタイル。たまに前髪の隙間から見せる青い瞳は、ダイヤモンドなんかよりも数倍に輝いているんだ。

 そんな女性が、俺のことを見つめながら頬を赤く染め、恥ずかしそうにデートの誘いをしているんだぞ?


(無理だ無理だ。俺は普通の男なんだよ? こんな状況で彼女からの誘いを断るなんて、無理があるんだよ)


 1人頭をボリボリと掻きながら天を見上げる俺を、シャルディネは不思議そうに見つめていた。さっきまでモジモジと自信なさげにしていたのに、俺が欲望に負けた返事をしたものだからか、一変して自信に溢れた輝きを放っている。


 ひとまず房に向かって歩き始めたが、心なしかシャルディネの距離が近い気もする。いや、それは気のせいかもしれないが、そんな気がしてしまうんだ。

 シャルディネは楽しそうに喋りながら歩いているが、正直その内容のほとんどが脳に入ってこない。すべての言葉が右耳から入り、そのまま勢いよく左耳から駆け抜けていく感じさ。俺はこの後シャルディネとの関係性をどうしていくべきなのか、それだけで頭がパンクしそうだよ。


「それにしても、ヨンヘルさんは凄いですね」


 ヨンヘルが凄い? なんで突然ヨンヘルの話になったんだ? この後どうするかばかり考えていて、シャルディネの言葉を聞き流していたから、話の流れが全く分からない。そもそも、俺にとっては想像の3倍ほど行動力のあるシャルディネのほうが断然凄いと思うよ。


「ヨンヘルは、うん、まぁそうだな」


 何となく会話に合わせてみるが……ヨンヘルか。昨日の出来事もあるし、少しだけ見方が変わってしまったのが本音だ。

 なんというか、彼は悪人じゃないと思っていた。ベルバーグにいるから犯罪者であるのは間違いない。だけど、なんていうか、彼にはしっかりとした芯のようなものがあると感じていた。それなのに、蓋を開けてみれば結局は金だけで動くならず者だ。


粘体族スライミーは、下級種族の中でも最下層と呼ばれています。それなのに、ヨンヘルさんはしっかりとベルバーグで地位を確立しています。それって、とても凄いことなんですよ?」


 シャルディネに言われて、思わず相槌を打ってしまった。この世界で粘体族スライミーはそんな立ち位置だったのか。確かに、ゲームなんかでもスライムってのは雑魚敵なイメージが強い。

 種族階級か。異世界の秩序を考えると、ヨンヘルみたいな生き方を完全否定しようとしている俺のほうが、どうかしているのだろうか。


 そんな思考に困惑していると、気づけば監房の近くまで帰ってきていた。3階に向かって階段を上ると、なにやら怒声のような叫びが響く。俺とシャルディネは何事かと目を合わせると、慌てて房へ駆ける。


「な、なにがあったんだよ?!」


 房にたどり着いた俺は、あまりにも殺伐とした光景に大声をあげた。

 真っ先に視界へ飛び込んできたのは、顔中に青アザを作り、口から血を吐き出して倒れているヨンヘルの姿であったのだ。

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