第15話 正解と未解
傷の回復が完全に終わると、ヨンヘルから距離を開けるように自分のベッドへと座る。シャルディネは俺が使った魔法の効力に驚いて立ち呆けていた。だが急激に静まった場に気まずさを感じたのだろう。部屋の一番隅にある自身のベッドへ逃げるように向かうと、申し訳なさそうに座って顔を俯かせた。
「これが……オルディの……」
殺気立っていたヨンヘルが少し落ち着きを見せている。先程まで俺のことをお前と呼んでいたが、オルディといつもの呼び方に戻っているのがその証拠だ。
冷静に分析を始めている。氷のように冷たく、針のように鋭い視線で外れた足輪に注目していた。こうなった時の彼は、頼りになると同時に恐ろしくもある。俺の中途半端な嘘は通用しない。ならば、正々堂々と回答するのが最善だろうか。
「初めに、これだけは大前提で話をさせてくれ。俺の記憶があやふやなのは事実だ。ヨンヘルが疑問になっていること全てに回答できるか、それは保証できない」
俺の言葉を無視しているのか。彼は返事をすることなく、ただ無言で床に落ちていた呪魔の足枷を見つめていた。
そのまま2、3分ほど静寂な時間が過ぎただろう。壊れたロボットのように固まっているヨンヘルに、どうすれば良いのかこちらも困惑が止まらない。
やはり見せるべきではなかった。そんな感情を抱いたまま、床に落ちていた呪魔の足枷を不作法に拾う。すると、何かキッカケを待っていたようにヨンヘルがゆっくりと立ち上がる。そのまま小さく口を開けると、止まっていた2人の間の時間が動き始めた。
「オルディは、いつでも好きなように足輪をつけたり外したりできる。だから決闘や罰則を上手くやり過ごすことができた」
率直かつ最短で確信をつく理想的な会話の切り出し。これに対して素直に答えることで、ヨンヘルは異常だと思っていたことに答え合わせができるだろう。
「ああ……その通りだ。俺は自分の意思で、この足輪を自在に脱着することができる」
端から見れば俺が
そんな異常事態の答えである呪魔の足枷を自在に外すって概念は、囚人達の通常な思考に存在しない。【理解力】の応用による抜け道なんて、本人からヒントを貰えなければ辿り着くことのない真実だ。
「死刑を乗り越えたのも、その力があったからなのかい?」
「いや、この力に気づいたのはベルバーグに収監されてからだ。ただ……まぁ、そもそも記憶障害なのが死刑後からだから、俺が覚えていないだけで、その前から能力を使えていても不思議ではないけどな」
死刑を執行される前のオルディ=シュナウザー。彼は一体何者だったのだろうか。自分の体だっていうのに、限られた知識をどう混ぜてもその答えに辿り着く道筋が見えない。
堕落者が異世界転生を望んだ末路が、現実世界よりも圧倒的に悲痛な世界。女神様ってのが存在するなら、俺みたいな人間には重たすぎる人生だ。求めていた楽観的な世界。それとはかけ離れた今に、強い皮肉を感じてしまうな。
「決闘と罰則の時を魔力で乗り切ったってことは、ルーリエとシャルディネ。もしかして、総正監様もこの事実を知っているんじゃないか?」
まったく。改めて思うが、ヨンヘルは凄いやつだ。先程の怒りに身を任せていた時とは、まるで別人だ。初めから全ての答えを知っていたんじゃないだろうか。1つのヒントを与えただけで、彼の思考は何倍にも可能性を広げている。
自信に満ちた目を輝かせながら考察の答えを探るそれは、ネット世界に蔓延る、少量の知識で滑稽な想像を語るエセ評論家を優に上回っていた。
(異世界に来てからそれほど月日が過ぎたわけでもないのに、掲示板で詭弁を披露するネット住民達をすでに懐かしく感じるな)
俺も同じ部類の人間だから偉そうには言えないが、現実世界のネット住民は闇が深い。面と向かって顔を合わせないからこそ、人間の本質的なものを躊躇なくぶつけてくるからだ。
ヨンヘルは面と向かっても、それを悠然と行える。そんな姿はどこか勇敢にも感じるな。そしてそんな人間を直接相手にすると、虚言や偽りがいかに無意味なものか実感できる。俺の力について話すと決めた時に覚悟はしていたが、やはりこの場で安易な嘘をつくのは危険そうだ。
「ああ、まさにその通りだ。俺が足輪を外せることは、決闘の時に総正監にもばれた。その上で刑罰を受け、総正監の目の前で足輪を外すことによって、結果的にベルバーグでこの力を使う許可を得ることができた」
「直々に使用許可が貰えた……か。確かに足輪の解除や、魔力そのものを禁ずる規律はベルバーグにない。総正監様の性格を考えると、監獄の不利益なことさえやらなければ、特に制御する対象ではないといったところか」
何度でも言うが、彼は本当に凄い男だ。俺が回答をする度に、更に先の展開を見越した思考に辿り着く。得た知識を頼りに想像や思考することは誰にでもできるが、瞬時に正確な理解と推考をし、そこに自分なりの自信を持たせることは容易じゃない。
「なるほど、それなら暴食の刑でも難なく生き残ることができたのにも納得がいく。それに俺の商売品の正体を見抜いたことを考えると、君の能力は解析や分析といったところじゃないか?」
よし、凄いと言ったことを訂正しよう。ここまでくると、それはもう変態の域だ。俺はここまで【理解力】というワードを一言も喋っていない。足輪を外すことができ、結果的に魔力が使えるといった情報しか与えていないのだぞ。
「恐れ入ったよ、まさにその通りだ。この短時間でエレリラを理解した時のことを考察にしっかりと練り込んでくるとは。ヨンヘルが賢いことは分かっていたが、想像以上すぎて笑うしかないな」
全てを見抜く心眼のような思考力に、思わず天井を見上げて笑い声をこぼす。こんな凄い奴が身近にいたとは。逆にここまでボロを出さなかったことを、自分で褒め称えるとしよう。
俺が降参したように笑いながら顔をひきつらせていると、それを見たヨンヘルは満足げに唇をにやつかせていた。なんとも人を苛つかせる表情であったが、完璧な思考力の前には素直に項垂れるしかない。
「まったく、反則級の力じゃないか。黙っていたのも納得ができるよ。俺がオルディの立場だったら、能力をばらすことが大前提で他人を助けたりなんてしないさ。本当に君は馬鹿なお人好しだね」
「な、馬鹿ってのは言い過ぎだろ! 俺だって助けるべきか悩んださ! 本当にヨンヘルのように強欲な悪人を助けることが正解なのかってな!」
──しまった。
勢いに任せて、思わず本心が溢れてしまった。
「…………だったら、なんで俺を助けたんだい?」
柔らかに和み始めていた空気が一瞬で凍りつく。
今ヨンヘルを悪人と呼ぶ行為は、どう考えたって友好的な行動とは言えない。しかもだ、ヨンヘル視点で考えてみれば、俺のほうが圧倒的に極悪人。そんな奴が、お前より欲のない正義の心を持っているとアピールしてこれば、それはもう気持ち悪い勘違い野郎じゃないか。
「正直……分からない。ただなんとなく、不細工な感情しか芽生えてこなかった俺自身に、いい格好をつけたかった。そんな偽善者のような感情からの行動だと……思う」
「本当に、馬鹿な思考だね」
呆れながら鼻で笑うヨンヘルは、ドンっと勢いよく自身のベッドに座った。苛立っているのかを確認しようにも、彼と目を合わせることができない。目を合わせずにする謝罪に意味などない、と母に教わった記憶が頭を過る。だが、それでも先ほどの言葉には謝罪をするべきだ。
「すまない、少し考えれば分かることなのに。俺とヨンヘルは平等だ。同じ囚人であり、仲間のはずなのに」
何気なく出た平等という言葉。なにも深い意味などなかったが、その言葉にヨンヘルとシャルディネは少し驚いている様子だった。
「俺とオルディが平等……か。謝ることはないよ。俺はその偽善に救われた。素直に感謝するよ、ありがとうオルディ」
意外にも彼は怒りを見せなかった。逆に感謝の意を示すと、そのまま握手を求めるように右手を差し出す。なんとも大人な対応に、少しだけ涙腺が緩んでしまう。
素直に出された手を握ると、ヨンヘルは「これで今回の話は終わりにしよう」と切り出してくれた。
俺達の仲が戻ったことに、シャルディネも胸を撫で下ろすように笑みを浮かべる。
ひとまず揉め事が収まったことに安堵した俺は、どうしても気がかりであるヨンヘルの行動について質問をすることにした。
「なぁヨンヘル。今度は俺に聞かせてくれないか? ヨンヘルはどうしてそこまで金に執着しているんだ? 金が大切なのは俺だって分かる。だけど、どう考えたってヨンヘルのそれは異常だと思うんだ」
「……オルディは俺を信じて全てを打ち明けてくれた。今度は俺が自分のことを打ち明けるのが正当だね」
ヨンヘルは少しだけ悩む素振りを見せたが、納得したように首を縦に振る。そのまま彼が語ったのは、ヨンヘルがベルバーグに収監されるよりも前の過去であった。
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