第43話「いっぱい集った、きっと役に立つもの」

 30分が来る。


 それはレヴォルにもわかっていた。


 ――時間稼ぎで終わりだろうが!


 故に、その選択をする。エンシェント・ドラゴン・ロードのプライドが拒否していた逃走だが、敗北の屈辱はプライドに勝ったのである。


 身を翻すレヴォルに対し、ホシは追撃の態勢を取ると同時に慶一を背の乗せた。


「ふん、貴様は風竜。成る程、確かに風のような速さだ。だが、俺は雷竜。雷電の速さには及ぶまい!」


 ついてこられるものならついて来いと顔だけを振り向けたレヴォルだったが、その目にホシの姿は映らない。


 ――どこに!?


 迷いながらも飛び続けたのは立派だが、目を進行方向から逸らせたのは失敗だ。


 ホシの姿が見えなかったのは、背後を見たから。



 ホシは――、眼前にいる。



 レヴァルはホシを甘く見ていた。


「瞬間移動だと!?」


 召喚魔法のように自分の元へ誰かを呼ぶのではなく、任意の場所に送り込む魔法は高等であるが、それはレヴォルも使える魔法ではないか。


 エンシェント・ドラゴン・ロードと互する力を得たホシならば、できる魔法だ。


 レヴォルの正面に現れたホシは、大きく翼を羽ばたかせて背の慶一へいう。


「最後のチャンスだよ!」


 その言葉に、慶一は感じ取ってしまった。


 ――ホシ、お前……もう限界が来てるのか……。


 暴虐竜の姿に戻った時に与えられた刻限が来てしまう。


 慶一に手を貸してくれといったのは、今のホシには攻撃手段が限られてしまっているからだ。


「あぁ、仕留めてやる」


 ホシの逆鱗で作られた盾を構え、宗一のエアーソフト剣に自分の限界までを込める。


 その姿に、レヴォルも行動を変えざるを得ない。


「もう一度、食らいやがれ!」


 魔力を高める。


「邁進せよ、自由への闘争。我への忠義の元、必中の加護あり――」


 レヴォルの持つ魔力を全て開放する電撃魔法だ。全力に、古竜皇のプライドを上乗せし、稲妻の暴流に変える。


 それに対し、ホシは「ウサギのジャンプ」を繰り出す。


 飛び跳ねるような回避は背に乗る慶一を振り落としてしまうのだが、慶一もホシの羽で作ったマントの力で飛翔した。


 正しく回避。


 逃げるのではなく攻める足を残しているのが、レヴォルの怒りを更にかき立てる。


「なめるな!」


 電撃を発射から掃射へ切り替える。電撃の帯がホシと慶一を追いかけるのだが――、


「何だと……!」


 追おうとしたレヴォルを唸らせるのは、慶一の姿だった。



 電撃が追う慶一は、何人もいる。



 電撃が命中すると掻き消されていくが、血の一滴も流れない「それ」に、レヴォルは舌打ちで答える。


「残像か!」


 正確には違う。残像だというのなら、残っているのは一瞬。しかし慶一の姿はハッキリと、その場に残り続けている。



 ホシの魔力に慶一のが加わった事で現れた、その場にいるだけで発生し続ける、いわば分身とでもいえる存在だ。



 存在感の実像化とでもいおうか、質量する存在する分身は、レヴォルを幻惑する。しかしそこは古竜皇だ。


 ――いいや、見分けはつくぞ!


 気配を読む。慶一にはあって分身にはないもの、それが気配だと神経を集中させる。


 しかし気配を読めば読む程、混乱は広がる。


 卓越した実力を持つ慶一は、気配を断てるのだ。


 気配を断ち、それでも感じさせる存在感がレヴォルの困惑を深めていく。


 そこへ飛び込む慶一のエアーソフト剣は、一層、輝きを増す。慶一が限界まで絞り出した気がホシの魔力を得て染めた真紅を、衝撃に変えて叩きつける。


「インパルス・ハーレー!」


 斜め一閃、そして8の字を描くように翻し、もう一閃。衝撃を伴う閃光はレヴォルのからだから鮮血を舞わせるのだが、


「――ッ!」


 それでも悲鳴を堪えたのは、レヴォルに残ったプライド故か。


 しかし痛みを堪える為とはいえ、静止という隙をホシは見逃さない。


「ありがとう! もういいよ、慶一。ありがとう!」


 レヴォルを急襲したホシは、背後から組み付いた。


「さぁ、地平の王! 本当に地平の果てまで一緒に行こうか!」


「暴虐竜……!」


 忌々しいと背後に目を向けるレヴォルは、ホシの首にあるはずの逆鱗がない事に気付く。


「心臓が剥き出しだぞ!」


 爪を突き入れればお終いだと身を捩るレヴォルだが、晴の勇気と信頼を得たホシは、万力の如き力で締め上げ、それを許さない。


「あと何分も残っていないだろうが! 往生際の悪い奴め!」


 レヴォルの悪態に対し、ホシは「そうだよ」といった。ホシに残されていた30分は、もう何分もない。


「だから、こうしたんだよ」


 ホシの最大戦力である聖剣魔法ではなく、組み付くという行動に出たのは、もう時間がないからだ。


 時間のない中、必殺の手段を行使するには、こうするのみ。


「僕の方じゃなく、切り札の方を見てくれない?」


 ホシが顎をしゃくる先にあるのは、巨大な結界球。


 その結界球の中に炸裂していく攻撃魔法は、レヴォルに大きく舌打ちさせる。


「チィッ! あの賢者の魔法か!」



 結界球の中に攻撃魔法を集中させ、熱量を溜める――暴虐竜シンを討った賢者リャナンの大魔法だ。



 しかし舌打ちの後、レヴォルは嘲笑をぶつける。


「その魔法は、上手く発動するか? 結界球の中でエネルギーが均一じゃなきゃならないんだろう? 貴様は俺を抑えつけながら、そんな真似ができるのか!?」


 賢者リャナンだからこそできた芸当であり、これは唱えれば発動する、発動すれば敵を討てるといった類いのモノではない。


 純粋な技術介入であり、、そしてがものをいう。それらが揃っていても、賢者リャナンしか成功しなかったという大魔法は、ドラゴンだからという理由だけでは不可能だ。


 だがホシは、レヴォルに炸裂させる事だけは可能だという。


「僕一人じゃ無理だけど、僕は一人じゃないから」


 結界球はホシが作ったが、その中で炸裂しているのはホシではなく別人の魔法である。


 魔法を放っているのは主税ちからだ。


「もう動けないが、魔法くらいならな……」


 ウォーロックは魔力を得て昇格した人狼である。


 そして内部の均一化には、由衣が存在していた。


「対流させればいいんですよ」


 攻撃魔法こそ持たないが、由衣も魔法は使える。結界球を回転させる事で、主税の攻撃魔法が生み出すエネルギーを均一にしていく。


 ホシは「へへへ」と薄笑いを発し、


「そして、お前は僕が捕まえた」


 自分が浴びた時と同じだ。


 外さないし、外れようがない、そんな状況になって、レヴォルは……、


「わかった! 取引だ」


「?」


 眉をひそめさせられるホシへ向けられる言葉は、悪い冗談としかいいようがない。


「お前を助けてやる。何、エンシェント・ドラゴン・ロードの魔力で、身体を維持してやればいいんだ。崩壊は止められる。嘘じゃない。俺を助ければ、お前も助かる」


 この期に及んでレヴォルが出したのが、ホシを懐柔する事だったなど、できすら悪い。


「ハハハ」


 笑うホシの答えは、ただ一言。


「断る!」


「何故だ!? あのガキと一緒にいたいんじゃないのか? 命が惜しくないのか!?」


「うるさいよ!」


 ホシはレヴォルを締め付ける主税を強めた。


 レヴォルにぶつけたい言葉はいくらでもある。


 感情のまま怒鳴り散らし、毒突いて恨み言を吐き出し、レヴォルの顔を歪ませたいと思うのだが、それで晴に顔向けできるはずもない。


 それでもいいたい事は、一つだけ。


「お前のせいで、僕は大事な約束を、ひとつ破らなきゃならなくなったんだよ!」


 ドラウサのホシが覚醒した時、晴にいった約束。


 ――明日の朝も、一緒にご飯だよ!


 守れない約束だった。


 理解などする気もないレヴォルは、それでも何か言おうとしたが、それを振り切ってホシは自分の牙をへし折ると、


「赤と灰の中より出でよ、我が銀腕ぎんわん


 その牙を聖剣魔法ではじき出す。


 暴虐竜の牙は見事に結界球へ突き刺さり、僅かでも穴が出来れば、今、結界球を満たしているエネルギーは溢れ出す。


 何者の存在も許さない純粋な破壊エネルギーは、古竜皇すら飲み込もうと蛮力を発揮するのだから、さしものレヴォルも悲鳴を上げさせられる。


「お、おおおお……!」


 喉がひび割れる程の声。


「俺は古竜皇……エンシェント・ドラゴン・ロード……! こんな奴らに――」


 最期の時を迎えても、レヴォルが縋るのはその名前のみ。


「……」


 ホシは、何もいわなかった。


 ただ広がっていく喪失感に、曖昧な顔をしてしまっていた。


 ***


「よく頑張りました、ホシ」

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