第18話 覚悟との対峙
午前の刑務作業は、昼食をとり、給料を受け取った時点で終わりとなる。刑務作業の始まりは、作業場となる場所まで看守の後をついて歩く。それは今日の作業がどんな作業になるのか、事前に教えて貰えないからだ。作業内容を先に教えれば、作業内容を毛嫌いして急に休む者が現れるらしい。
午後の作業がある者は再び看守の後をついて歩き、次の作業場まで移動する。そして午後の作業がない者は、午前の作業が終わり次第、その場で自主解散となる。
普通の刑務所では、看守の付き添いなくその場で解散などありえない話だ。しかし、この監獄は結界のようなもので完全に隔離されている。試してはいないが、入ってきた時のように外壁に手を触れても、一方通行のように弾き返されるようだ。どんな仕組みなのかは分からないが、魔法の力が働いていると考えるのが普通だろう。
囚人達は、ダイヤモンドの数倍の硬度を誇る足輪によって魔力を封じ込めている。どんな手を使おうが、魔力無しでこの空間から脱獄することは不可能なのだ。だからこそ、これほどの自由が許可されている。
「ミルクは午後の作業もあるのか?」
ルーリエは帰り支度をしているが、ミルクは食事を終えて早々に、ベルと何かを打ち合わせしていた。
「そうだよぉ! 美味しぃ~お肉を、いっ~ぱぁい食べたいからね。働かざる者、食うべからずなのだよぉ!」
日本と同じような
「そうか、頑張ってな。ルーリエはこのまま房に帰るのか?」
「ええ。私はまだ午後の労働を受けることができないから、いつもは入浴の時間まで房で本でも読んでいるの。本っていっても、商店街でボッタクリみたいな値段で売っているのしかないから、数冊の本を何回も読み返しているんだけどね」
収監されて2年以上経つルーリエでも、まだ午後の刑務作業を受けることができないとは。俺にはしばらく無縁の話になりそうだな。
それより……商店街か。気にはなっているが、たぶん今の俺の持ち金では何も買えないのだろうな。囚人達が経営しているんだ。どんな商品があるか知らないが、ルーリエの言う通り、真っ当な価格で取引されているはずがない。
ミルクは颯爽と午後の作業に行ってしまったし、ルーリエと2人っきりでデート。なんて展開はあるはずもない。俺が今からどうしようかと考えている間に、ルーリエは足早に帰り始めたのだ。
「ルーリエ! 俺ここに来たの初めてで、帰り道がいまいち分からないんだ。良かったら一緒に帰らないか?」
せっかくルーリエと2人っきりになれるチャンスなのだ。まだろくにお互いのことを知らないし、話しながら帰るくらいならルーリエも付き合ってくれるだろう。そう思って声をかけたが、彼女は口をへの字に曲げ、露骨に嫌そうに目を細めた。
「え……いや、そこまで嫌そうにする?」
「だって……話すことないし。別にあなたが迷って帰れなくても、私には関係ないし。そもそも、真っ直ぐ歩いてきただけじゃないの」
ド直球な言葉に俺は項垂れる。しかし、そんな程度で引くわけにはいかない。相手のことを良く知りたいならば、自分から積極的に行動しなければ何も得ることはできないのだ。
「そ、そんなこと言わずに。ほら、ルーリエがどうしてベルバーグに入ったか。とか知りたいし」
どうも、この話題は触れてはいけないものであったようだ。ルーリエは冗談混じりの嫌気顔から、真剣味のある表情に変化する。目尻を尖らせ、威嚇するような視線を俺に向けた。その表情は、明らかに怒りに満ちているものである。
「あなたにそれを教える意味があるの? 人にはね、他人に知られたくないことが沢山あるのよ」
ルーリエの言葉には、俺の心を折るのに十分な破壊力があった。他人に知られたくない。当たり前だ、俺はまだルーリエ達と出会って1日ほど。そんな奴が軽々しく聞いて良い質問ではなかった。
俺はすぐに「すまなかった」と頭を下げた。しかし、機嫌を損ねてしまったルーリエは無言で振り返り、1人歩きだす。帰り道が一緒なため、一定間隔を空けながら後をついて俺も歩くが、気まずい空気が2人の間に分厚い壁を作っていた。
(……しまった。俺はなんてデリカシーがないんだ。一緒に労働をして、もう仲良くなった気分でいた)
やってしまったと頭を悩ませながら歩くと、住宅施設の裏門が見える山の麓にたどり着く。俺はずっと下を見ながら歩いていたため、裏門の存在が目に入っていなかった。そして、気づけば何故か離れていたルーリエの後ろ姿が、目と鼻の先にあったのだ。
ルーリエにそのままぶつかりそうになったため、俺は慌てて顔を上げて立ち止まる。何事かと驚き、ルーリエに声をかけようとした時、俺は目の前の光景に硬直してしまった。立ち止まったルーリエの先に、最も恐れていた者が立っていたのだ。
「よぉルーリエ。後ろの新人、なんて名前か教えてくれねぇか?」
緑の鱗に覆われた者が1人と、青の鱗に覆われた者が1人。どちらもレーグマン伯爵に似た顔立ちで、指先には鋭い爪。何でも簡単に噛み砕いてしまいそうな牙が大口から剥き出し、鼻先には長い髭が左右対称に垂れている。奴らが
覚悟はしていたが、ついにこの時がやって来たのだ。ルーリエに向かって名前を聞いているが、まさに悪人というような悪びれた面構えは、確実に俺がオルディ=シュナウザーだということを分かって聞いている感じだ。ルーリエはそんな2人に向かい、怖気づくどころか強気に言葉を返した。
「なにか用事? 私はあんた達に用なんてないけど」
ルーリエがしかめっ面で対応すると、
「あぁ、俺達もお前さんに用事はねぇよ。用事があるのは、お前の後ろにいる男だけだ」
俺と目を合わせた2人の
「自己紹介しておかねぇとな。俺の名前はバルカス。兄貴はジャージェっていうんだ。自己紹介したぜ? さぁ、お前の名前を教えてくれよ」
青の鱗がバルカス。緑の鱗がジャージェ。バルカスがジャージェのことを兄貴と呼んだってことは、こいつら兄弟なのか?
それより、どう答えるべきなのか。たぶんコイツらは俺の名前を知っている。さっきルーリエと対面した時の顔つきは、嫌がらせを楽しむ子供そのものであった。どうせ俺の焦る姿を見て、楽しもうってところだろう。
「分かってるんだろ? 俺はオルディ=シュナウザーだ。
俺は堂々と胸を張って強気な姿勢を見せた。
ハッキリいって、めちゃくちゃ怖い。目の前に立っている2人は、どう見たってただの化物なのだ。巨体に満遍なくついた強靭な筋肉。鉄よりも硬度のありそうな鱗が光り、鋭利な牙が無数にはえている。それに加え、レーグマン伯爵のように炎を吐けるとなれば、まず俺に勝ち目などない。
そんな奴らを前に、内心は震え上がって完全に萎縮している。だが、俺の考えた策を上手く遂行するには、ここで弱気な姿を見せるわけにはいかなかったのだ。
「貴様のような
ジャージェが俺の体を舐めるように観察すると、納得がいかないのか首を傾げて足踏みをする。貧乏揺すりのように小刻みな足踏みであったが、1回1回地面と足が接触する度に、バンッバンッと激しい音を立てていた。
「やっぱりラグディア公爵のことか? 悪いが、ラグディア公爵を殺した時の記憶がないんだ。逆恨みされても迷惑だ、俺に構うなよ」
突っぱねるように強気の姿勢を貫くと、バルカスが痺れを切らして俺の首を掴み上げた。
「お前よぉ……立場分かってるのかぁ?
途轍もない力が首を締めつけてくる。呼吸が上手くできず、今にも喉仏が潰れるのではというほどの苦しみに、思わず呻き声が出そうだ。だが、ここで引いたら絶対に終わりである。俺は絶対に弱い姿を見せるわけにはいかないのだ。
「な……んだ? 俺の……首を、へし折るん、だろ? さっさと……やって、みろ……よ」
無理やり笑顔を作り、必死に言葉を返す。バルカスが本当に後先考えない奴なら、ここでゲームオーバー。確実にこのまま首をへし折られるだろう。
だが、上下関係が絶対と謳う奴らだ。お前達は、絶対にここで俺を殺したりしないはず。後は俺の命を賭けたハッタリが、こいつらに通用することを祈るだけ……なのだが。
(や……ばい。苦しくて……意識が……)
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