第32話「行き場のない想い一片」

 今、美津宮みつみや幼稚園にいる者で、二階で起きた音が銃声だと気付いた者はいない。皆、銃はもっと大きく、怒声のような音だと思っていた。


 だが現実にした銃声は、パンッと膨らませたビニール袋を潰したような音に過ぎず、単発ではそんなイタズラと同じに思えてしまう。


 銃声だけなら、または宣子のぶこの担任の叫び声だかなら、誰も動かなかっただろう。


 その結果、二度目の銃声に続く宣子の魔法にも行動が遅れ、被害が全く違ったはずだ。


 現実には銃声が起こる前、宣子が炎を起こそうとした事、続いて担任へ風の魔法を放った事に転生者であるすばるが気付いたのが、未来を少し変化させる。


「ハルくん、ちょっとゴメンね」


 一言、はるに告げて起ち上がった昴は、あかね家で晴やホシ、宗一そういちやネッツァーと知り合っていなければ、自分とは関係ないと無視したところだが、今は違う。


 赤女も黒女も関係ない、と思っていたのは過去の事。


 今は――転生者として転移してきた魔物と戦う使命とはいわないが――この町に愛着が湧いている。


 廊下へ出て、魔法が使用されたと感じる二階へ上がろうとしたところで一度目の銃声が聞こえた。


 踊り場に達したところで叫び声が聞こえる。


「みんな、逃げなさい!」


 担任の声だ。


「火をつけられます! 早く――」


 そして二度目の銃声が。


 ――これ……何?


 銃声だと分かっていない昴には、パンパンと高く、軽く聞こえる「音」の正体が分かっていない。魔法ならば感じ取れるが、銃は魔法ではないのだから。


 ――でも、変な事か起きてるのは確か……。


 担任は逃げろといったのだから、ここは逃げるのが正解なのだが、魔法を使う相手には昴が行くしかない。


 裸足になる。気配を殺す方法を知らないため、せめて足音は消したい。


 遊戯室の扉に手をかけたタイミングで、周囲へ湧き起こる爆発的な魔力の高まりを感じた。


 ――大魔法!?


 こんなモノを操れる者を、昴は何人も知らない。


 ――リャナン様ならまだしも……。


 共に暴虐竜シンと戦った賢者の名前を思い出したのは、何の皮肉か。


 開け放った遊戯室の中には、名前こそ知っているが話したことのないクラスメートが。


「土井さん?」


 昴の声は静かなものだったが、気付いた宣子はすっと立ち上がり、


「何だ、来たんだ。転生者の役目なんて無視するつもりだとおもってたのに」


 それは宣子の方は昴をプレオと認識していた事を示す。


「召喚士プレオ」


 その名前を呼ぶ声の抑揚、発音、高低……昴にとって痛恨だった。


 如何いかに自分が転生者の役割を放棄し、無為に日々を過ごしていたか分かるというものである。クラスメートに転生者が、それも知っている者がいる事にすら気付いていなかったのだから。


「賢者……リャナン様……」


 自分で口にしながら、昴は信じられなかった。


「賢者の称号を受けた方の中でも、最も高潔をいわれていたリャナン様が、何故?」


 そういわれると、宣子は笑うしかない。


?」


 口元が緩んでしまう。確かに、リャナンの名は、優秀よりも高潔や清廉で通っていた。

「それは、皆で叩き潰したリャナンだ」


 高潔な賢者であるから、名誉などとは無縁と思われるのは悪くない。


 しかし、「だから無用」と思うのは違う、と緩んだ口元を歪める宣子は……


「お前のように、お友達を紹介しただけの役立たずじゃないんだ、私は!」


 歪んだ口に憎悪を乗せた。


「私が、あのメンバーで最も優れていた。あれは勇者パーティではなく、だ!」


 それを認めない世界に、存在する価値はないのだ、と。


 それは今も同じ。


「お前も、今の今まで私だって気付かないくらいだ。この世界も、消し飛ばしてやりたくてしょうがない」


 今更、許すつもりもない。炎に包まれ、誰も彼もが後悔しながら最期を向かえる光景だけ。それだけが宣子の望みだ。


「皆――」


 昴も一階にいる同級生や園児へ向かって叫ぼうとする。


 しかし、できない。



 宣子の魔法が阻止した。



「混乱の魔法は、こう使うんだ!」


 幻を見せて同士討ちさせる魔法だが、宣子はそれを調整いている。


「!?」


 昴の行動を阻止する幻――それは、恐怖や嫌悪を懐かせるのではなく、トラウマを呼び起こすもの。


 オモチャを差し出した同級生の、顔だけではなく、声と言葉も聞こえてくる。


 ――かわいそうだから、コレあげる。


 そこにあるのはあざりだ。


 それが向けられるママメイドの服、食玩のアクセサリー、それらしか昴に与えられない両親……それらが昴の気持ちを押しつぶそうと襲いかかる。


「あ……あ……」


 昴の喉からは、声が出せない。出るのは呻き声のみ。


 他人と自分を比べてはならないと思っても、どうしようもなく比べてしまう苦しみが、昴から気持ちを奪っていく。


 それを見ても、宣子は当然だとしか思わない。


「お前にも、一人前に嫉妬心くらいあったろう?」


 昴の心を見透かすように笑みを浮かべ、


「マリウスと契約したのは自分だって。暴虐竜シンを斃すため、シンに匹敵するエンシェント・ドラゴンと契約した私は、勇者より上だって」


 あおる。


「勇者の剣も盾も、自分のお陰だって」


 煽って、現世のトラウマを突き刺していく。


「そういうトラウマの一つや二つ、あるんだよ、人間は。子供は少ないかな? でも大人はある。教師なんて特に多いんじゃない? こんなくだらない仕事にしか就けてないんだから」


 この魔法こそが、灼熱の地獄と化したここに閉じ込め、惨劇のちまたにする切り札なのだ。


「親が片方しか、もしくは両方ともいない。死に別れた。手ひどい失恋。離婚もあるかも。挫折は……色々、ある」


 宣子が直接、姿を見れるのは昴だけだが、それを残念には思わない。


「人格を否定されるが如く貫かれた経験は、どう晴らす?」


 この昴も、宣子にとっては復讐したい相手だ。


「目の前に、何にも悩みがなさそうな顔があったら、叩き潰したくならないか? なるよな」


 一階にいる教師や生徒の目に、右往左往している園児はどう映るか?



 教師による放火、園児虐殺――これこそ、無責任に放言するにはもってこいではないか!



「そんなヤツしかいない場所を、もう一度、やり直す必要があるか? いや、ない!」


 最高だと高笑いする宣子は、うずくまる昴の腹を蹴った。


「今の姿が、隠していたお前の本性だ。下でも、本性を現した奴らが踊ってくれるぞ!」


 笑い、嗤う宣子だったが、その眼前に立ち上る炎ではない光が……。

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