第30話「紙一重の……」
ただ貴族のリャナンだった宣子が抱く違和感は、騎士爵を持つヴァンドールだった
――こいつらに教育が必要か?
学校へ行く度に、そう思った。
識字率の重要性など知った事ではない。
――話せれば事足りるだろうに。
クラスメートの大半は書く事も読む事も希だろうと思っている。
――くだらない話をするだけなら、聞いてしゃべれればそれでいい。大体、本なんか読まないだろう? 寧ろ読み書きができない方が、機密文書の配達に丁度いい。
リャナンのいた世界では、教育も受けるのもステータスだった。魔法の習得など特にそう。専門の教育を受けて初めて身につく。そのために必要なのが読み書きである、というのがリャナンの常識である。
宣子が通う
そこにリャナンの常識がアンバランスだと感じるからこそ、宣子は安定しない。
教育を受ける意味がないと感じる一方で、サボる生徒には逆の事を思う。
――教育は、選ばれた者の権利だろ?
価値がわかっていないのかと吐き捨てるのはダブルスタンダードというものだが、リャナンと宣子の両方に揺れているのだから、それにも気付かない。
いや、自分勝手に落とし込んでいる。
――私なんだよ。
自分がいる場所なのだから、自分に相応しくなければならない。
――自分の向上心を、実力を、人格を……。
――それらに相応しい賞賛をよこせ!
自分は特別だと思う宣子だが、実のところ、こんな感情が湧いてくるのは特別ではない。
誰でも抱くという意味ではなく、金がないのに時間は悩むほどあるからだ。
――ヴァンドールは、ただ剣を振り回してただけだろう。
苛立ちが新しい怒りを呼ぶ。
――剣……そうだ、剣なんだ。プレオと同じ、自分の力じゃないんだよ!
ヴァンドールの強さは、あの世界特有の「武器に気を通して攻撃力に変えられる」という特性と、それに特化されたマリウスの牙から作り上げられた剣があったため。
――借り物だ!
だから自分は違うと宣子はいう。魔法は、それこそ生後何ヶ月という頃から教えられた。
――王立学院ではついてこれないならば置いて行く、寧ろ蹴落としてでも上がってくる気概こそが尊ばれるような、そんな場所で磨かれた、自分の中から目覚めさせた、正に力の結晶!
暴虐竜シン討伐の賞賛は、第一に自分でなければならなかった。
――そして今だって……。
そこまで考えたところで、宣子は考えるのを止める。
「私は私の役目を果たさなきゃ。その方が先」
今、彼女が立っているのは、校外学習で訪れている幼稚園。
市立
「ここを火の海にして、中の子供を先生が殺して回ったとなったら、どういう噂になってくれるかしらね?」
***
丈雲中学は美津宮幼稚園と隣接しており、その幼稚園とは校外学習で交流がある。少子化、核家族化、両親の共働きという昨今の家庭事情で、幼稚園よりも保育園に子供が集まり、また幼児教育の無償化によって市立幼稚園にも通わせやすいという事から、小規模だからこそできる事かも知れない。
美津宮幼稚園の定員は105名だが、園児の数は年少7人、年中12人、年長10人と、丁度、中学校1クラスの生徒数と一致するというのも、校外学習を行いやすい条件かも知れない。
その日を、生徒も園児も、どう思って迎えたかは様々だ。
だが晴はハッキリしている。
「お姉ちゃん!」
美津宮中学校から昴が来る事を知っていたからだ。先日、祖父の宗一を訪ねてきただけの相手であるが、晴にとっては慶一の友達は自分の友達だと認識している。
生徒一人と園児一人がペアになるというのも、昴と晴が組みやすい。
昴は、晴の勢いに少し圧され気味だが、それでも笑顔で「こんにちは」と返す。
「ハルくん、ここに通ってたんだ」
「そうだよ。来年から慶一兄ちゃんと同じ学校に行って、その次はお姉ちゃんと同じ学校に行くよ」
待っててくれという晴に、昴は思わず吹き出してしまう。小学校は6年ある。晴が中学生に上がる頃には、昴は高校も卒業する頃だ。そして中学校の教員になるには、少し時間が足りない。
しかし、それは指摘しても仕方のない事であるし、晴も次の話題に移りたくてうずうずしている。
「後ね、後ね、お祖父ちゃんにボクも作ってもらったんだー」
そういって晴がスモックの下から取り出したのは、赤いペンダントだった。
昴が大切にしているペンダントと同じく、食玩のオマケの。
「お姉ちゃんと同じのは当たらなかったんだけど、お祖父ちゃんとコボおじさんが、作り替えてくれたんだよ」
晴がいうコボおじさんとはネッツァーの事だと、昴も察しがつく。宗一とネッツァーが、晴のために手を加えたペンダントは、昴のペンダントとはデザインこそ違うのだが、色や細部に拘る事で、まるでセットのように見えるくらいだった。
「お姉ちゃんのは青だからボクのは赤で、周りが銀色なのはおんなじ」
そういわれると、昴の顔には自然と笑顔が溢れてしまう。
「そっか。いいね。私も嬉しい」
少し近くで見よう、と昴が顔を近づけると、晴も顔を近づけて、昴の耳元で囁く様にいう。
「それでね、本当はもって来ちゃいけないんだけど」
先生に聞かれたらいけない話だから小声にし、スモックのポケットに手を突っ込む晴。
「プレゼントがあるんだ」
取り出したのは、同じ食玩シリーズの指輪だ。
「ホシちゃんが当てた指輪も、コボおじさんに作り替えてもらったんだ」
この指輪も、二人のペンダントを意識して再デザインしており、その色は――、
「お姉ちゃんは青が好きだから、ボクが好きな赤と混ぜると、紫色になるんだよって」
その深い紫色は、透明感という深さと相反するものを纏い、食玩がベースになっているとは思えない程。
「ホシちゃんが、お姉ちゃんにプレゼントするよっていったんだ」
「……ありがとう」
受け取った昴は、ぎゅっと握りしめる。転生者が集まるという茜家の存在は知っていたが、昴は先日まで行った事がなかった。転生者の使命のようなものを、少し疎ましく思っていたからだが……、
「もっと、早く行ってれば、もっと遊べたのにね」
晴やホシや茜家の人間、また慶一たち転生者との繋がりを今の今まで持っていなかった事を、昴は少しばかり後悔した。
しかし後悔しなくていい、と晴は満面の笑顔で……、
「これから遊ぼうよ。今日は、絵を描くよ。ホシちゃんを描こう!」
昴の手を引いて、自分の机へ向かった。
そんな中、誰かがいう。
「土井さん? 土井さんは、どこに行ったの?」
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