第41話「隣り合わせの死と勝機」

 校庭に倒れたホシの身体は、文字通り沈められている。


 レヴォルの放った魔力は、それ程までに絶大だった。


「俺の魔力を受け、原形を留めているだけでも凄い事だ。誇れ、暴虐竜よ」


 その声に含まれる、小馬鹿にしたような感情に顔すら上げられないホシには、もうレヴォルの興味がない。


「さて――」


 どこから電撃を降らせてやろうかと目をやるレヴォルは、そこで痛みを覚えた。


 見下ろすと、校庭の一角から伸びる赤い光線が、レヴォルの身体を穿っている。


 その光線を目で追うと、放っているのはエアーソフト剣を握る児童。


「勇者か」


 ホシの爪では貫けなかったレヴォルの鱗を、慶一の一撃は貫いていた。宗一が作り上げたエアーソフト剣は、慶一のと良く馴染む。その穂先から、気を槍のように伸ばした一撃だった。


「おおおッ!」


 裂帛の気合いと共に、慶一の身体が宙を舞う。気の刃を縮めるが、引っ込めるのではなく、エアーソフト剣の切っ先を光線の先端へ近づける事によってレヴォルへ近づく戦法だ。


 ――飛べなくても、これなら行ける!


 気の刃は振り払おうとしても、物理的法則ではなく慶一の気力で突き刺さっているのだから抜けない。


 レヴォルに肉薄し、その身体にエアーソフト剣の刃が届く距離に入ったところで、気の刃を解除する。


 落下に転じるが、その加速と重力が釣り合う瞬間、足を踏み込むように伸ばす事で運動効果を発揮させ、一瞬、エアーソフト剣の切っ先に力を込めた。


 切り上げのスピードは慶一の身体をもう一度、浮かび上がらせ、


「ナイツ・インパルス!」


 全力を込めて打ち下ろす。


 赤い閃光は二条。


 その二条ともがレヴォルの身体に刻み込まれるが、その痛みは激痛というよりも――、


「小賢しいわ!」


 手を伸ばし、慶一の身体をつかみかかるレヴォル。


 その手を踏み台にし、慶一がレヴォルの身体に昇る。


 ――ホシが返ってくる時間を稼ぐ!


 ソフトエアー剣の刃がレヴォルの鱗を貫通し、鮮血を舞わせる。宗一のエアーソフト剣は、勇者の武器として最上位といっていい力になってくれていた。


 だが、それだけではレヴォルを倒すには及ばない。急所に突き入れる事ができなければ、レヴォルにはダメージらしいダメージにならないのだから。


 ――ホシ、来てくれよ!


 願いつつ攻撃を仕掛ける慶一は、レヴォルにとって苛立ちを募らせるだけだった。


「おのれ!」


 毒突きながら、レヴォルが羽ばたく。その勢いで振り落としてしまおうというのだが、今度は羽ばたこうとした翼に衝撃が。


 その衝撃を与えた主税ちからの姿に、レヴォルは益々、苦い顔をさせられる。


「ウォーロック……!」


 しかし空を飛ぶ能力のないウォーロックが、どうしてここまで来たかというと、レヴォルの眼下に答えがある。


 赤星だ。


 鬼の怪力が、この上空まで主税を投げたのである。


空木うつぎ、力を――」


 主税が貸すぞというより早く、慶一がいった。


「あぁ、借りる。頼む。貸してくれ!」


 貸せといわれない事に、主税は軽く驚きを覚える。慶一は貸せと命じたのではなく、貸してくれと頼んだのだ。


「あぁ、借りてやってくれ!」


 その驚きを、主税が言葉てで表すとしたら、こうなる。


 羽ばたこうとするレヴォルの翼を、主税が押さえ込む。


 もう片方に慶一が気の刃を突き立てる。


 そうして尚、レヴォルは吠えた。


「先ほどから、鬱陶しい!」


 電撃を、自らの身体にもダメージを与えてしまう事も構わず、身体の中心から放出する。


 こうなってしまっては、慶一も回避のしようがない。


「ギィッ!」


 足から力が抜けるのを感じ、レヴォルの身体から滑り落ちてしまう。


「空木!」


 その身体を抱き寄せた主税は、自分の身体をクッションにして墜落のダメージを減らす。


「ガッ!」


 しかし如何にウォーロックの身体とはいえ、無事では済まない。


 動けなくなった慶一、主税、ホシを見下ろすレヴォルの目には、憎悪が募っている。


「小癪な連中め、死ね!」


 健闘を称える気など更々ない。


「大した抵抗もできないんだから、とっとと諦めればよかったものを!」


 レヴォルは自分を凌ぐ存在などいないのだから、無駄な抵抗は諦めて、絶望と恐怖に打ち震えていればいい――それができない相手には、存在価値すら認めない。


「邁進せよ――」


 その三人へ、今度こそ致命傷をくれてやると魔力を集める。


「自由への闘争」


 竜騎兵を呼び、自分の周囲に配置した。


「我への忠義の元――」


 だが発射される直前、ホシは聞いた。


「ホシちゃん! ホシちゃん!」


 聞き間違えるはずがない。


 ――ハルくん!


 顔を動かすと、体育館からキョロキョロしながら出てくるはるの姿があるではないか!


 この惨状が、晴の目からは現実離れしすぎてる事は、ある意味に於いては幸いだ。


 ただ台風の風雨は、5歳の晴では立っているのも難しく、だからこそ小さなホシが飛ばされてしまったのではないかという考えが強くなってしまう。


「ホシちゃーん!」


 嗚咽おえつ混じりの叫びに、ホシの身体が動いた。


 ――ハルくん!


 レヴォルが晴に遠慮などするはずがない。


「必中の加護あり」


 雷撃が放たれる直前、ホシは晴の身体を包み込んで庇う事に成功した。


「ぐああああ!」


 今度の攻撃には、ホシも苦痛の悲鳴をあげさせられる。これが本気なのか、それとも怒りが上乗せされて威力が上がったのかは分からないが、今まで感じた事のない苦痛が込められていた。


 苦痛を上げ、のたうち回る暴虐竜の姿に晴は――、


「ホシちゃん?」


 ウサギとは似ても似つかないホシの姿だが、晴はホシの目を見ていた。ホシと晴が名付けた、輝きを秘めた黒い目を。


「……うん、そうだよ」


 歪もうとする顔を、何とかかんとか抑えきり、ホシが晴へと顔を向ける。


「大丈夫ッ……僕に任せといて」


 そう口にしながら、ホシは思う。


 ――無理だよ……。


「やってやるから、ハルくん」


 ――この傷で、今からレヴォルに勝つなんて無理だ……。


「大丈夫だからね、ハルくん」


 ――それにタイムオーバーが来るじゃないか!


「まかせといてよ」


 ――くそ、身体がゴワゴワしちゃってる。


「ハルくん……ハルくん……」


 意識を必死に保ち、大好きな晴に髪の毛一筋でもケガをさせるものかと、「有りっ丈」を総動員する。


 その姿に晴は、いった。


「ホシちゃん? ホシちゃん!」


 その声に、レヴォルに対する恐怖はない。


 それどころか――、



「ホシちゃん、強そうだ!」



 今、攻撃を仕掛けてくるレヴォルなんてやっつけちゃえという、無邪気な視線に、無邪気な期待。


 それを聞いたレヴォルは笑うしかない。


「期待されてるぞ、暴虐竜。もう少し、時間いっぱい頑張ってみるか?」


 それは安っぽい挑発。


 どうせ無駄な努力だ、と。


 30分を経過した時点でホシは死ぬ。


 ホシが死ねば、次に晴を殺してやるとリヴォルはいう。


「風前の灯火。さぁ、どうするんだ? この野郎!」


 風前の灯火。


 確かにそうだ。エンシェント・ドラゴンとエンシェント・ドラゴン・ロード。その格の差は眼前と力の差として存在している。


 だが、その灯火に、一陣の風が吹いた――ホシはそう感じた。


 ホシの中でくすぶっていたものが、風を撒いて一気に燃え上がるのを。


 ――これは!


 今の今で使えなかったものが目覚めたとしかいえない。


 その正体を、ホシは知った。


「ホシちゃん、やっつけろ!」



 晴の勇気と、信頼だ。



 ドラゴンは恐怖を食らって力に変えるとレヴォルはいった。


 だがドラゴンが力に変えられる感情は、恐怖だけではない。


 寧ろ恐怖が力に変わる方が、副次的な事。



 ドラゴンに真の力を与えるのは、勇気と信頼、



「よし!」


 ホシが起こした身体は、電撃によって傷つけられた見窄みすぼらしさは皆無。


 真っ白い鱗に、青紫の羽毛、そして黒い相貌――それを包む光。


 ホシは翼を広げ、レヴォルへ向かう。その前に、晴へ言葉を残して。


「ハルくん、行ってくる。明日の朝も、一緒にご飯だよ!」


「うん!」


 ホシが飛ぶ。

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