第29話「裏切り者は一人で嗤う」
町には妙な噂が流れ始めていた。
ホームレスだか夜中に公園内でスケートボードに乗っている不良グループだとかの仕業といわれた中央公園でのボヤ騒ぎを皮切りに、糸浜小学校の教師が通り魔をしていた事、校外で見つかったヤクザ風の男の死体――それも、飛び切り異様なものが見つかった事は、無責任な放言を呼んでいる。
以前から不審な事件は多い町ではあったが、夏前から事件や事故の頻度が目に見えて増えたのだ。
スマートフォンを操作する女が、一連のネット情報を見て笑う。
「ヤクザ風の男は、骨が砕けて、そこら中に中身がばらまかれていた……って」
面白おかしくいうような事ではないのだが、女は堪えきれないという様子である。
「爆発物の残留物はなく、敢えていうなら運動エネルギーでの破壊、つまりダンプカーやトラックに衝突されたのではないか……って、道路じゃなくて雑木林の中をダンプやトラックが?」
ネットの放言は留まるところを知らない。もし本当にヤクザが主税に殺されたのではなく、ダンプに追突されたというのなら、それこそ「ぶいぶいいわしてる」という表現そのままのダンプだろう。
「面白いですね~」
その言葉は声だけでなく、テレパシーとしても伝播していく。
伝播していくテレパシーの先にいるのは、皆、黒女からこの世を滅ぼせといわれた転移者たちである。
同志全員へ伝わった事を感じ取った女は、口元に笑みを浮かべた。
「そろそろ、大きく動かしてもいい頃合いじゃありませんか?」
短期間に事件が起きただけならば、大抵の者が小さな問題だと切り捨てただろう。
だが今、連続して起きている事件は、特徴がある。
半グレの未成年、教師、反社会的人物――全て叩きやすい者たちだ。
「ここで少し大きい事件を起こしたら、大爆発して延焼してくれますよ」
そこで女の顔から笑みが消える。
「それに、裏切り者も多くなるでしょう?」
裏切り者――鬼の
そんな女の言葉に対し、ふと笑いが起こる。
「裏切り者?」
女が使った、その単語だ。
確かに赤星や主税は裏切り者だが、それを口にした女へと笑いは向けられている。
「それは、お前もだろ」
女は転移してきたモンスターではない。
赤女からこの世を守って欲しいといわれている転生者である。
この世が滅ぶ事を積極的に選んだ女は涼しい顔。
「私は裏切ったのではなく、表に返っただけですから」
自分へ向けられた嘲笑に対し、嘲笑で返す。
「私の能力が信用できないなら、仕方ありませんが」
信用するしかないだろうという女の素性。
「暴虐竜シンにトドメを刺す一撃を放った私の力を」
勇者ヴァンドール・バック・ヴァンと共にシンと戦ったメンバーだ。
嘲笑が止まる。
嘲笑が止まり、女の眼前に空間がひび割れたかと思う光が走り、そこから除く青い目が告げた。
「やってみるといい」
「はい」
女の顔には、微笑みが。
***
リャナン・セルは賢者の称号を得た才人であった。一を聞いて十を知るのは当たり前、百を得て、ただ一つの真実を語る賢者である、とまでいわれた。
賢者も勇者と同じく称号であり、国に認められた才能がせあるという事を示す。
しかし賢者リャナンも、プレオと同じ境遇だった。
「暴虐竜シンを討った勇者ヴァンドールと、その仲間たち」
シンにトドメを刺したのは自分だと声高に叫びたい衝動に駆られた事は、一度や二度ではない。
結界を張り、その中に攻撃魔法を集中させた場合、魔力が純粋な破壊エネルギーとなって溜まっていく事を発見したのはリャナンである。
あらゆる魔法に対し、高い防御力を備えているエンシェント・ドラゴンに対し、必殺の一撃を加えるには必須の手段なのだが、その一撃の評価は低かった。
まず使いにくさ。できるだけ多く充填しなければならないため、結界は非常に強固でなければならず、その結界を維持しつつ攻撃魔法を加えていくという方法は、誰でも執れるものではない。複数人で行えば呼吸が合わず結界が破裂し、破壊エネルギーが暴走したり、また魔力の重心に偏りが生じ、意図しない位置から吹き出したりと問題も多かった。
――私は凄いんだ。勇者がやったのは、シンを引きつける事だけ。召喚士なんかマリウス頼みだったじゃないか!
しかし、それを声高に叫ぶ事は、賢者のプライドが許さない。
皆が気付かなければならない事だ。
勇者ではなく賢者が優れていた事を。
マリウスがいたからではなく、賢者がいたからこその勝利だ、と。
「いや、もういい」
誰に気付かれるでもなく終えた人生など、もうどうでもいい。
しかし転生した今は違う。
その自分が今、状況をコントロールしようとしている。
――半グレ集団が調子に乗って中央公園でボヤ騒ぎを起こした。
いつかやると思っていたとネットで湧いてくれている。
――現役教師による通り魔事件。
小中高大と学校で過ごし、就職先まで学校、ただ年を取っただけで先生と呼ばれる、教師は調子に乗りやすい仕事だと叩いてくれている。
――変死体で見つかったヤクザの仲間が、事の発端は未成年の売春だったといいふらしてくれてる。
女は簡単に稼ぐ手段があるから、そこに飛びつくバカが出るという論調には笑うしかない。
「この町はどうなっているんだ、と無責任な野次馬が湧いてくれている今なら、できる事があるじゃないか」
女は笑う。笑い、部屋の隅へ向けた視線の先には、中学の制服が一着、かけられている。
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