第21話 理解に欠ける
不服そうなナターリアがしかめた眉を元に戻すと、渋々ルーリエの参加を認める。ヨンヘルは我関せずといった感じで目をそらすと、そこで決闘が正式に確定となった。
「決闘を正式に受諾する。明日の午前10時、場所は闘技場。副総監であるバーディアのみを立会人とし、同部屋の者を含む他者の見物は一切許可をしない。当事者どもは、存分に殺し合うがよいのじゃ」
ナターリアの言葉に、さっそく想定外なことに気づく。いや、普通に考えれば簡単に予測できたはずだ。なのに、俺はその可能性を1ミリも頭に入れていなかった。
(看守の立会人がいるのか?! ということは、足輪のセキュリティを外して戦うことができないじゃないか! まずいぞ……。魔力を使えばもしかしたらと考えていたが、本当に素手だけであんな奴らと戦うのかよ)
困惑する俺には意もせず、ナターリアはルーリエに少しだけ視線を向けると、その後は何も言わず去ってしまった。
ナターリアがいなくなり、房内が沈黙に包まれる。俺は立ったまま硬直していたが、急激に襲ってきた緊迫と疲労に足をふらつかせながらベッドに座った。
ルーリエの行動の真意が読めず、彼女のほうに目を向ける。しかし、ルーリエは何も言わずに自分のベッドへ寝転がると、俺から視線を避けるように背を向けた。
「君の策ってのは、どうも失敗したようだね。悪いが、俺は決闘なんてものに参加したくない。俺のことを薄情と思ってくれて、構わないよ」
ヨンヘルは素直に自分の思いを口にする。俺はそれに対して薄情などとは思わなかった。俺がヨンヘルの立場なら、きっと同じように思っているだろう。それを素直に口にできるだけ、彼は素晴らしいと思う。
「分かっているよ。俺もヨンヘル達を巻き込みたくはなかった。君が参加すると名乗りでなくて、少しホッとしていたりもする。ただ……ルーリエ、なんで君が参加を。理由をハッキリ聞かせてはくれないか?」
ルーリエは俺に背を向けたまま疑問に即答した。
「さっき言ったじゃない。私は、個人的にあいつらが気にくわなかっただけよ」
簡単に答えるが、その理由はジャージェ達とのやり取りを目の前で見ていたからだろう。ルーリエは俺に凄い力があり、それを微弱ながら使うことができると思っている。彼女から見れば、
「1つだけ言っておかなければいけないことがある。さっきは総監がいたから言えなかったが、俺の魔力に期待しているなら、止めておいたほうがいい。看守の立ち会いがある以上、俺は魔力を使うことができないんだ」
俺の魔力に期待しているのだろうが、それには答えることができない。仮に看守の前で足輪のセキュリティを外せば、確実に調べが入る。そうなれば、決闘で生き残れたとしても、その先にそれ以上の地獄が待ち受けているのは明白だ。足輪を外せるイレギュラーな存在を、ナターリアは決して見過ごしたりはしない。
ましてや転生恩恵の存在を知られれば、同部屋のルーリエ達にも取り調べが入るだろう。何も知らないルーリエ達は、ただ意味も分からず拷問を受けることになる。それだけは、絶対に避けなければ。
「決闘の参加を今すぐ取り下げるんだ。今ならまだ間に合うかもしれない」
流石に魔力が使えないことを教えれば、ルーリエの対応も変わるだろう。俺は1人で構わない。いや、ルーリエ達を巻き込むくらいなら、1人が良いんだ。
「そう、魔力使えないの。別にいいんじゃない? 私は初めからあなたに期待していないわ。それよりも、少し疲れた。ちょっと眠るから、話しかけないで」
「──なっ?! 魔力が使えないんだぞ?! 決闘に参加すれば、死ににいくのと同じだ!!」
まさかの返答に、俺はおもわず叫び声をあげた。初めから俺の魔力に期待していない。そんなのは嘘に決まっている。だったら、何で俺の意見を無視してまで参加する必要があるのだ。
ルーリエは頑なにジャージェ達が気にくわないと言う。本当にそれが理由なら、俺が房に入った時に
いくら声をかけても、ルーリエは眠るように俺を無視する。たまらず立ち上がり、ルーリエの背を揺すろうとした時、ヨンヘルが俺の肩を引いて制止させた。
「やめろオルディ。魔力云々の話が何のことか俺には分からない。ルーリエにどんな意図があるか知らないが、彼女が決めたことだ。それ以上言うのは、ルーリエの意思を貶すことになる」
確かに意図は分からない。だが、逆を言えばルーリエが俺の意図を分からないのも仕方ないことだ。ここでそんな話を続けても、結果は何も変わらない。となると、今から考えなければいけないのは如何に決闘で勝つかだ。
俺は最悪の場合、死を覚悟していた。まぁ今まで死に際ってのに巡りあったことはないから、俺の覚悟なんて薄っぺらなものさ。だがルーリエの参加が決まった以上、それでは許されない。
彼女は、こんなことに巻き込まれて死んではいけない。俺が好意を抱いているからそう感じてしまうのかもしれないが、面識を持った女性が目の前で殺されるなんてとても耐え難い。
(……あぁ……ダメだ。まだ俺はどこか楽観視している)
自分で分かってしまう。目の前で殺されるのが耐え難い。そんな思考は、自分が生き残る前提の話だ。やはり現実を受け止めることができていないのだろう。このまま1日も経てば、俺はすでに死んでいる。途轍もない恐怖が間違いなくそこにある。それなのに、その事実に全くといっていいほど現実味がないのだ。
それはそうだろう。日本という国は治安が抜群に良い。そこで当たり前のように生きてきた俺にとって、戦いで死ぬなど想像こそできても、それは空想の世界である。
(このままじゃ、本当に死ぬ。俺は転生者だよな。もしこの世界で死んだら、その後はどうなるんだ?)
考えれば考えるほど、次から次へと負の感情が押し寄せてくる。不安に苛まれ、無力な自身に苛立ち、覆しようのない未来に絶望する。どう考えても今から状況を変える手段がないのだ。
何のために俺はここに転生したのか。そんな理由も分からない。誰かの意思で転生されたというなら、何故こんな意味も分からず死への道を歩ませるのか。ため息しか出ない状況下に、俺の頭は破裂寸前であった。
「それにしても、見物がダメな決闘は初めてだ。総監様は何を考えているのか」
俺が頭を悩ませていると、ヨンヘルがナターリアの言葉を思い出していた。彼が言うに、決闘は見せしめの意味もあって、今まで全て公開されてきたという。積極的に見に来る者もそれほどいないが、今回のように話題性がある決闘ならば、それなりに見たがる者も多いだろう。
混乱を避けるのが目的なのか、その真意が読めずヨンヘルは不思議そうに考えている。俺にとってはどうでも良いことではあったが、ルーリエは何かを悟っているように口を開いた。
「見物を禁止にしたのは、私が参加するからでしょ。ナターリアの考えそうなことだわ」
「えっ? ルーリエは理由が分かるのか? それにナターリアって……やっぱりルーリエと総監は知り合いなのか?」
俺はいくつか質問を続けたが、ルーリエは背を向けたまま「別に」っと一言だけ答えた。ヨンヘルは何か事情を知っていそうではあったが、話には混ざろうとせず、そのまま無言でベッドに寝転がる。
結局詳しいことを聞くことはできず、ただ意味のない時間を過ごすしか俺にはできなかった。
数時間ほど過ぎた頃、夕刻を知らせるサイレンが鳴り響く。この音は、夜の点呼1時間前を知らせる合図らしい。
「たっだい……まぁ~……。ん? なんか……暗くなぁい?」
ミルクは刑務作業から帰ってくると、冷めきった房の雰囲気を察したのか、何があったのか俺に尋ねてきた。
決闘が決まったことを話すと、ミルクは口を開けて唖然とする。その表情のまま眠るルーリエの隣に立つと、すぅーっと大きく息を吸い込んだ。
「おぉきぃろぉおぉぉーー!!」
耳を
「なに……? どうしたのミルク?」
「どうしたの? じゃないでしょ! なんでウチがいない時に決闘決めちゃったの?! ウチだって暴れたかったのにぃ!! バカ……ルーちゃんのバカァ!!」
何を言い出すのかと思えば、ミルクは自分も参加したかったと不満を喚き散らかした。手足をバタバタとさせ、玩具をねだる子供のように頬を膨らませる。ルーリエは慣れた手つきでミルクの頭を擦ると、赤子をあやすように落ち着かせた。そんな一連の流れを見るに、こんなやり取りを今まで何回もやってきたのだろう。
それにしたって、暴れたいとはまたぶっ飛んだものだ。大量殺人で捕まったというのも頷けてしまう。ミルクはとにかく欲望に従順のようだ。何かを我慢する。それをできないことは俺と似ている部分もあるが、それでもミルクの思考を理解するには、少し難題だ。
ただ……そんなミルクの明るさに、今は少しだけ救われた気分になった。
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