第10話 同居者は女神さま

「ルーリエ。ミルク。監房に戻れ」


 看守が入口の結界に手をかざすと、ブウォンっと風を切ったような音と同時に結界が解除される。すると、ニヤニヤと笑みを浮かべながらこちらを見る女性と、俺に全く興味なさそうにそっぽを向く女性が部屋に入ってきた。

 2人が部屋に入ったことを確認すると、看守は結界を再び閉じてその場を後にする。本当に女性が同部屋だったという現実に、俺は緊張から背筋を伸ばして固まってしまった。


「なぁ~に~? もしかして新人さん?? ウチらの監房に男の新人さんとか、初じゃーん!」


 先程からニヤニヤとこちらを見てくる女性は、看守がいなくなった途端にとび跳ねて喜びをあらわにする。可愛らしい子兎のようにピョンピョンと跳ねると、俺のことを下から覗き込み、魅惑的な上目遣いで見つめてきた。


「はぁ~じめま~して! ウチはミルクだよ。お兄さんは人族ヒューマンかな? 名前は? 何歳? 何して捕まったの??」


 ミルクは機関銃のように質問を投げかける。俺は返答に戸惑ってしまったが、それは決して質問に答えるのが嫌だったからではない。原因はその見た目にあったのだ。

 肌は少し小麦色に焼け、身長は150センチ後半くらいだろうか。ここまで見てきた種族では、比較的小柄な体型だ。細身でありながらもほどよく肉つきがあり、目で見て分かるほど若々しい弾力がある。

 ウェーブのかかった桃色の髪が肩下まで伸び、そこから覗かせる大きな瞳は、目尻が少しだけつり上がっている。薄紫に染まった眼光が俺を見上げると、2つの特徴に自然と目が奪われた。


 額の少し上から、小さな三角錐の角がはえているのだ。前髪を分けてはえる角は、混ざりけのない純白をしている。その見た目は鹿などの動物というよりも、童話にでてくる鬼といった印象であった。多分、彼女がヨンヘルの言っていた鬼族オーガなのだろう。


 そして、質問の返事に戸惑ってしまった1番の理由はこの絶景である。上目遣いで覗き込んでくるため、必然と俺は彼女を見下ろす形となる。そこに見えたのは、何カップかも分からない巨乳だ。両腕に挟まれたそれは、服からこぼれ落ちそうな谷間を作り上げていた。

 目のやりどころに困った俺は、思わずヨンヘルの方に振り返る。そんな慌てた姿を見たミルクは、舌舐したなめずりをして追いうちをかけてきた。


「なぁに~? どうしちゃったの~?」


 強引に俺の左腕を引き寄せると、そのまま豊満な胸を押し当ててきたのだ。自分の武器が何なのかしっかりと理解しているのだろう。何か目的があっての行為なのか分からないが、男を刺激するには最適な行動であることには間違いない。

 こんなことをされれば、俺はもう質問に答えるどころじゃなかった。必死に荒ぶる理性を抑えようと、頬っぺたを自分でつねる。何とか痛覚で欲望を抑えようと頑張っていると、もう1人の女性が小声で呟いた。


「……キモい」


 その小さな一言に、俺の心が砕け散った。

 何故かというと、その女性がまさに女神のような美しさを放っていたからである。

 初めに2人が部屋の前に立った時、俺は雷が落ちたような衝撃に貫かれた。今まで一目惚れというものを経験したことはなかったが、まさにこれがそうなのだろう。ルーリエと呼ばれていた彼女は、間違いなく俺の人生で1番に輝いて見えたのだ。


 金色の長い髪は、濡れていてもサラサラだと分かるほど上質に煌めいている。きっと乾いたら、フワフワで良い香りがするのだろう。そんな妄想が一瞬で駆ける。

 そして、心が吸い込まれるような美しい瞳。その碧色の大きな瞳は、ミルクと違いつり上がってもなければ、タレ目でもないスタンダートな美形だ。鼻はシュッと高く、耳は先端が尖っている。何となくであるが、ナターリアに似た顔つきなのは、同じ妖精族エルフィだからだろうか。

 汚れのない真っ白で美しい肌は、吹き出物や傷などには無縁だというほどに麗しい。ミルクのような贅沢ボディではないが、身長が170センチ近くあり、足も長くスレンダーな体にほどよい膨らみの胸元。トップモデルも顔負けのスタイルに、気品高い空気を纏う。

 どこかの王女様のようなこの女性が囚人とは、一体何をしたのか想像もつかなかった。


「何見ているのよ……変態」


 気づけばミルクが腕にしがみついたまま、思わずルーリエに見惚れていた。確かに見つめていたさ。だが、さっき心を砕かれる一言を聞かされたばかりなのに、変態といった言葉にトドメを刺される。俺の精神はもう力尽きる寸前であった。


「ちょ……あの、変な誤解を」


 ひとまずミルクを引き離すと、弁解をしようとルーリエの前に立つ。すると、彼女は蔑むような冷たい視線で俺を睨み、頬をひきつらせながら距離を開けるように後退りした。


「えぇ~? ルーちゃんの方が好みなのぉ? ウチのことも見てよ~」


 人がショックを受けている最中だというのに、ミルクは遠慮なく体を押し寄せてくる。その無邪気な彼女の態度は、俺に好意を抱いているというより、俺の反応で遊んでいるといった感じだ。

 困り果ててしまった俺が天を仰ぐと、ヨンヘルが助け舟を出すように会話に混ざってくれた。


「やめないか。彼は今日から同居者になるんだぞ。ミルクもルーリエも、まずは自己紹介からだろう」


 ヨンヘルはベッドから立ち上がると、俺に手を差し出して握手を求めた。嫌な雰囲気を断ち切る男前なヨンヘルに、俺は思わず心の中でありがとうと涙を流す。ささっとミルクから距離を取ると、感謝するようにその手を握った。


「改めて自己紹介をするよ。俺は粘体族スライミーのヨンヘルだ。歳は89、ベルバーグでは20年ほど過ごしている。分からないことは何でも聞いてくれ」


 ──89?!

 完全に人族ヒューマンと同じ見た目なので、スライムということにも驚いたが、年齢の驚きが強すぎる。どうみても俺と同い年くらいだ……。やはり、この世界では年齢の常識が通用しないようだな。

 それもそうか。人型とはいえ、殆どが亜種族だ。ヨンヘルが人族ヒューマンでないなら、俺と同じ人族ヒューマンに分類されている人物は、今のところレクタス公爵と怪しい従者達しか見ていない。


「ヨンヘルは何でここに収監されたんだ?」

「あぁ、俺は【偽造品製造】だね。魔力が使えれば、俺はイメージした物を体から作り出すことができるのさ。豪華な美術品を模造して顧客に売っていたら、ある日それがバレて捕まったのさ。被害総額がでかかったとかで、懲役185年だよ」


 ──185年?!

 数字の感覚がおかしくなりそうだ。粘体族スライミーの寿命がどれほどなのか知らないが、89歳でこの見た目ならそれなりに長生きなのだろう。それにしたって……どれだけ被害額を出したらそんな刑期になるのだ。


「はいはぁーい! 次はウチの番ね! ウチは鬼族オーガのミルクだよ。歳は69で、ベルバーグに来てからは5年目かなぁ? その前までは他の監獄にいたけど、ベルバーグの規律が変わってからこっちに移されたんだよぉ」


 うん、やはり感覚がおかしくなったようだ。すでに69歳と言われても違和感を覚えないぞ。


「ミルクはどうしてここに?」

「ウチは【大量殺戮】だよ。ムカついた小鬼族ゴブリンを200人くらい殺しちゃったら、懲役150年だってぇ~」


 ミルクは可愛らしくウインクをしながら、ペロッと舌を出しておちゃらける。ハッキリ言って、喋っている内容は全く可愛くないぞ。こんな可愛らしい美女がサクッと200人殺しているのか。ここが最悪の監獄ということを思い出させてくれる。

 それにしても、200人殺したミルクよりヨンヘルの方が罪が重いとは。この男は一体何者なのか。そんな俺の不安をよそに、ヨンヘルは爽やかな笑顔で見返してきた。


「次はルーちゃんの番だね!」


 何でそんなことをしなければいけないのか。そう言いたげな顔のルーリエは、1人ベッドに座ってそっぽを向く。

 だがミルクがしつこく呼びかけると、痺れを切らしたルーリエはため息をついて自己紹介を始めた。


「……はぁ、分かったわよ。私はルリエリリ=エリルリア=ルーリエ。妖精族エルフィよ。歳は21、ベルバーグはもうすぐ3年目になるわね」


 ルルリ……エリラ……ルーリエ? なんとも複雑な名前だ。早口でサラッと言われたものだから、フルネームをしっかりと聞き取れたか自信がないな。

 だが21歳という年齢を聞くと、何故だか不思議と安心できる。今まで見た目に反した年齢の者にしか会えていなかったためか、見た目相応のルーリエにとても親近感が沸いたのだ。もちろん、俺の一方的な感情ではあるのだが。


「21歳でこんな監獄に。一体ルーリエは何をしたんだ?」

「私の罪状は【貴族反逆】よ。詳しいことを話すつもりはないけど、無期限の懲役を下されているわ。歳でいったらあなたとそう変わらないじゃないの。人族ヒューマンでその見た目ってことは、いいとこ25くらいじゃないの?」


 平然と話しているが、やはり彼女も普通ではないな。

 ベルバーグ3年目ということは、18歳の時に貴族へ反逆したのか。どれほどのことをしたのか分からないが、他の2人よりも厳しい無期懲役。やはり貴族の権力は凄まじいものがある。そして、無期懲役を21歳にして受け入れているルーリエの胆力もまた、凄まじいな。


「何をボケッとしているのよ。あなたは馬鹿なの? 私の質問には無視なわけ? 気持ち悪い男ね」

「ちょ……ちょっと辛口じゃないですかね。ルーリエの若さで無期懲役と聞いて少し驚いたんだ」

「だから、歳でいったらあなたと変わらないじゃないの。人族ヒューマンがどうか知らないけど、妖精族エルフィにとって数年の差なんてあってないようなものよ。それより、次はあなたの番じゃない? さっさと自己紹介しなさいよ」


 3人の話を聞き、仲間ができたような心地よさを少しだけ感じた。俺は大きく深呼吸をして気持ちを落ち着かせると、自分が分かっている情報を口にし始めた。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る