第33話「価値ある才能」

 宣子のぶこも気付いた光は、昴の胸から立ち上っている。


「何だ?」


 宣子の顔を顰めさせる光は、魔法の光だ。



 光源は



 皆がバカにした、食玩のアクセサリーだ。


 正確にいうならば、ネッツァーと宗一が修理し、手を加えたペンダント。


 まるですばるを守るかの如く浮かび上がるペンダントは、賢者リャナンの知識がある宣子だからこそ分かる。


「この青……腐銀ふぎんじゃないか!」


 腐銀――魔力を与えられた事で、変質した銀を指す言葉だ。それを作るのは、魔力を持った鍛冶、即ち魔物しかいない。


「裏切り者のコボルトか!」


 火を吐くような宣子の叫び。晴が「コボおじさん」と呼ぶネッツァーの事である。


 鉱石のまま腐銀に変えたものを細かく砕き、にかわで作った絵の具が塗られたペンダントは、その力を昴へ託す。


 宣子の魔法を直接、打ち破るのではない。


「……」


 昴の目に映る幻は、もうトラウマではなくなった。


 母親と父親の姿がある。


 身を粉にして、誠実に、気丈に働き、昴が一人前になるまでは、と生きる両親の姿に、昴は思い出す。


 グレても仕方がない生活かもしれないが――、


「それが甘えって事くらいは、分かってたのにね」


 転生者の使命は知った事かと投げ捨てていたが、悪にだけは染まらなかった。


 そして光はまだある。


 一階もだ。


 赤い光も、宣子を歯軋りさせる。


爛金らんきんだと!?」


 こちらは魔力に晒された金だ。昴とおそろいだといっていた晴のペンダントの光である。


 この光は、一階の教師や生徒を正気に戻す。


 計画は破綻だが、宣子はそれでも揚げる白旗などない。


「……いいや。どうせ、それじゃ何にもできない。お前は召喚士。この世界に、召喚できる魔物がいるか? いやしまい!」


 敗北する要素はない、と宣子が昴へを向ける。


「借り物ばかりにお前に、この賢者リャナンが――」


 だが二人の間には、召喚魔法が発動している事を示す亀裂が……。


「一人、いるのよ、私にも」


 先日まではいなかったが、今の宣子には召喚できる者が、たった一人であるがいる。


 亀裂を広げて現れ出でるのは……、


「よう、大賢者!」


 ドラウサなのだから、宣子も笑ってしまう。


「フッ!」


 その正体が暴虐竜シンだと分かっているから余計に。


「浅ましい姿になったもんだ! ウサギか!」


 ドラゴンの知識と記憶を受け継ぐとはいえ、宣子にとっては衰えた魔力しか感じられないのでは恐れるに足らず。


 ましてやホシは、攻撃魔法より優先して使った魔法がある。


 気体を操り、酸素を断って炎を止め、その分で園児たちの窒息を回避させようとした。


 そのコントロールと戦いを平行させるなど、宣子にとっては舐めた話。


「片手間で戦える程、私はヌルくない!」


 死ねと掌中に集中させた魔力を放つ。


 ――お前が風竜だったのは知っている!


 園庭から砂と土を巻き上げ、砂はムチ、土は槍のようにホシを襲わせる。


 しかし、その穂先はホシをすり抜けた。


 宣子の側面に回るホシはいう。


「悪いけど、一対一じゃないから」


 ホシの衰えた魔力を補うものが、ここにある。



 腐銀と爛金を組み合わせて作られた塗料の指輪だ。



 その魔力が、ホシの力になる。


 宣子にとっては嘲笑のタネだが。


「自分の力以外に頼る……暴虐竜シンも、堕落の一途だ」


 力だけでなく心まで弱ったか、と宣子の攻撃魔法が走る。再び風に対して強い地の魔法だ。


 防御魔法で遮りつつ、ホシも嘲笑で返す。


「元々、僕は弱かったからな。やっとバランスが追いついたんだ」


 バカバカしい言葉遊びではなく、そう思う。バカバカしいというば寧ろ……、


「十分だろ。だってお前、どっちかっていうと頭が悪い方だもん」


 宣子の方がバカだというのは、召喚される寸前に昴へ宣子からかけられた言葉を聞いていたからだ。


「隠された本性? じゃあお前、ウンコはトイレでしないの? 普通の人間は、隠れてトイレでするけどな。で、隠してるからウンコしてるのが本当の自分か? そんな訳ないでしょ!」


 寧ろネッツァーのペンダントがあったとはいえ、自分で正気を取り戻した方が、昴の本性だ。


 ホシは魔力を集めつつ、昴の方を向く。


「マリウスが召喚士と契約した理由がわかったよ。あの絵、燃えてないといいな」


 自分を描いていた絵の事も、ホシは知っていた。


 昴も場違いだと思いながらも笑い、


「何枚でも描くよ、絵くらい」


 その言葉に頷くホシは、指輪から供給される魔力を全て一点に集めた。


 周囲を囲んでいる炎によって熱された空気を、宣子の足下へ。


 そしてホシが天井を打ち抜くと、上昇気流へとかわる。


「!?」


 唐突に上下感覚が狂うのを感じた宣子だが、冷静さまでは失わない。


 ――追ってこい!


 見下した感情が生まれたホシなのだから、賢者の魔法が二度しか起こらない事に疑問など懐いていないと確信している。


 事実、ホシは追ってきた。風を操り、飛翔して。


 ――来い! ここだ!


 宣子の目がホシと、その背後に向けられる。



 ホシの背後には結界がある!



 その中心に攻撃魔法を集中させる。


 ――超高温になった空間には、何者の存在も許さない破壊エネルギーが現れる! お前の前世を終わらせた、あの魔法だ!


 ここで結界の一部を開けば、そのエネルギーは真一文字にホシへと伸びるのだ。


 ――結界を……!


 だが宣子の意に反し、結界は開かない。


「だからさ、頭よくないんだよ」


 ホシも背後の動きくらい分かっていた。


「あの時、結界はヴァンドールがマリウスの牙で作った剣で突き破ったし、僕はマリウスが組み付いて動けなくされたから当たったんだよ」


 単発で使おうにも効果的な使い方ができないから、一般的な攻撃手段にならなかったのが、この魔法である。


 それだけではない、とホシはいう。


「薄っぺらいんだよ」


 魔法だけでなく、性格や能力も。


「人の価値って、戦う事だけじゃないでしょ。大体、住むとこや食べるものとか、どうやって? 誰かに頼ってたろ? 戦うための準備もだよ。偶々、ホントに偶々、戦う才能があって、それで僕を斃しただけ。それだけの話でしょ。戦い以外の事には、結構、他人に頼ってるんだよ」


 それを――とホシは、少し呆れ顔になり、続いて自嘲気味になった。


「縁もゆかりもない異世界で、何の見返りもないどころか酷い扱いを受けても人のために戦ってた訳でもないでしょ」


 他人の事をいえる立場ではないし、どちらかといえば、今まで赤女との約束を無視していた昴は仕方がないという主観的な擁護とも取れるのだが、大きく違うとホシは思っている。


「自分の人生が上手くいかなかった、いかなくなったからって、このザマは通り魔じゃないか、こんなの」


 正当化しようとしている確信犯的凶行など、決して昴たちは起こさなかったし、ホシですら考えた事がない。


 それでも意地かプライドか、宣子は巻き上げられる中でも体勢を変えた。


「ほざけ、この負け犬が!」


 最後に頼ったのは、担任を撃った密造銃。


 ――ドラゴンだったら、身体は鱗と羽毛で守られてるんだろうけど、今のお前はウサギなんだよ!


 密造銃でも簡単に殺せると引いた引き金であるが、弾丸はホシを捉えられなかった。


 密造銃であるから外れたのではない。


「不発だと!?」


 撃針は確かに雷管を打ったのだが、パシュッと気の抜けた音を立てただけ。



 原因は、くだらない仕事と宣子が断じた担任の血だ。



 血が付着した雷管は、火薬に火を点けられない。それはまるで、担任が宣子の発砲から生徒を守ったかのように。


 それを宣子は不幸な偶然と思っただろうか?


 呪いの言葉を吐く間もなく、飛翔する身体に旋風をまとわせたホシが、宣子を叩き落とした。


 ***


 ホシの風魔法によって空気の断層を作ったのがよかったのか、有り得ない火柱が立ったにしては美津宮みつみや幼稚園は一階天井部分が焼けたくらいで終わった。


 それでも消防や警察か来る事態にはなったのだが、救急車の出動まではない。


 幼稚園の職員と丈雲中学校の教員とが一丸となり、また生徒が園児を庇って行動した事により怪我人ゼロだ。ニュースで奇跡とつけられるくらいである。


 そんな幼稚園を見上げていた一人である晴は、途中でいなくなってた昴を見つけると駆け寄っていった。


「お姉ちゃん、大丈夫だったんだね!」


 心配してたんだという晴に「ごめん」という昴だったが、ふと晴の手元に目が行く。


 晴の手にあるのは、丸められた画用紙で――、


「コレ、お姉ちゃんに描いてもらったホシちゃん」


 大事だから持ち出してきた、と胸を張る晴の足下には、トコトコとホシが。


「僕の絵だね!」


 その絵を見ながら、ホシは思う。


 ――本当に価値のあるものは、どこへいっても役に立つんだよ。


 昴の絵や、慶一の剣技は、あの異世界だけに必要とされたものではないのだ、と。



 絵もスポーツも、ここでも尊ばれる。



 そして抜群に優れている必要もない。


 他人を笑顔にし、また自分のためにもなる趣味だからこそたっとばれるのだ。


 ホシは晴の足下に擦り寄り、


「ハルくん、よかったね~」


 しかしホシを見つけた晴は、大好きなホシがいる事よりも、ここにいる事を気にした。


「あ! ホシちゃん、お昼間は、幼稚園に来ちゃダメなんだよ!」


 ここはペットを連れてくるところではない、といわれた事がある晴は、ぷくっとふくれる。


 そして昴を見ると、


「あ、お姉ちゃん、ホシちゃんを見つけたから、捕まえにいってくれたんだね。ありがとう」


 これは誤解だが、昴も「どういたしまして」くらいしかいう事はない。


 ただ口には出しにくい雰囲気を晴が作ってしまうが。


「ホシちゃん罰! 今日はおやつ抜き! ホシちゃんのはお姉ちゃんにあげちゃうもんね!」


「なんんんんでだよ!?」


 それでも、一番、役に立ったのは自分だ、とはいえないホシである。

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