第19話 避けられない戦い

「やめろバルカス。規律を無視するのは、総正監の意に反するのと同意だ。ここでの絶対は総正監であることを忘れるな」


 俺の意識が途切れそうになった時、ジャージェがバルカスの腕を掴み、手を離すように促した。バルカスは素直に手を離すと、少し宙に持ち上げられていた俺は崩れるように転がる。苦しくて泣きそうであったが、咳き込みそうな衝動を抑え込むように喉を強く押さえ必死に耐える。そして何事もないように立ち上がってみせた。


「ほぉ……あれだけ喉を強く握り締めてやったのに、人族ヒューマンにしては案外タフじゃねぇの」


 何がタフだ。こちとらあまりの痛みと苦しみで、今にも泣き叫びたい気分だっての。

 ただ、無理に強がったのは少なからず効果があるようだ。他の人族ヒューマンと違う。そんな印象を与えることができたなら、それで十分だ。


「ここの規律を破ることは、総正監と争うようなもの。さすがの俺達でも、【剣帝】の称号を持つ総正監には歯向かうべきでない。だから、規律に従ってこいつを殺すのだ」


 バルカスはジャージェの言うことを理解すると、手をポンッと叩いて頷いている。「さすが兄貴、冴えてるぜ!」っと阿呆丸出しで笑うその姿は、本当に知能が低いのだと感じさせた。

 ジャージェはやれやれとバルカスを軽くあしらうと、俺に顔をぐいっと近づけ、鼻息がかかるほどの超近距離で予定通りの言葉を告げる。


「オルディ=シュナウザー、俺達は貴様に決闘を申し込む。この決闘に拒否権はない。明日の午前10時、闘技場にて貴様を殺す」


 ──俺はその言葉を待っていた。

 ピンチは最大のチャンスというが、まさにその通りである。俺は地面に転がった時、すでに行動を起こしていたのだ。


「俺と決闘? お前達に、そんな覚悟があるのか?」

「……なに?」


 俺の意外な返答に、ジャージェは頬をひくつかせる。明らかに苛立っている様子だ。だがそんな反抗的な表情は、すぐに変えてやる。


「俺は確かにラグディア公爵を殺した記憶がない。だが、殺したという事実はあるんだ。良く考えてみろ、お前達のトップに立っていたラグディア公爵は、少し油断した程度で人族ヒューマンに殺されるほど弱いのか?」

「貴様……ラグディア公爵様は竜族ドラゴニック最強のお方であったのだぞ。人族ヒューマンごときに敗北するなどあり得ないのだ」


 闇属性の魔法【ドラミング】だったな。イメージは、魔力を鎧のように纏う感じだろうか。薄く伸ばした魔力で体全体を囲い、さらに棘のように鋭く尖らせてみる。ミラエラ王のような重圧は上手く放てないが、それでもここならこれで充分だ。


「普通じゃあり得ないよな。だが、俺は間違いなくラグディア公爵を殺したんだ。その意味、分からないはずじゃないよな」

「き……貴様?! なぜだ……なぜ魔力が使えるんだ?!」


 ルーリエを含む、この場の全員が目を広げて驚いていた。そりゃそうさ。ここの囚人は全員が魔力を完全に封じられている。それなのに、俺が急に闇魔法を使ったのだからな。


 俺はさっき倒れた時、右手で自分の【呪魔の足枷】に触れていたのだ。転生恩恵によって、俺だけに可能なチート技。【呪魔の足枷】のセキュリティを外すことにより、魔力の使用を可能にしたのだ。少し苦労したことといえば、足輪を外す時、勢い余って足輪が転がっていかないかだな。昨日の夜、皆が寝静まった時に少しだけ試していて正解だった。

 この足輪、セキュリティを1度解除したら、効果を再発動しなくてもそのまま装着しておくことが可能なんだ。これが策の中でも1番のキモになる。竜族ドラゴニックの奴らから見ると、俺は足輪をつけたままなのに、魔力を使っているように見えるのだ。その事実は、相手を萎縮させるために最大限利用することができるはずだ。


「あぁ、すまないな。思わず魔力が溢れだしてしまったよ。この足輪が魔力を封じこめているようだが、俺の膨大すぎる力は、完全に制御できないようだ」


 俺は今、これでもかというほどゲスな顔をしているだろう。口角を吊り上げ、完全に相手を見下すように不気味に微笑む。理想は、残忍な殺人鬼が、無力な相手を目の前に殺しを楽しむような表情だ。今はゲスであればあるほど効果がでるはず。その証拠に、先程まで息巻いていたジャージェとバルカスは、口を開けたまま無様に冷汗を垂らしている。


「さて……もう1度だけ尋ねようか? 誰が誰と決闘をするって?」


 竜族ドラゴニックが厳しい縦社会、しかもそれが力によるものならば、自分よりも明らかな強者には易々と歯向かえないはずだ。

 何とかイメージだけで魔力を魔法に変換しているが、実際は魔力の扱いなんて殆ど理解できていない。これは完全なブラフである。実戦経験なんてあるはずないし、本当に決闘となればすぐにボロがでるだろう。だからこそ、絶対にここで竜族ドラゴニックとは決着をつけておかねばならない。


「なに黙っているんだ? お前達から吹っ掛けてきた決闘だよな? 俺はここでの決闘のルールをあまり細かくは知らないが、殺しが認められているくらいは聞いているぞ。勿論だが、自分達が殺される覚悟を持って俺に絡んでいるんだよな?」


 俺は魔力を纏ったまま、ゆっくりと足を前に出す。ジャージェとバルカスは咄嗟に俺から距離をとると、俺の威圧にジリジリと後退りを始めた。

 想像以上に気持ちの良いものだ。明らかな強者相手に、これほど優位に立ち回る。現代社会ではあり得ないことであったが、ここではやり方1つでそれが成立するんだ。


「馬鹿にするなよ小僧がぁ!! 俺達は誇り高き竜族ドラゴニックだ!! 貴様なんぞに、貴様なんぞに」

「で、でも、流石にヤバくないかぁ兄貴?!」


 ジャージェは怒りに任せて息巻いているが、バルカスの方はすでに後手になっているな。勢いに任せて俺に飛びつこうとするジャージェを、バルカスは後ろから抱きついて必死に静止している。馬鹿の方が本能に従順というが、まさにその通りだ。

 竜族ドラゴニックの本質は絶対服従。レクタス公爵が連れていたサイボーグを思い出せば分かりやすいが、これほど科学が進んでいそうな世界なのに、竜族ドラゴニックは己の力のみで民族を支配しているのだ。弱者は強者に歯向かうことが許されない。その太古から染みついた本能は、同族間に収まらないはずだ。


「兄貴……こいつはやばいよぉ。俺はベルバーグに入って10年、誰1人として魔力を使う囚人なんて見たことがぁない。こいつがどれだけ魔力を使えるか知らねぇが……魔力なしで勝てるはずがねぇ」


 バルカスは汗を垂らしながら怯えている。正直これほど効果的であるとは思わなかったが、これなら何とか決闘を避けることができそうだ。


(そうそう、バルカスの意見を素直に飲み込めばいいんだ。決闘なんてしたところで、そこから何も産まれはしない。そんな無意味なもの、止めておいたほうがいいぞ)


 そう、決闘なんて暴力的なものは何も解決に繋がらないのだ。ラグディア公爵の件があるとはいえ、ハッキリいって俺とジャージェ達の間に直接的な因縁などない。それなのに、殴り合い程度ならいざ知らず、殺し合いをしようというのだ。

 誰がどう考えたってそんなものはおかしい。バルカスが本能でそれを察知しているのだ。知能の高そうなジャージェなら、冷静になればすぐに理解できるはず。


 今だってそうじゃないか。ジャージェは息巻いていながらも、顔をひきつらせて俺から距離をとっている。分かっているんだ。このまま決闘を挑んだどころで、謎めいた俺に勝てる可能性は極めて低いと。

 だったら早く冷静になれ。お前は吐き出した言葉を引っ込めるきっかけが欲しいだけだろ。バルカスも、もっと強くジャージェのことを止めるんだ。俺から決闘を止めようなんて言っても何の効果もない。さっさとその兄貴を止めてくれ。そうすれば、俺のここでの生活も安泰なのだ。


「ほらほら、バルカスの方が賢いじゃないか。そんな死に急ぐことないだろ? ちょっとは冷静になって考えろよジャージェ」


 俺は淡い期待を胸に、ゲスな笑みを浮かべ挑発を続ける。このままいけば俺のブラフは成功だ。あとひと押しでジャージェの心も折れるはず。

 しかし──そんな俺の軽い気持ちは、ジャージェの途轍もなく強い忠誠心に打ち負けてしまった。


「だ……黙っていろバルカス!! 貴様が如何に強大な力を持とうとも、俺にとっての絶対はラグディア公爵様だけだ!! 魔力が使えるだとか、魔力が使えないだとか、そんな要素だけでラグディア公爵様に捧げた忠誠が崩れることはない!! 改めて宣言してやる。宣言してやるぞ!! 俺達と決闘だ、オルディ=シュナウザー!!」


(…………はぁっ?!)

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