第2章 日常

第1話 よみがえる記憶

「代金は1000ゼルだ」

「ありがとう。スッキリしたよ」


 蒼天には清々しい太陽が1つ。ここでは雨が降ることはなく、春のように気持ちの良い気候が1年通して続くらしい。

 初めは洞窟内に作られた魔法空間だからかと思っていたが、空にある太陽は外部とリンクしているようだ。夜になれば月が出て暗くなるのも、それと同じ理由である。


 唯一魔法で調整しているのは気候だ。外は灼熱の砂漠地帯。その気候をそのままここに反映させれば、まともに生き延びられる囚人はほとんどいないだろう。

 看守達は魔力操作による体温調節をできるが、魔力を封じられている囚人にとって、それは地獄に等しい。俺には良く感覚が分からないが、魔力操作で体温調節をすることが一般常識であったのなら、それができない状態で砂漠に放り投げられるのは死刑と同じ。


 だが、ここにいるのは囚人の中でも極悪人と呼ばれる部類だ。その囚人相手にしては少し過保護とも思える処遇であるが、結局のところ反乱を起こされることがもっとも面倒なのだろう。


(さて、そろそろ昼飯だ。房に戻るか)


 竜族ドラゴニックとの決闘が終わってから、早くも1週間が過ぎていた。決闘に勝ってから数日は、まぁ大変なものだったよ。刑務作業に自由時間。入浴の時もそうだが、会う人みんなが決闘について話を聞いてきた。

 そりゃそうだよな。賭けの倍率を聞いて分かってはいたが、誰1人として俺が生き残れると思っていなかったのだ。

 中には何か不正をしたのかと勘ぐってくる者もいたが、俺とルーリエが竜を殺したという事実がある以上、安易に責めてくる者はいなかった。それだけ竜族ドラゴニックの力は強大なものだったのだろう。


 決闘の話を聞いて、刑務作業を統括している獅子族ライオニックの看守長ベルは、俺に良くやったと声をかけてくれた。

 彼はとても生真面目である。もともと副総監バーディアの傲慢な考え方に賛同していなかったらしく、竜族ドラゴニックが敗れたことには素直に気が良くなったようだ。

 俺が普段から刑務作業を頑張っていることもあり、新人だというのに率先して仕事を割り振ってくれた。おかげさまで収入は安定し、賭けで儲けたゼルにはまだほとんど手をつけていない。


 そして今日は全ての刑務作業が休みの休息日。ゼルにゆとりができてきたのもあって、以前に露店で見つけた散髪屋に立ち寄っていた。


「いや~スッキリした! 1000ゼルは少し高いが、普通にプロ並のカットだったな」


 異世界にきた時から、髪と髭がボサボサであった。肩下まで伸びていた髪はバッサリと切ってもらい、髭も綺麗に剃ってもらった。散髪が終わり店にあった鏡で自分を見た時は、まるで別人のような爽やかさに驚いたさ。そして改めて自分の顔をマジマジと見て思ったのが、現実世界の時とは少しだけ違うってことだ。

 初めて鏡を見た時にも感じた違和感。そもそも、俺はバチバチの一重目蓋であるのに、ここではパッチリ二重。顔の雰囲気はそっくりだが、やはりどこか大人っぽいというのか。何故こんな微妙に違うのか良く分からない。


(いっそ超絶イケメン君にしてくれたら良かったのに。異世界転生ってそういうものだろう)


 馬鹿みたいな独り言を呟くが、まぁ元の顔が悪くないから仕方ないかと、馬鹿のような自己解決で己を納得させた。


 房に戻ると、ヨンヘルはいつものように本を読み、ルーリエとミルクは何かの話をして盛り上がっていた。チラッと聞こえた内容から察するに、看守の悪口だろう。


「ただいま」

「おかえり。スッキリしたじゃないの」

「へぇ~。改めて見るとぉ、オルディけっこうイケメンじゃ~ん」


 俺が房に入るや、髪型の変化と髭を剃ったことに女性陣が早速反応した。このあたりは「おかえり」と手を振るだけのヨンヘルと大違いである。女性と仲良くなりたいなら、身だしなみの変化などにはすぐに反応を示すべきと良く聞く。きっとそれは、女性の方が繊細な心と注意力を持っていることが多いからだろう。


「惚れ直したか?」

「惚れたぁ惚れたぁ~」

「だ、誰があんたなんかに惚れるのよ! 溶鉱炉に沈めるわよ!」


 冗談でからかってみたが、まさに両極端の反応だ。相変わらずのセクシーな色目で俺の冗談に合わせてくるミルク。かたや少し焦りながら真剣に辛辣な言葉で返すルーリエ。

 どちらもそれぞれの魅力に溢れているが、やはり俺にとってはルーリエが至高である。なぜか上から目線で選べる立場にいるような考え方だが、妄想の範囲くらいはそうさせてほしいものさ。


 それにしても、ルーリエはあれから足輪のことについて何も尋ねてこない。俺が足輪を外す瞬間を、彼女はしっかりと見ていたはずだ。ナターリアに問いかけられた時も咄嗟に庇ってくれたな。正直、能力を黙っているから、私の足輪も外せくらい言われるかと覚悟していた。だが、不気味なまでにそんな仕草は見せなかった。

 決闘の時にいたシャルディネもそうだ。彼女も俺が魔法を使った姿を見た1人である。彼女にいたっては、房すら違う。黙っている必要など全くないが、監獄で他の囚人が噂をたてていない。ということは、シャルディネもその事実を誰にも話していないということになる。


 そして1番の謎が俺自身の体だ。

 決闘の最中、俺は何度も強烈なダメージを負った。途中から身体強化の魔法を使っていたおかげか、どれも直接死に繋がるほどのものはなかった。だがそのどれもが、体を動かすことが困難になるほどのダメージではあったはずだ。

 その時は気が高まっていて、痛みよりも立ち向かうことを優先できたのかと思った。まさしく根性というやつだ。しかし、実際には傷そのものが回復していた。内部的なものは分からないが、いたるところにできた擦り傷などの外的な損傷は、決闘が終わってすぐに全て完治したのだ。


 俺なりに考えてみたが、【理解力】のような転生恩恵が他にもあったと仮定するのが最も納得できる。ただ、【理解力】のように自動発動になっているのかと思い自分に問いかけてみたが、それに対して答えは何も返ってこなかった。


(まぁ、分からないことを考えていても意味はないか。傷が治ったことはラッキーだった、それくらいに考えておこう)



 たわいもない会話をしながら昼食を終える。今日は昼から何をしようか。そんなことを考えていると、剣をくるくると回しながら上機嫌に笑みを溢すナターリアが房にやってきた。


「昼食は終わったか? ヨンヘル、オルディ、ルーリエ、ミルク。貴様らには房を移る準備をしてもらう」


 突然の発言に、俺達は全員なにごとか目を見開いた。


「総監様。反論したいわけではないですが、何故急に房の移動を?」


 率直な疑問を投げたのはヨンヘルだ。

 房の移動。それは滅多に行われることではなく、20年以上ベルバーグで過ごしているヨンヘルですら、初めての経験らしい。


「別に深い理由があるわけではないぞ。貴様らの部屋に同居人を1人追加したいだけじゃ。今の房は4人部屋じゃからのう。3階にある6人部屋に移ってもらうだけじゃ」


 今いる1階から、3階の少し広い部屋に移る。6人部屋はあまり使われることがないようだが、仲の良い囚人が集う分にはメリットが大きい場所だ。

 話を聞くに、そこには水回りが2つ用意してあり、簡易的なシャワーもあるらしい。気軽に風呂に入ることができない男にとって、それはファーストクラスの部屋にグレードアップするような感覚であった。


 ただ、それを素直に喜べるかは誰がやってくるかによる。他にも空き部屋があるはずなのに、わざわざ俺達と房を一緒にするというのだ。

 竜族ドラゴニックとの決闘が終わったばかりだというのに、嫌な予感しかしない。


「まぁ、とりあえずは房を移る準備だけしておくのじゃ。本当に房を移すか、それは明日の夜に決める。わざわざ房を移らんでも、部屋に空きが出るかもしれんしのう」


 ナターリアの意味深な言葉。移る準備をしろと言ったり、その必要はないかもしれないと言ったり。俺達は全員、意味が分からず首を傾げている。


「この房に空きが出る? それはどういうことですか?」


 誰も聞こうとしないので俺がその理由を尋ねたが、返ってきた言葉に記憶がよみがえる。決闘から1週間が過ぎ、すっかり忘れていた。


「オルディや、待たせたな。貴様への罰則をこれより行う。貴様が罰則から生き延びることができれば、仕方ないから広い房に移ってもらう。罰則に耐えきれず死ねば、めでたく空きができるというわけじゃ」


 薄ら笑いを浮かべるナターリアは、その時を待ち焦がれていたのだろう。囚人を合法的にいたぶることができる罰則。幾つもの種類があるが、そのどれもが途轍もなくヤバい内容であるのは、事前に聞いたことがある。

 一瞬で脂汗が吹き溢れ、絶望に顔が歪む。そんな俺の表情で感じるように、ナターリアは舌なめずりをしながらドSの本性を丸出しにしていた。

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