第31話「入り口」
園児と生徒のペアは、皆、思い思いに遊んでいる。
初めて顔を合わせるペアはぎこちないが、
画用紙にクレパスで大きく丸を描いていく昴へ、晴は「ホシちゃんはねー」と熱の入って説明をしている。
「ホシちゃんは、こんな風に丸いんだよ」
晴は両手を使って大きく円を描くのだから、どう見ても実際のホシよりも大きいのだが、昴は「そう」とはにかみながら画用紙いっぱいに描く。
楕円の身体に丸く描いた顔に付け加え、耳を……、
「そういえば、ホシちゃん、耳はそんなに大きくないんだ」
絵本やマンガで描かれる程、ホシの耳は大きくない、と晴は唇を尖らせる。
「耳は丸くなくって、三角なんだ」
楕円の顔よりも大きな耳が特徴的に描かれるキャラクターが多い中、ホシの耳はピンっと立った三角だ。
その説明は抽象的で、晴が自分の頭に手を乗せて表現しているだけでは伝わりにくいのが当然だが、昴は薄く描いていた円にホシとよく似た耳を描く。
「こう?」
一度しか顔を会わせていないホシの顔を、昴は記憶していた。これは召喚士としての資質とでもいうべきものである。契約している相手の姿をイメージする事は基本的な事だ。また絵を描く事はイメージのあやふやさをなくすためにも効果的な練習でもある。
それは頭の上で耳を洗わしていた手を下げる間すらも惜しい、と晴が拍手するのだから完璧だ。
「お姉ちゃん上手! すごい!」
昴には少しむず
「そういえば、ホシちゃんって名前は、ハルくんがつけたの?」
「そうだよ」
晴は大きく頷いた。
「めめがキラキラして星みたいだったからホシちゃんなんだ」
ブリーダーのところへ行った時、丁度、目を覚ましたホシを見て、晴は一目惚れに等しい衝撃を受けたのを覚えている。
抱き上げると、ホシの身体はふかふかのぬいぐるみの様な手触りで、母親に「この子がいい!」と大声でいった。
選んだのも、名前を付けたのもボクなんだ、という晴は、そこで思いだした様に昴の耳元へ口を寄せる。
「あ、でもね」
声も潜めて、
「ホシちゃんがしゃべれるのは秘密なんだ」
ホシが自分で話しかけた相手以外には、ホシが話せる事は秘密にしておかなければ、しゃべれるウサギなどファンタジー世界の住人だ。茜家でも、ホシがしゃべれる事を知っているのは由衣と晴だけ。祖父の宗一も、父親の桧高も知らない。
「うん、私もないしょにしておくよ」
昴のクスクスした笑い声は、晴にも安心感をくれる。
安心感が晴の声を弾ませていく。
「あ、でも、ホシちゃん、背中とかお尻とかめくると、時々、黒い点々が出てくるから、それも星っぽいかも!」
「そうなんだ」
晴の説明を聞きながら、昴も笑顔のホシを描いていった。
***
その遊戯室に土井宣子はいた。
――ここが中心か。
建物の中心で、最も高い位置に来たはずだ、と宣子は周囲を見遣る。遊戯室を二階に設置しているのだから、美津宮幼稚園は耐火建築物だ。ただ火をつけただけでは燃え広がらないのだが、そこは、前世に於いて賢者の称号を得ている卓越した魔道士であった宣子である。
「何とでもなる」
火は下から上へと上がってくるのだから、ここに身を隠すのが最も効率的に魔法を操れると踏んだ。
最も効率的なのは園庭からであるが、それは選択肢に入れない。
――園庭からだと、丸見えになるからな。
最終的に自分しか助かっていない状況を作るが、課程も重要だ。
「さて……」
火柱を立ててやろうと魔力を手に点す。宣子が起こそうとしているのは、慶一が操った程度の火ではない。
火炎旋風でも起こせる程、宣子の力は強いのだ。当然の様にヴァンドールを思い出し、現世の姿である慶一の情報も思い浮かべる。
――成長期が早いからな。
男子と女子の差だと、宣子は慶一へ嘲笑を向け、いよいよ手の魔力を炎へと変える。
その時である。
不意に遊戯室の入り口から声が投げかけられた。
「土井さん?」
声に振り向くと、自分を探しに来たであろう担任の女教師が。担任は、宣子の手にあるものを見た。
「何をしてるの!?」
声を荒らげて遊戯室へ踏み込んでくるのだが――、
「チッ!」
宣子は舌打ちと共に、担任めがけてもう片方の手から衝撃波を放った。
「!?」
胸を強打されて息を詰まらせた担任は、悲鳴すらあげられない。
再び起こった宣子の舌打ちは、即死させられなかった事に対してか、それとも担任に見つけられるというアクシデントに対してか。
「おっと、魔法でやったらダメなんだ。ここは、こういうバカな武器でないとね」
そのどちらにも苛立ちを感じながら、宣子はポケットから回転弾倉式の密造銃を取り出した。魔法という訳の分からない力で起きたのではなく、終始、人がしたものと推測されるものを積み上げていかなければならない。
「まぁ、順番よ、順番」
外さない様に至近距離へと近づく宣子。銃も、幼稚園に放火した誰かが使ったものだと辻褄を合わせてくれるはずくらいにしか思っていない。
額を狙ったのだが、やはりそこは密造銃だ。
「外した!」
また苛立ちを覚えさせられる弾丸は、額から大きく外れ、担任の首を切り裂いて床に炸裂する。それでも頸動脈を切断するには至ったのか、噴水の様な出血が起きた。
それを浴びるのは、存外、悪いものではないと感じる宣子が、改めて魔力を左手に集中させ、火から炎へと大きさを変えていく。
「いくら給料をもらってたのか知らないけれど、命懸けるような仕事じゃないだろ、中学の教師なんて」
そんな宣子を見上げている担任は、次第に目から光を失っていくのだが、
「みんな……」
声を絞り出した。
絞り出し、そこに宣子が嘲った教師というプライドを足す。
「みんな、逃げなさい!」
銃声に続き、担任の叫び声まで加われば、一階にいる生徒と園児にも聞こえるはずだ。
「火をつけられます! 早く――」
それを掻き消すように、宣子が二発目の銃撃を加えたのは、果たして悪手だろうか?
「黙れ!」
これ以上、苛立たせるなとばかりに怒鳴るのだから、宣子は断じて悪手とは呼ばせまい。
「どうせ間に合わない!」
銃声、叫び、銃声と続いたが、宣子は誰も逃がさないとばかりに魔力を解放した。
一瞬にして火柱が上がる。
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