第28話「欲望だけが本能ではない」

 100Vの電源を使うものや、LSIが内蔵されているような精密機器は無理でも、ネッツァーの技術は抜群だ。


 料金は材料費のみというが、その材料もメーカーから取り寄せた場合であり、塗料やパテのような消耗品の分まで取る気はない。


 ペンダントを確かめていくネッツァーは、「あぁ」と思い出したように顔を上げた。


「大きなお世話かも知れないけど――色を変える事もできるよ」


 その言葉は、すばるよりも宗一そういちを驚かせる。


「軟質樹脂じゃよ?」


 塗料が乗らないだろう、というが、ネッツァーは「おや?」とわざとらしく首を傾げた。


「今は、いいプライマーがあるんですよぅ」


 軟質樹脂は塗装できなかったのは過去の話だ。


「ここは、どうやらアタシの勝ちみたいですねェ」


 笑いながら自分の道具箱からプライマーの入った缶を取り出すネッツァー。


「これが、いいんですよ」


 何の事か分からない、と、きょとんとした顔をしている慶一と昴へ、ネッツァーは得意そうな笑みを向け、


「プライマーってのは、塗料の接着剤みたいなもんですよ。これを使えば、ちゃんと色がついてくれる。はなぶささんは好きなはあるかい?」


 元通りの色を塗るのもいいが、少し変えてやるのもいい――ネッツァーは、おもちゃの良さを知っている男だ。


「じゃあ……」


 首を傾げる昴が思い出すのは、親友を超えて盟友とまで呼べる聖銀竜マリウス。


「銀色が……」


 しかし昴は声を潜めてしまった。金や銀が特別な色であるというのは、知っている。色紙でも金と銀は一枚ずつだ。


 ただネッツァーは笑みと共に頷くのだから、ダメとはいわない。


「銀か。いいよ、いいよ。上品な色になりますからね」


 金と銀だけが特別ではない。



 子どもが好きな色が特別なのだ。



「周りが青いペンダントだから、銀をあしらってやると綺麗ですねェ」


 ネッツァーが昴へ向ける笑みは、センスの良さを誉める笑み。


 そうやって作業を進めていくネッツァーを見て、宗一は「うーむ」と唸る。


「しかし、いい時代になったものじゃなぁ。軟質プラスチックは塗装ができんと思っていたよ」


 宗一が昴くらいの頃は、ガムのオマケについてきたミニプラモを、どうにかしてリアルにしようかと頭を悩ませたものだ。


「技術は進んでますからねェ。そりゃ、何でもカンでも進めばいいなんてものでもないですが、人を幸せにできる選択肢が増えるのは、いい事ですよ」


 それを使って、こんな事ができるんだから、というネッツァーは、自身の言葉を体現している。


 それを昴も考えてしまう。


 ――幸せ、か……。


 あの日、自分はいらないから、と同級生が渡してきたステッキのおもちゃも、技術の進歩が生んだ。


 それを他者へ向ける優越感の道具として使ったのは、ネッツァーのいう「何でもかんでも進めばいいなんてものでもない」まのだろう。


 ――人の役に立ちたいと思ってる人が、より役に立てるようになる進歩……。


 昴が行き着いた結論は、これだった。



 人は本能的に他人の役に立ちたいと思うもの。



 しかし本能といえば、このあかね家には、やたらと素直な一人と一匹がいる。


 一人ははるだ。


「あれは……」


 慶一に声を聞きつけてやってきた居間で、晴は見てしまう。



 カットグラスに盛り付けられた和風パフェ。



 慶一にも、と由衣が用意してきたものだが、この幼児と相棒のドラウサは自分たちのものだ、と目を輝かせている。


 昴の分を忘れていたため、由衣が台所に戻って不在という状況が、晴の本能を、ある結論に達させた。


「先に取った方が、全部、食べるんだからね!」


 ホシと競争しようというのは、ケンカするよりはマシかも知れないが。


 ホシも小さい身体を、くにくにと揺らし戦闘態勢だ。


「よーし。時計が鳴ったらスタートね!」


 それならば互角の勝負だ、と提案するホシに、晴も「いいよ!」と応じる。


 やや合って居間の時計が正時を伝えた。


 ホシが「いくぞー!」とダッシュするのだが、その足は空振りする。


「こうだ!」


 晴がホシを抱きかかえたからだ。


 ホシが「う?」と何が起きているのか分からない顔をしている間に、晴は迂回するようなルートを取る。


 そして不意にホシを床に置き、居間のテーブルへ向かってダッシュした!


 面食らうホシだが、そこは切り替える。


「不意打ちか!」


 元々、走るのは自分の方が速いと地面を蹴るホシ。


 しかし――、


「あが!?」


 ホシを遮る檻の存在が。その正体は、すぐ気付ける。


「これ、ハルくんが赤ちゃんの頃、キッチンに入れなくするための……」


 ホシを抱き上げたのも、迂回ルートを取った事も、この檻を利用するための作戦だ。


 ホシがあがいていると、晴はもうテーブルに着いていて、


「いただきます!」


 猛然とスプーンを口に運ぶ。


「……」


 ソレを見ていたホシは……、


「くやしくねーし!」


 負け惜しみであった。


 だが勝負という観点からは、ここに勝者はいない。


 和風パフェをぱくつく晴の頭上に落ちる黒い影。


「晴くん、なにをしているんですか?」


 由衣だ。


「ん?」


 手を止めて見上げた晴は、一瞬で顔色が変わる。


 母親が怒っている時は、すぐに分かるのだから。


「それは、お客様のです!」


 晴が食べているのは慶一の、今、持ってきているのは昴の分だ。


「……ボクとホシちゃんのは……?」


 恐る恐る訊ねる晴に、


「もうありません」


 絶望である。

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