最終章「午後のリビングにて」
第44話「ボクの涙あげる。君が泣けるように」
その女の声を聞いたのは二度目でしかなかったし、その一度目も、もう随分前であるからホシには誰の声か判別し辛かった。
「よく頑張りました、ホシ」
もう一度、かけられた声にホシは首を傾げ、
「誰?」
顔を声のした方向へ向けると、短髪の女。膝下まである丈の長い赤コート、その下には同じく赤いジャケットと生成りのボトム服装は、個性的であるが故にホシも思い出せる。
「赤女!」
転生を司る女神だ。
「ちょっと
赤女はフッと笑いながら首を傾げ、
「今世はどうでしたか? 悔いが残っていませんか?」
そんな事、聞くまでもないだろうとホシは思うのだが。
「残ってるよ。たくさんね」
暴虐竜のシンとして迎えた最期とは、全く逆の答えしかない。
「残ってる。たくさん」
ホシは溜息を吐き、
「ハルくんに、嘘吐いちゃった」
守れるはずのない約束をし、その約束を破った。
晴が今後、どうなるのか分からないが、心に傷を負わせてしまった事は、深い悔いとなってホシを縛り付けている。
それを赤女は「そうですか」と頷き、
「大切な人と出会ったからこそ、そういう悔いが残るのです。一人で好きなように食べ、好きな時に寝て、好きなように死んでいった暴虐竜と比べ、どうでしたか?」
自由を愛しているといっていたシンと比べれば、自由などないに等しいウサギだったホシの一生は、果たして幸福か不幸か?
ホシは悩むまでもなく、答えが出せてしまう。
「ハルくんと、もっと一緒にいたかったって思ってるよ」
晴だけではない。
「
暴虐竜であった時に生きた時間と比べれば、本当に一瞬に過ぎないウサギの一生だったのに、こんなにも別れが惜しい者たちと出会ってきた。
惜しいと思う事、悔いばかりが浮かぶのは、ホシが幸福だった証ではないか。
赤女はまた「そうですか」と頷き、
「……ところで、貴方が倒した地平の王者は、力を持っていましてね。事象の地平を一度だけ操れるのです」
「う?」
「竜の知識があるなら、わかりそうなものですが……。ウサギになって忘れてしまいましたか?」
「未来方向に終点がない世界線の事でしょ」
知識を明確な言葉にするのが苦手なだけだ、と不満そうに鼻を鳴らすホシへ、赤女はいう。
「そこに立てば、過去から未来まで、全て見通せるのです」
人の知識や解釈が成り立たない世界ではあるのだが、その世界を司っていたのがレヴォルだという。
「だから強かったんでしょ。僕はそんな力ないしね」
だから暴虐竜のシンは勝てくて当然だったのだが、それはホシにも興味がない話だった。
しかし赤女は聞き逃さないで、と告げる。
「今夜の事、酷く町に被害が出ました。あなたが倒したレヴォルの力を使い、作り直そうと思います。それで――」
挑発的な笑みを浮かべる赤女。
「古竜皇を倒した者の権利です」
その言葉は……、
「ホシ。あなたは、どこへ戻りたいですか?」
悔いを残して死ぬばかりがホシの運命ではないという事だ!
「町がめちゃくちゃになる前なら、いつでもいいよ!」
即答というには、あまりにも早い返答。単純に時間が巻き戻されるだけでないのは、赤女の言葉から察せられる。
赤女はにっこり笑い、
「はい」
この台風と転移者の被害がなかった町へ戻せるという事だが――、
「あ、でもね!」
ホシは光に包まれていく視界の中で、赤女に一言、釘を刺す。
「間違っても、僕をドラゴンなんかにしないでね! 僕は――」
いわなければならない事だ。
「僕は、ハルくんのドラウサだ!」
レヴォルを倒した者の権利を行使して、町を元通りにするのならば、ホシはホシとして帰るのだ。
***
「うー?」
うつらうつらと、まどろみからホシが目を覚ますと、おかっぱ頭の黒髪が見える。
「んしょ、んしょ」
見間違えるはずもない晴だ。
「ハルくん、何してるの?」
ホシが呼びかけると、晴はホシを見上げて敬礼するように手を上げる。
「おっす。危ないから、ちゃんと気を付けて下りるよ」
「うん、気を付けて」
そんな事をいうホシが今、どこにいるか。
見慣れたリビングにある、キャビネットの上ではないか。
「ぅおい!?」
また素っ頓狂な声を出したホシを余所に、踏み台から降りた晴は、ホシに向かって両手を広げる。
ここからはいつもの展開ではなく――、
「さ、ホシちゃん。ボクの所に飛び込んでおいでー!」
何かに影響されて、そういう遊びがしたかっただけかも知れない。
しかし今のホシにとって、それがどれ程の幸福か。
「よーし!」
ホシはぴょんとキャビネットを蹴って、晴の胸に飛び込んでいった。
晴の傍にいる限り、そのウサギ最強!
ドラウサのホシ!
最強! ドラウサのホシ 玉椿 沢 @zero-sum
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