第16話 粘体族の天才

「夢の眠る大地ウィンフェイム。そう呼ばれる場所が……俺の故郷


 ベルバーグから北東に位置するフルム大山脈。その一部ウィンフェイム山岳地帯は、緑の無い枯れた荒地が広がっている。そこにある小さな村で、ヨンヘルは産まれたらしい。

 ウィンフェイムには一攫千金の夢が眠る。未知の鉱物や、様々な希少価値の高い鉱石。それらが発掘される地底洞窟が、いたる所に存在するようだ。無数にいりくんだ地底洞窟の形状に詳しい粘体族スライミーは、その鉱石を上級種族達に献上することで、一族の安全を確保していた。


 粘体族スライミーは下級種族の中でも、最下級と呼ばれる貧弱な種族。突出した力はなく、もちろん魔力に長けている者もいない。稀に異質な魔法を身につけて産まれる変異個体がいるようだが、それは決して自分達より上の種族に立ち向かえるような変革ではない。


「変異個体? 特殊な魔法を身につけて産まれてくるんだろ? それって、よく天才とかって呼ばれる存在じゃないのか? なんて言うか、蔑むような呼び方に聞こえるな」

「確かにオルディの言う通りだよ。他者よりも圧倒的に優れた才能を持つ生命は、良くも悪くも天才という部類に分けられる。俺達のような粘体族スライミーじゃなければね」


 数百年に1度しか産まれないとされている粘体族スライミーの天才は、必ずしも一族から歓迎されるわけではない。いや、むしろその逆だ。そのほとんどが、一族から意味嫌われる存在となる。


「なぜ変異個体が一族から毛嫌いされるか、オルディは分かるかい?」


 特殊な力を持った存在。本来ならその才を活かすことで、他者の上に立ちそうなものだ。だが、この世界は特に種族階級を重要視する。粘体族スライミーが最下級だというなら、特殊な力を持っていたとしてもそう容易く成り上がるなんてできないだろう。

 それどころか、異質な魔法というのが上級種族にとっても同価値のものとなるなら、話はより複雑になる。


「上の種族から、危険視されるってところか」

「まぁ……そんなところさ。その結果、変異個体は厄災を呼ぶ存在だとされた」


 俺の予想は遠からずといったところか。ヨンヘルは首を縦に振ると、俺と向かい合うように自分のベッドに腰をおろす。そのまま棚から水の入ったビンを出すと、グラスに注いで手渡してきた。


「ゼルは払わないぞ」

「はっはっは、分かっているよ。これは俺からの奢りさ」


 房に来た時のことを昔のように思い出す。俺とヨンヘルの出会いは、1杯の生ぬるい水から始まったな。

 鼻から少しだけ笑みをこぼすと、ゆっくり水を喉に流し込む。あの時はこんな普通の水でも、疲れた時に飲む冷えたビールの1口目のような。そんな至福を感じることができた。


 あれからたいした時も経っていない。そりゃヨンヘルと衝突することだってあるさ。そもそも俺は人付き合いが得意じゃない。現実世界では気遣いが嫌になって避けてきた。だが、不得意を言い訳に逃げるのはもうやめる。ヨンヘルの話を真摯に受け止めることが、前に進むための一歩目だ。


「ここまで聞いて話の流れはなんとなく分かった。その変異個体ってのが、きっとヨンヘルなんだろ?」

「……物分かりが早くて助かるよ」


 これだけ変異個体の話題を振られれば、流石の俺でも察しがつくというもの。ヨンヘルは魔力が使えれば無から物を作り出すことができる、と前に言っていた。俺もバーディアとの戦いで無意識に魔法剣を創成したが、あれとはまた別物なのだろうか。


「ヨンヘルは魔力さえ使えれば、好きに物を作ることができるんだよな? 実は俺も魔法で剣を作り出すことができるんだ。それとは全く違う力になるのか?」

「そうだね……順番に説明していきたいが……ふむ」


 ヨンヘルはおもむろに顎を左手で支えると、少し考え込むように視線を足元へ落とす。話の順番を考えているのかと思い、黙ってヨンヘルが話始めるのを待っていた。しかし彼は何か言い出し辛いことがあるのか、眼鏡のブリッジを人差し指で押さえながら、「ふ~む」っとタメ息をこぼして黙っていた。


「ヨ……ヨンヘル? どうしたんだ?」

「いや、そうだね。こんなことをお願いするのもあれなのだが……もし、オルディに抵抗がなければでいい。可能なら、いま俺の足輪を外してみてはくれないか?」


 まさかの言葉に俺は口を開けて驚いた。なんの意図があるのか知らないが、率直に足輪の解除を願い出る。それは大胆と同時にとても安直な思考。慎重かつ冷静な判断ができる彼らしからぬ行動と思えたのだ。

 どうすべきか頭を悩ませる。ヨンヘルのことだ、なんの考えも無しで発した言葉ではないだろう。だとしても、ついさっきまで激しく言い争いをしていたのだぞ。


「……ヨンヘル。理由を教えてもらえなければ、流石にその願いを素直に受け入れることはできない」


 これでいい。信頼関係を作り上げていくのと、上下関係を確立してしまうのとは話が違う。彼とはあくまで平等な立場。その上で強い信頼関係を作っていくべきだ。

 俺が意味もなく彼の傲慢な願いを受け入れれば、都合の良い他人だと悪い認識を植えつけるようなもの。ダメなものはダメ。そうハッキリと断ることこそ、本当の信頼関係を作るための土台である。


「いや、これはすまない。俺としたことが安直すぎる願いだったね。ただそこまで勘繰るような理由はないさ。説明するよりも、実際に見てもらったほうが早いと思ってね」


 強い警戒から自然と険しい顔になっていたのだろう。ヨンヘルは「そんな目を細めて威嚇しなくても大丈夫だよ」っと、爽やかな笑顔で俺の肩をポンっと叩いた。その笑みが逆に怪しくもあるが、彼の異質と呼ばれる魔法を見ることができる。それは警戒を解くに値する利点ではないだろうか。


「そういうことか。まぁヨンヘルが危険な使い方をするとは思えないし……分かったよ。魔法を見せてくれるなら、足輪を外してもいい」


 近くに看守がいないことを確認すると、ヨンヘルの足輪に右手で触れる。自分以外の足輪を外すのは初めての試みだ。理解を思考すると、特に問題もなくセキュリティコードが頭に浮かぶ。そのまま解析を遂行すると、足輪は音もなく簡単にヨンヘルから転がり落ちた。

 こうなると分かっていたはずのヨンヘルも、その一瞬で起きた出来事に少し苦笑いをしている。あまりにも簡単に外すものだから、少し引いているのだろうか。まぁ、俺にとっては本当になんてことのない所業である。


「これは、また、なんというか。本当に簡単に外すんだね。それにしても、この能力は自分以外に使用できない。とか嘘の条件を作ってしまえば良かったのに、どうしてそうはしなかったんだい?」

「あっ……なるほど。言われてみればそうだな」


 言われてみて気づくとはよくいったものだ。確かに嘘の条件を作ってしまえば、いくらでもその場しのぎができたじゃないか。

 ヨンヘルも呆れ顔で笑っている。「し、仕方ないだろ! 俺はそんなに頭の回転が早くないんだよ」っと反論すると、彼は「ごめんごめん」っと笑みを残したまま謝罪した。


「それじゃあ、約束通り俺の魔法を見せようか」


 瞼を閉じて魔力を高めると、ヨンヘルは右手を前に伸ばして手の平を開く。次第にゆっくりと小さな光が集い始め、淡い橙色に変色して辺りを優しく照らす。ある程度の光が集うと、一瞬だけ強烈な発光をし、花火のように光がゆっくりと消えていく。すると同時にヨンヘルの手の平には、1粒のエレリラが完成していた。


「オルディが作り出す魔法剣ってのは、魔力が途切れると消滅する魔力物質じゃないかな? 魔力物質は形状破損をすることによっても消滅してしまうが、粘体族スライミーが作り出す物は違う。創成さえ終わればその後に魔力が途切れようとも、形状破損しようとも決して消滅したりはしない。完全に新たな物質として隔離された存在になるんだ」


 ヨンヘルは指で固形のエレリラを掴むと、グッと力を入れて磨り潰してみせた。粉砕されたエレリラはそれでも消滅することはなく、粉となってサラサラと宙に舞う。その様子を見て驚いていたのは、こっそりと横目で見ていたシャルディネであった。


「す……凄いですね。魔力で創成された物が壊されても消滅しないのは、は、初めて見ました」


 正直俺は魔力創成ってそんなものじゃないのかと思ってしまったが、シャルディネの反応を見ればそれが異常であることが良く分かる。


「魔力を消費することによって物を作り出すことは、全ての粘体族スライミーに共通する固有能力だ。だけど一般的な粘体族スライミーが作る物は、その全てがオリジナルをひどく劣化させた模造品止まりなのさ」


 コピー能力ってのがオリジナルより劣化しているのは定番ともいえる設定だ。その理を越えてしまえるなら、それはまさに天才の所業。その理を越えるといった部分こそ、ヨンヘルが特別である証明。俺が感じた印象に正解を与えるように、ヨンヘルは言葉を続けた。


「そして変異個体の魔法は、その固有能力を劇的に進化させる。オリジナルと完全に同質。場合によっては、オリジナルを越えるほどの模倣品だって可能。俺が異端と呼ばれる理由はそれだ」


 粘体族スライミーの天才が操る創成魔法。一見してそれが意味嫌われるとは思えなかったが、厄災と呼ばれる理由を俺は知ることになる。

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囚人から始まる異世界逃亡記 雄太朗 @you8367

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