第42話「暴虐竜では勝てない。しかし!」

 再び飛翔を始めたホシに、レヴォルは憎々しい顔しかしない。


 ――もう飽きたんだよ、貴様程度!


 格付けは終わっている。


「俺に勝る能力は貴様にはない! 魔法も力も、何もかもだ!」


 ホシが放った聖剣魔法もレヴォルには通用せず、レヴォルの電撃魔法は一回でホシを撃墜した。


「勇者の剣も、俺にダメージらしいダメージはないぞ! 蚊に刺されたようなものだ!」


 慶一にも必殺の手段がないのだから、主税や赤星にもない。由衣が呼べる転生者は他にもいるのだろうが、市内に放ったゴブリンで手一杯なのだから、エンシェント・ドラゴン・ロードと戦えるような者はいまい。


「貴様等の無駄な抵抗も、笑っていられる時間は過ぎたんだよ!」


 灼熱化した言葉と共に電撃を放つレヴォル。


 その電撃は一条だけだが、レヴォルが苛立ちを込め、叩き潰すつもりで放った電撃だ。


 ――もういいから死ね! どういう死に様を晒そうがどうでもいい!


 レヴォルの苛立ちは、ただ大きさだけを追求したが、電撃のスピードは雷光に等しい。レヴォルの声はホシを捉える轟音と混じり合う。


「兎に角、死ね!」


 だが苛立ちを解消するはずだった電撃、ホシの眼前で四散した。それはレヴォルにとって有り得ない事態である。


「はぁッ!?」


 これ以上、自分を怒らせるな――そんな叫びだった。


 だが向けられているホシは、自分で勝手に怒りたいから怒ってるだけだろう、としか思わない。


「だからどうしたんだよ!」


 そういうホシも無傷ではない。四散した電撃は、消滅ではなく拡散だった。直撃は避けられたが、ダメージはある。


 だがレヴォルの一撃を必殺にしなかったのだから、今のホシはレヴォルに互する力を得ている。


 それがレヴォルを刺激する。チクチクと蚊が刺したような、不快な痒みのような感覚だ。


 ――フリか? 今までのがフリだったのか!?


 一瞬、暴虐竜シンが実力を隠していたのかと思ったが、


「そんな訳があるか!」


 古竜皇は「皇」の字が示す通り、エンシェント・ドラゴンを統べる者といってもいい。


 その自分と肩を並べるドラゴンなど、一頭たりともいないのだ。


「本物のドラゴンは俺! 俺だけがエンシェント・ドラゴン・ロード!」


 迎え撃ってやると接近戦の構えを取るレヴォルに、ホシはフッと笑う。


「本物?」


 ホシにしては珍しい嘲笑だった。かつて慶一や晴が向けられた言葉を思い出したが故に出てしまう。


 ――お前らのは真似だけ。本当の剣の道は、剣道でしか身につかない。


 竹刀と防具を担いだ上級生が投げつけてきた言葉に、晴がベソを掻きながら戻ってきた日の事だ。


 桧高ひだかは晴の頭をグシグシと撫でながら向けた言葉がある。


 ――偽物も本物もないだろ。だって、晴は本人なんだから。自分の好きな事に一生懸命になれ。一生懸命になってる人は、他人の一生懸命を笑わないぞ。


 その言葉をホシは、今だからこそ思いだした。


「僕は僕だ。本物のドラゴンか、偽物のドラゴンかは知らないけど、ハルくんのホシは、僕本人だ!」


 構えた手に点した魔力は、ホシの爪を赤く染める。


 ホシの爪と、レヴォルの爪とが交差し――、


「何だと!?」


 悲鳴をあげさせられたのはレヴォルだった。大きく弧を描いて旋回するホシは、ヘンと鼻で笑う。


「風と音は、空気を振動させているってところだけ同じだろ? 細かく振動させて、切れ味を増させた!」


 宗一がオモチャの修理で使っている道具の中にあったヒートナイフと同じ理屈である。しかし、それを自分の身体でやるのは初めて。そんな魔力の使い方など、今の今まで知らなかったのだから。


 それは赤熱化とも呼ばれる魔力だと知っているレヴォルは呟く。


「バカな……」


 高周波振動を利用したヒートナイフは、切断できるものをより切断しやすくするが、切断できないものを切断できるようにはならない。


 即ち、ホシはレヴォルの鱗を切り裂くくらいに強くなったという事を示している。


 ――認められるか!


 こんな事態を見つめられるレヴォルではなかった、


「不浄なる燃焼よ、我が命に従え!」


 竜騎兵を喚んだレヴォルに対し、ホシは赤熱化した爪で切り払う。巨体に似つかわしくないスピードで舞うホシは、竜騎兵の弾など掠めすらさせない。


 レヴォルは、それでも構わないと竜騎兵の動きを変えてホシを誘導し、


しゃくに障る小物が!」


 自分の周囲から電撃を四条、そして咆哮と共に極大の雷撃を放った。


 それに対し、ホシは跳ねるような軌道で回避する。


「悪い! 僕、ウサギなもんでね!」


 確かに、その軌道はウサギがジャンプしたかのような曲線だった。ふざけるな、と青い目を血走らせるレヴォルへ、今度はホシが魔力を放つ。


「赤と灰の中より出でよ、我が銀腕ぎんわん


 最初はダメージを与えられなかった聖剣魔法だが、今度はレヴォルに呪いの言葉を吐かせた。


「くそったれが!」


 明確な、それも大きなダメージ。


 しかし身体へのダメージよりも、レヴォルのプライドにつけた傷が大きい。


「俺は、古竜皇……エンシェント・ドラゴン・ロード……!」


 数分前までは、その名は絶望させるに十分だったが、今となってはレヴォルが縋る肩書きに過ぎなくなっていた。


 その醜態といってもいいレヴォルの様に、ホシはいう。


「だってさ、お前、大して強くないもん。ただ、乱暴者が無茶苦茶してるから、みんな怖がってるだけで、誰もお前が強いなんて思ってないよ」


「何だと……では、貴様は何だ!?」


「僕は強い。だって――」


 ホシの視線はレヴォルから離れ、この戦いを見上げている幼児へと向く。


「誰が信じてくれなくても、ハルくんが信じてくれてる」


 その目は、悪いドラゴンと戦うホシという図式に、期待の光しかない。


「僕は強いんだって」



 千人の恐怖よりも、ただ一人の勇気と信頼が勝るのだ。



 ――マリウス、僕と戦った時、お前が手強かった理由が分かった。


 マリウスもプレオの信頼を力に変えていたはず。


 そのプレオよりも強い信頼が、晴からホシへ向けられている。プレオがマリウスへ向けたのは「シンに負けない」だが、晴がホシへ向けているのは「ホシは強い」なのだ。


 それがホシの確信に至る。


「暴虐竜のシンは、お前には勝てない」


 でも――。



「ドラウサのホシは、お前に勝つ!」



 ホシの口から迸る声に、レヴォルが叫ぶ。


「ほざけ! なら、そのガキから殺せ!」


 希望の光など恐怖に歪ませてやる、とレヴォルは手下に命じた。


 しかしレヴォルが召喚したゴブリンは、晴に襲いかかるどころか、一瞬で平らげられる。


「この手下っていうのは? こいつらの事?」


 赤星だ。鬼にとってゴブリンなどものの数ではない。


 歯噛みするレヴォルが打つ次の手は……、


「ならば竜騎兵だ!」


 飛行する竜騎兵ならば、空を飛べない鬼でも――そう思ったのだろうが、ホシが黙ってみているはずがない。


「慶一、手伝って! 装備を渡す!」


 羽を引き抜き、主税に庇われるような形で倒れている慶一へ投げた。


「カァッ!」


 その羽毛に浴びせるホシの魔力は、爪と同様、宗一のイメージを具現化した効果を発揮する。


 羽はマントに変わり、慶一の身体を覆う。慶一の身体に宿るドラゴンの魔力は体力を回復させ、そしてもう一つ力を与えてくれる。


「これは……飛べるのか」


 起き上がった慶一は、エアーソフト剣を手に飛翔した。


 赤い閃光が迸り、竜騎兵を切り伏せる。エアーソフト剣に宿る勇者の「気」は、竜騎兵を切り裂く事など容易い。


 その慶一へ、もう一つ、ホシから飛ぶものがある。


「もう一個、防具もあげる。あいつを斬るよ!」


 それはシンと戦った時、勇者ヴァンドールの左手にあったものだ。


 竜の鱗――しかしマリウスと違い、ホシが引きちぎった鱗は、喉の下に一枚だけある逆立った鱗。



 逆鱗だ。



 それには慶一が色をなくす。


「ホシ、それは……!」


 逆鱗の下にあるのは心臓である。


「今更、僕の事なんて気にしないで! 盾にする!」


 逆鱗を魔力で盾に変え、ホシは来いと慶一へ声を投げかけた。


「最後のチャンスなんだ!」


 台風の勢いは弱まっている。それは、ホシのタイムリミットが近い事を示す。

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