第12話 転生恩恵の応用力

『解析結果。第1セキュリティコード【061179】。解錠したい場合、【呪魔の足枷】を強く握ったまま、セキュリティコードを脳内に思い浮かべて下さい』


「はぁ?!」


 突然の解析に思わず口から驚きが飛び出した。急に俺が大声をあげたため、ヨンヘル達が何事かとこちらを見てくる。俺はわざとらしく咳き込み、「ごめん、何でもない」と言って顔を隠すようにベッドへ寝転がった。


(ちょっと待てよ……【理解力】にはこんな能力もあるのか?)


 足が周りから見えないように、ベッドにあった薄手の毛布をかぶる。そのまま恐る恐るセキュリティコードを思い浮かべると、【理解力】は次の言葉を提示した。


『解析結果。第2セキュリティコード【4791】。第2セキュリティコードは30秒に1度、ランダムでコードを変化させます。次のコードまで、残り18秒……17秒』


 これは、二段階認証になっているのか。現実世界でもセキュリティ強化であった機能だ。2つ目の認証コードは、リアルタイムで変化する。

 看守達は、何らかの方法でこのコードを読み取ることができるということか。絶対に破壊できない強度。絶対に解錠できないセキュリティ。囚人を制御するために、この足輪がどれほど大切な物か良く分かるな。


(4791……っと。これで解錠できるのか?)


 第2のセキュリティコードを思考すると、音もなく簡単に足輪が真っ二つに割れて外れた。さっきまで全く外れる気配もなかったのに、あっさりと外れたのだ。誰もが苦戦する高難易度の知恵の輪を、一瞬で解いてしまったような爽快感である。

 そして、その爽快感はすぐに感動へ変化する。足輪が外れた瞬間、自分の体の奥底になにか滾る力のようなものを感じたのだ。


(こっ……これが、魔力ってやつなのか?)


 滾っている力は、少し意識すれば自由に体の隅々まで行き渡すことができる。少しだけその力を手の平に集中すると、ホカホカと暖かみを感じることができた。

 俺は直感する。このまま火をイメージすれば、その力を手の平の上で火に変換することができそうだ。魔法なんて非現実的なもの、当たり前だが一度だって使ったことはない。だが、イメージができないわけではない。

 これは俺に限ったことじゃないだろう。現実世界の人間は、いつも非現実を求めて生きている。漫画やアニメに出てくる奇跡のような力。魔法だって立派な非現実の1つだ。誰もが魔法を使えたらと一度は考えたことがあるはずさ。現実世界では魔力が空想のものだから実現はできないが、ここには本当に魔力という概念がある。魔法を使うことができるというなら、それをイメージすることなんて容易いものだ。


「……ん? あれぇ? オルディ……もぉしかして、魔力使ってるぅ?」


 ──ヤバイ!?

 ミルクが不思議そうにこちらを見つめている。毛布をかぶっているから、足輪が外れているところは見えていないはずだ。だが、魔力は視認しなくても探知できてしまうのか。


「ウチねぇ、魔力探知がちょー得意だから、凄い微弱な魔力でも近くにあれば反応しちゃうの。でもぉ~オルディも足輪はめてたよねぇ? あれぇ? ウチどうしちゃったんだろぉ?」


 普通ならこれくらいの魔力は探知できないのか。ミルクが騒ぎだしたことによって、ヨンヘルとルーリエもこちらを注目し始めた。だが、それまでは確かに無反応であったな。まさか、ミルクのような細かいことを気にしないような人が、精密な探知能力を持っているとは。


「オルディ、その毛布取ってみてよ。もしかしてだけどぉ……足輪外せたりしないよねぇ??」


 俺の隣に歩いてくると、ミルクはお構い無しに毛布に手をかけた。「ちょっと待ってくれ」と拒んだが、華奢な腕からは想像もできない強大な力が、俺の抵抗を容易く阻止する。そのまま胸元に馬乗りされると、なす統べなく押さえつけられ、勢い良く毛布を剥ぎ取られた。


「……あれぇ? やっぱり足輪はめてる。んん~? ウチの勘違い?? おかしいなぁ~、確かに感じたと思ったんだけどなぁ~」

「も……もういいか? 何のことだか分からないが、魔力なんて使えるわけないだろ。だから……どいてほしいのだが」


 仰向けの俺に馬乗りするのは良いが、ミルクのお尻が目と鼻の先にある。柔らかな感触も相まって、このままでは魔力どころか、違う部分が滾ってきてしまうぞ。こんなところで下部を大きくしたら、一生ルーリエに変態のレッテルを貼られてしまう。それだけは何としても避けなければ。


「おかしいなぁ~、おかしいなぁ~」


 ミルクは人差し指を唇に当てながら、首を傾げて悩みこむ。「おかしいなぁ~」と何回も小言を口ずさみながら、腰をゆっくり左右に振って俺に体を擦りつけていた。


(ば、バカ野郎! 腰を振るんじゃない!)


 ミルクはワザとやっているか、それともただの天然なのか。今はそんなことどうだっていい。これ以上は俺の海綿体が膨張域に達してしまう。強引に体を捻ってミルクを退かすしかない。


(……)

(…………)

(………………)

(クソォ!! 俺だって立派な男なんだぞ!! 目の前でこんな魅惑的な桃が踊っているというのに、それを簡単に手放せというのか?! 間違っている。間違っているぞこの監獄は!! 簡単にはだけてしまいそうな布の服を着た、見ず知らずの美女と同部屋なんだぞ。それなのに、性欲を発散する行為は一切禁止だと?! せめてトイレで1人発散するくらい。だが規律にはそれも許されていない……人権なんてあったものじゃないんだ!! なんて……なんて恐ろしい監獄なのだ)


「何やっているのよミルク。魔力感じないんでしょ? いつまでそこで遊んでいるの? オルディのにやけ顔がキモいんだけど」


 ──手遅れであった。

 ルーリエがミルクにどくように指示を出すと、ミルクは素直に俺から降りて、自分のベッドに戻っていった。そして、チラッとだけ俺を見たルーリエの顔は、完全に生ゴミでも見ているような酷い目つきであった。


(しまった……にやけていたのか俺の顔は。あぁ、もう終わったよ俺の監獄生活。いや、ミルクだってありえないくらい美人だし、ボンキュッボンの贅沢ボディだよ? でも、俺の本当のタイプはルーリエなんだよ。あぁ……いいなって思った女の子に思いっきり嫌われる感覚。学生時代でもあまり感じたことはなかったのになぁ)


 訳の分からない自問自答をしていると、ルーリエはそっぽを向いてしまう。ヨンヘルは俺に背を向けて再び本を読み始めたが、何だかその背中からは憐れむような空気を感じてしまった。


(はぁ……過ぎてしまったことは仕方ないか)


 俺という人間を示していくのはこれから頑張るとして、とりあえずバレてはいないようだな。理解した時のことをしっかり覚えていて良かった。足輪は、セキュリティコードを念じれば再び装着することができる。これが脱着自由でなければ、完全に問題になっていた。房内でもそうだが、足輪が外れているのを看守に見られたりでもしたら、それこそ何て言い訳をすれば良いのか。


 その時、ふと1つのアイディアが思いつく。

 俺以外にこの監獄で足輪を自由に脱着できる奴なんていないだろう。ということは、俺だけが囚人で魔力を使うことができるんだ。魔力探知が得意な相手には気をつけなければいけないが、これは利用できるぞ。

 となれば、魔力の応用の仕方を覚える必要があるな。だがどうするか。房内ではミルクがいる以上、迂闊に足輪を外すわけにはいかない。かといって、明日の朝までにはある程度の竜族ドラゴニック対策が必要だ。魔力のおかげで1つ策は浮かんだが、それを実行するには魔力に対する知識が疎か過ぎる。


「……そういえば、魔力で思い出したのだが、俺は魔力の使い方もあまり記憶に残っていないんだ。もし良ければ、どんなことができるのか教えて貰えると助かるのだが」


 こういう時も、やはりヨンヘルが頼りになりそうだ。しかし変にコソコソとヨンヘルに聞いたりするのもおかしい内容。ならば今の流れを利用するのが一番だ。誰に聞いているか指定せず、3人に問いかけるようにすれば、そう不思議な質問ではないはずだ。


「はぁいはーい! ウチが色々教えてあげるよ」


 ……これは良くない方の予想外である。

 ヨンヘルが気を利かして教えてくれると思っていたが、それよりも早くミルクが名乗り出た。何故か、ミルクはやたらと俺に関わりたがっている気がする。決して俺の自意識過剰ではない。

 だが、質問したのは俺の方だ。これを断っては、流石にこれからの付き合いにも響くというもの。仕方ないが、ミルクから魔力について教わることにしよう。


 楽しそうなことがあれば、何かとすぐミルクは飛び跳ねるようだ。可愛らしくピョンピョンと跳ねると、そのまま勢い良く俺のベッドの上にダイブした。


「ミルク先生がオルディ君に教えてしんぜよう! 魔力とは何かを!」


 俺の足元で正座をし、人差し指を立てながらウインクをする。悔しいが、その姿はとても愛くるしいものであった。

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