第17話 弱者と強者もどき
「ヨンヘルが特別なのは分かったが、それだけで一族から嫌われるようには思えないな。基本的には他の
ここまで聞いた内容だけでは、ヨンヘルが危険視される存在とは感じなかった。それどころか、力の使い方さえ間違えなければ、階級差のある相手とも良い関係性を作っていけるはず。
実際にヨンヘルは看守と独自の商売を成立させている。如何に立場の差があったとしても、そこへ彼にしかできない特別な能力があることで、平等に限りなく近い関係を築けている事実があるのだ。
「異質さ……異質以外のなにものでもない。物真似とオリジナルでは全く価値が違う。それなのにオリジナルをも超えてしまうとなれば、一般的な
悲しげに俯いたまま話す姿は、ヨンヘルにとってこの話題がそれほどに重たいものであることを語っている。
異質であると差別されてきたのだろうか。それとも他になにかあるのか? 憶測が答えを求めるも、彼の様子を見ていると、俺から質問をなげるべきではないだろう。
ひとまず彼の声に合わせて軽く相槌をうつと、グラスに残っていた水を飲みほしてから口を紡ぐ。そんな俺を見たヨンヘルは、思いを全て吐き出すように会話を続けた。
「変異個体が嫌われる理由を語るには、
歯向かう者は力で捩じ伏せる。
しかしその反面、地上や水中での戦闘力や適応力は多種族よりも劣っている。そのため洞窟などの知識に長けている
「
普通ならば両者の苦手を補い合うため、交渉という手段を用いて均等な関係性を作れる場面。だが種族階級を重んじる世界で、上級下級の差は王と奴隷と言ってよいほどにかけはなれているようだ。
過去に問答無用で交わされた
「
1日1000万ゼルとは。監獄での金銭感覚で考えると、刑務作業のだいたい5万日分か? それを毎日? 個人でいえば目の眩む大金だ。しかし種族間とはいわば国と国のようなもの。そう考えると一般的な額なのだろうか。
「凄いな。外の世界で1000万ゼルにどれほどの価値があるのかピンとこないが、流石にとんでもない大金だろうってのは分かるよ。希少な鉱石ってのはそれほどの金を生むんだな」
なんだか
それくらい稼げる条件を持っているなら、何故ずっと最下級という位置にいるのだろうか。ゼルをもっと上手く活用すれば、いくらでも階級を上げるチャンスがありそうじゃないか。
俺は上面だけで妄想し、とても楽観的に感じてしまった。しかしヨンヘルが続けて話した内容を聞いて、その安直な考えはすぐに一変する。
「希少な鉱石が高価値なのは間違っていない。だがそれでも毎日1000万ゼルってのは法外だ。それは
「──3日?! いや待ってくれよ! 毎日献上しないといけないんだろ? どう考えたって計算がおかしいじゃないか!」
あまりにも無理のある話だ。一族全員で働いた3倍の量を毎日なんて、そもそも契約として成り立っていない。普通ならばすぐに反乱が起きるレベルじゃないか。
驚愕して開いた口が閉じなかった。さらに本当に恐ろしいのはこの条件をこなせなかった時らしい。ここまでで十分異常なのに、
「やつらは悪そのものだよ。俺達は納品を1日でも怠れば、小さな子供から1人ずつ殺すと脅された。それも徹底的に非情なやり方で、親の目の前で……
ヨンヘルが真実を言っているのか思わず疑心暗鬼してしまう。そんなものがまかり通るなら、それは契約じゃなく完全なる支配だ。統治なんて体のよい言葉を使っているが、まるで
「そ……そんなの、どう考えたって理不尽だろ! なんでそこまでして従うんだよ! どれだけ力の差があったって、それに従うなら死ぬのと同じじゃないか! そんな奴らの言いなりになっているのは逃げているのと同じだ! それじゃあ……まるで」
思わず声を荒げてしまう。ヨンヘルの話を聞いているだけで、腹の底から苛立ちが込み上げてくる。権力や地位がないだけで、ゴミのような扱い。そんなのは、頑張って支えているはずの者が泥を啜る世界。
なぜ歯向かわない。なぜ抵抗しない。なぜ権力に順応しようとする。なぜ戦おうとしない。なぜ言いなりになる。なぜ強者に背を向ける。
その逃げた先には暗闇しかない。廃人となって死に絶えるか、腐人となって一生を影で過ごすか。逃げる者にはその2択しかないんだ。
だからこそ、弱者は戦い続けなければいけない。環境に言い訳をし、敗けを簡単に認めて、埋もれていくのが分かりながら楽な道に逃げる。そんなことを続けても、自分を変えることはできない。
(あぁ………………まるで、転生前の俺じゃないか)
弱者が弱者らしく生きる道。それを否定したくて。他人を否定なんてできる人間じゃないのに。都合よく自分の過去を改変し、強者のように弱者へ詭弁を叩きつけ、お手本のような正論をたれ流す。
俺がもし
(自分を棚に上げて……最低じゃないか)
勢いで否定した口を右手で抑え込む。自分の不甲斐ない苛立ちを左こぶしに震わせると、ゆっくり深呼吸をして心を落ち着かせた。
「……すまない。思わず熱くなって」
俺の言葉を冷静に受け止めたヨンヘルは、苦笑いを浮かべながら目をそらす。彼は彼で俺の詭弁に返す言葉がないのだろう。
「いや、オルディの言う通りさ。抵抗しないのは恐怖から逃げているのと同じだ。中にはその恐怖に耐えきれず、無になってしまう者もいた」
心にくる言葉だ。まさしく俺のことである。
それにしても、よくそんな条件下で生き抜いているものだ。
疑問に首を傾げたが、そんな単純な謎に答えるように、ヨンヘルは会話を続けた。
「本来なら
そうか。ヨンヘルの魔法なら、希少な鉱物を作り出すことができる。それを使って足りない分を補っていたんだ。
「あくまでもその場凌ぎだけどね。俺1人の魔力では、足らない分を複製するのがやっとさ。少しでも怠ればノルマに届かない。生活に余裕を持たせることなんて到底できなかった」
両手を広げて失笑をしながら語る。彼は自身の実力不足で
「ヨンヘルはよくやっていたんじゃないのか? 俺が同じ
知れば知るほど、ヨンヘルの力に厄災を招く要素なんてないじゃないか。彼が悪事に使っていた感じもないし、周りからも認められていたはず。
それなのに、話が続くほどヨンヘルの顔色が青ざめていく。
「確かに皆が俺を頼ってくれた。英雄のように讃えてくれて、その高揚感に浸って、自分自身を過大評価していた。そんな馬鹿だから悲劇を呼び込む」
「貪欲な
囚人から始まる異世界逃亡記 ゆーたろー @you8367
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