第6話 スイートルーム

 噂に聞いていた6人部屋。実際に部屋へ入ってみると、体感的には以前の倍ほど広く感じた。ベッドもゆとりをもって配置され、今まで1つのベッドに対して2つだった引き出しも4つに拡張されている。トイレと洗面所も2箇所用意され、これで水回りの奪い合いも心配しなくてよい。

 そして極めつけは、念願のシャワーだ。洗面所へと繋がる2つの扉から少し離れた場所にも扉が1つ。興味本位で扉を開くと、そこには2畳ほどありそうな意外と広めの脱衣場と、薄手のカーテンで仕切られた1畳ほどのシャワースペースが存在した。


「シャワー最高だよねぇ! ウチ朝からシャワー浴びたい派だったからぁ、夜の入浴だけじゃ不満だったんだよぉ」


 ミルクが後ろからひょこんと顔を出すと、シャワールームを前に笑顔を溢している。俺が「女性陣は毎日入れるだけマシだろ」っとツッコミをいれると、愛くるしいニヤケ顔で「えへへっ」と首を傾けた。


「シャワールームの扉には鍵がついているみたいだけど、覗いたら殺すからね」


 ルーリエは少し遠目にボソボソと呟いている。目を細めて腕を組み、俺との距離を意図的に離している。そのどことなく余所余所しい態度に一瞬だけ疑問の抱いたが、すぐにその原因がなにかを理解した。


「なぁ……ルーリエ……もしかして、さっきミルクに言われたこと照れてる?」


 ミルクに大声でぶちまけられていた恥ずかしい心境。普段あれだけ俺に冷たい態度なのに、俺が刑罰を乗りきった話が出た時に大喜びしていたと。それはめちゃくちゃ嬉しい話である。ルーリエが俺のことを気にかけてくれていた。ミルクとヨンヘルの目がなければ、この場で飛び跳ねながら喜んでいる場面だ。

 だがルーリエの性格を考えてみれば、それを本人に暴露されたら恥ずかしくてたまらないだろう。いつも虫けらを見るような視線を飛ばしてくるが、その本音を聞けば今やっている冷たい視線も愛おしく見えるものさ。


「なに笑ってるのよ! ふ、ふざけてるなら今すぐ殺すわよ! わ、私は別に……あんたのことなんて、心配してなかったし」


 いかんいかん。嬉しさのあまり、自然と口がニヤケていたようだ。ルーリエは頬を少しだけ膨らませ、プイッとそっぽを向くと、そのまま自分のベッドに座った。そんないじけた顔も素敵だが、ナターリアの娘であることを思い出すと色々むず痒い。

 この話題についてルーリエに話を聞いてみたい気持ちがあるけど、流石にいらぬ怒りを買うだけだと確信している。彼女自身その話題に抵抗がないのならば、すでにミルクとヨンヘルくらいには深い話をしているだろう。それを今までしていないということは、この話題が彼女にとって地雷であることは俺でも理解できた。


「それにしても……噂には聞いていたが、本当にスイートルームのような部屋だな。それに3階にある他の部屋を見たが、囚人がいるのは俺達の部屋だけじゃないか?」


 いつまでもルーリエをからかっていたいが、俺もそこまでガキではない。それとなく話題を変えると、素朴な疑問にはやはりヨンヘルが素早く答えてくれた。


「3階スペースは、少なくとも俺がベルバーグに収監されてから使われているのを1度も見たことないよ。そもそもここは最下層だからね。全囚人を合わせてもせいぜい100人くらいだ。4人部屋で構築されている1階と2階で事足りているんだよ」


 頼りになる男だ。ヨンヘルは誰もが気にしないようなことも、しっかりと見ている。こういった博識な部分は是非とも見習わなければいけないな。監獄で上手く生きていくには、どんな些細なことでも知識として吸収する意欲が大切だ。

 暴食の刑は結果的になんとか乗りきったが、色々なイレギュラーがなかったらまず詰んでいた。これも刑罰が決まった時点で俺が積極的に調べていたら、また違った対処方法もあっただろう。普段から何事も油断しない。そんな気構えが大切だと、改めて思い知った。


「そうなのか。20年以上使われていなかった房が俺達に解禁されたとなると、またいらぬ方向から反感を買いそうだな」

「それは間違いないね。総監様が勝手に決めたことだから、必要以上に突っかかってくる奴らはいないだろうけど。それでも日常的に警戒しておいて損はない」


 ベルバーグに収監されてから10日と経っていないが、毎日違う問題で頭を悩ませている。そんな最中、3階スペースを俺達で独占できたことはストレスの大きな解放だ。看守達は定期的に房内の監視にくるようだが、それは今までも一緒。周りからの叫び声や呻き声がないだけで、今日という日を安眠できそうだ。

 しかし、忘れてはならないとても大きな問題がある。今はヨンヘル、ルーリエ、ミルクしか部屋にいないが、ここに謎の同居者が1人増えるのだ。


「なあ、そういえば皆は同居者が誰か聞いているか?」


 俺の疑問に全員が首を横に振る。俺は刑罰の最中だったから誰が来るか聞かされないのは分かるが、ヨンヘル達も未だに聞いていないのか。


「いや、まだ誰かは聞かされていないね。新しく誰かが収監された話も聞かないから、元々ベルバーグに収監されている囚人だとは思うけど。ただ、いつから合流するかは聞いているよ。今日の夕食が終わった後、荷物を持ってやって来るんだってさ」


 ヨンヘルの情報が正しいなら、さらに謎は深まるな。どんな経緯で房を移ることになり、どうして俺達の房に採用されたのか。

 

(まさかとは思うが、レクタス公爵あたりの回し者だったりしないか? 竜族ドラゴニックとの関係も落ち着いたことだし、俺の監視という意味で……いや、流石にそれは考えすぎか。少し敏感になりすぎているな)


 顎に手を当てて考え込んでいると、後ろから背中をトントンと押された。何事かと思って振り返ると、ミルクが不思議そうに俺を見つめていた。


「夜には誰か分かるんでしょ~? そんな考え込んでも疲れちゃうよ? 今日は昼からの刑務作業予定してないからぁ、ルーちゃんとウチで露店にショッピングいくんだぁ。オルディも気晴らしにくるぅ~?」


 ショッピング……気晴らしには良いが、どちらかといえば眠たいのが本音だ。今はちょうど昼食の時間が終わった頃か。この後は夕食まで自由時間。せっかくの誘いだが、ルーリエは相変わらず横目でこっちを睨んでいるし、夕食まで軽く寝よう。


「悪いなミルク。刑罰の間、全く寝る時間がなくてさ。ちょっと仮眠するよ」

「およ? それは大変だったねぇ~。じゃあウチらは2人で行ってくる!」


 ミルクがルーリエの腕を引っ張ると、そのまま元気よくショッピングに出かけた。ムードメーカーであるミルクが房にいると、良くも悪くも騒がしい。真夏の昼間にミンミンと鳴き声の五月蝿いセミのような不快はないが、のんびりと昼寝をするにはやっかいな子供達の大きい遊び声のような感じだ。


「ヨンヘル、もし夕食までに起きなかったら起こしてくれるか?」

「ああ、構わないよ。おやすみ、オルディ」


 ひとまず自分のベッドに寝転がると、力を抜いて重力に身を委ねる。ゆっくりと瞼を閉じると、数十秒と経たないうちに意識は夢の中へ吸い込まれていった。



「……れで、今回は……になるんです?」

「……てるな。今回の……は……ゼルだ」


 なんだろう。何か話し声が耳に入ってくる。

 気持ち良く眠れると思っていたが、疲れていると逆に睡眠が浅くなることもあるのだろう。寝始めてから2、3時間たったというのに、ちょっとした話し声が耳について目が覚めてしまった。


 誰かと誰かがボソボソと話しているようだが、俺も寝ぼけていて会話が全てハッキリと聞こえるわけではない。だんだんと盗み聞きしているような悪意に苛まれてきたし、今さら堂々と起き上がるのも恥ずかしいものがある。

 それでも誰が何の話をしているのか気になって仕方なかったので、そっと目を細く開けて周囲の様子を探る。


「何かの間違いじゃないですか? 俺は品質を落としたつもりはありませんよ?」


 入口で軽く口論する2人。さっきまでは小声で話していたが、ヒートアップしてきたのか、その声は次第に大きくなってきた。


「仕方ないだろう! こっちもやれることはやっているんだ! それともなんだ? 俺が売上をくすねているとでも言いたげだな?!」


 1人はヨンヘルのようだが、もう1人は看守だろうか。蛇のような顔をした男が、細長い舌を器用に動かしながら声を荒げている。ラフな感じの私服を着ているが、看守の証である菱形の紋章が胸元についているのが見えた。


「こっちは非番なのにワザワザ来てやったんだ! グチグチ文句を言うなら、今後の取引を無しにしてやるぞ。明日までに考えを改めておけ!」


 捨て台詞を吐いて蛇男が去っていくと、珍しく苛立ちを剥き出しにしたヨンヘルが勢いよくベッドに座る。チラッとその顔を見ると、彼は何かを思い詰めるように項垂れていた。

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