第40話「古竜皇」

 ホシも今の不意打ちは危なかったと思った。記憶と力を保持しているとはいえ、ウサギの身体で浴びていれば無事では済まない。


 しかし間一髪の差で転じたドラゴンの身体は、鱗と羽毛が電撃を弾き返してくれる。


 白い鱗に青紫の羽毛を持つ、黒い瞳のドラゴン――暴虐竜という二つ名からは想像できない美しさを備えた巨体が、そこにあった。



 強大な力を持つドラゴンの中でも、人の感性からいえば悠久ともいえる時を生き、特に強い力を持った者にのみ与えられる古竜――エンシェント・ドラゴンの名を持つ竜。



 その姿に青い目のドラゴンは目を細める。


「現れたか……」


 それは笑ったのだろうか? 睨んだのだろうか?


 希少種であるドラゴンは、まず実際に顔を合わせる事はない。ドラゴン同士が戦ったなど、シンとマリウスが初めてというくらい。


 故にシンも、ドラゴンの顔をまじまじと見たのは初めてだった。


 とはいえ、今、初めましてと挨拶している場合ではない。シン――ホシに残されている時間は長く見積もって30分。


「まずは、邪魔な相手を取り除くよ」


 久しぶりの身体に力を込めるホシ。その黒い相貌には、この町に放たれているゴブリンたちの青いブランケットが浮き上がって見える。


「地を巻き上げて参れ」


 見えたゴブリンを突き上げるような旋風が襲いかかった。


「天にそなえて参れ」


 舞上げられたゴブリンを、ホシの風が刈っていく。ホシの有り余る魔力に容赦はない。


 細めていた青い目を見開かせたのは、その威力だろうか。


「エンシェント・ドラゴン。確かに凄い力だ」


 だが、その声に恐れなどはない。


 それはホシに制限時間があるから――、


「まぁ、時間いっぱい逃げるという手もあるが、それは止めておくか」


 ではない。


「逃げるのは、性に合わん。貴様もそうだろう?」


 大きく翼を広げ、青い目のドラゴン息を吸い込む。


 そこに現れるのは、ウサギだったホシへ放った不意打ちよりも密度の濃い魔力だが、そこに必殺の意志は込められていない。


 咆哮ほうこうと共に放たれる電撃は、必殺ではなく挑発だ。


 ならばホシは乗る。


 ――光線なら、もっと強いのもらったことがあるんだ、僕は!


 こちらは必殺を期して放つ必殺の魔力。


「赤と灰の中より出でよ、我が銀腕ぎんわん


 旋風に切れ味を持たせ、圧力と共に聖剣の如き一撃に変える。


 電撃を四散させ、尚も威力を保って襲い来る風は、如何にドラゴンとて無事では済まない――はずだった。


 ホシも目を見開かされる。


「!?」


 ドラゴンは身じろぎ一つせず、ホシの魔力に耐えた。


 ――ドラゴンは魔法は効きにくい。でも僕の聖剣魔法だよ!?


 その直撃で傷を負わないなど、マリウスでも不可能である。


 だが青い目のドラゴンは、当然だとばかりにいう。


「エンシェント・ドラゴン、確かにすさまじいな」


 先ほどと同じ言葉には、電撃以上の挑発が秘められていた。


「我が名はレヴォル。地平の王者」


 名と共に口にする。



古竜皇こりゅうおう――エンシェント・ドラゴン・ロード」



 古竜を凌ぐ最上位のドラゴンだ、と。


 ホシが必殺だと込めた風の魔力も、レヴォルにとっては何の事はない。


「さぁ、30分しかないんだろう? 暴虐竜よ、地平の王者に挑んでみろ!」


 電撃が三条、ホシへと放たれる。レヴォルにとっては何でもない一撃だが、ホシにこれを身動ぎせずに受けられる力はない。


「ッ!」


 直線だと躱したホシは、魔力がダメなら接近戦だと腕に力を込めた。


 ただレヴォルも魔力が通用しないのならば、そう来る事くらい読んでいる。


 ――そうくるだろう。そうしかないだろう。


 少し頭を使えといいたいのか、それとも、その程度で丁度いいといいたいのか、レヴォルの口元には笑みが浮かぶ。


「不浄なる燃焼よ、我が命に従え」


 レヴォルの魔力は再び電撃を起こすが、それはホシへ放つ攻撃ではなく、自分の周囲に何者かを呼び寄せるもの。


「竜騎兵よ、行けィ!」


 ホシへ嗾けるのは、レヴォルの魔力が形成した騎兵たち。竜騎兵という名の通り、手には銃を持っており、その銃口から魔力が弾丸となって放たれる。


 単発ではホシの鱗を貫通させられない弾丸だが、何発も纏まれば無傷という訳にいかないのが、古竜皇の持つ力だ。


「うっとうしいな!」


 痛みに耐えながら肉薄するホシが爪を振るう。


 爪と鱗が擦れる嫌な音と感触が来るが、レヴォルは――、


「こそばゆいぞ」


 魔力が効かないのだから爪や牙でどうにかなるものか、と反撃を加えた。


 ホシは貫けなかったが、レヴォルの爪はホシの鱗を貫く。


 ホシの体勢を大きく崩し、


「あまりできが良くないな、貴様」


 レヴォルが自分の周囲に竜騎兵を集結させ、もう一度、電撃を放つため魔力を集中させる。


 竜騎兵と、その寸前に放った数条の電撃、そして咆哮と共に放つ巨大な光線――、


邁進まいしんせよ、自由への闘争。我への忠義の元、必中の加護あり」


 これこそはレヴォル必殺の魔力。


「――!」


 その轟音はホシの悲鳴すらも掻き消す。


 文字通り叩き落とされたホシの姿に、誰かがいった。


「もう、終わりじゃないのか……?」


 逃げるという考えすら頭から消えてしまう、真の絶望が口にさせてしまう。


 風と雨は益々、強さを増す中で、それは色濃く表れた。


 その絶望と恐怖に、レヴォルは満足そうな顔を見せ、同時にホシへと嘲りの視線を送る。


「シン。貴様が何故、俺に勝てないか。それは性根までウサギに堕ちているからだ」


 その嘲笑には、ホシが宣子にいった言葉への皮肉も混ぜている。


 ――元々、僕は弱かったからな。やっとバランスが追いついたんだ。


 ホシはウサギの身体になって、やっと心とバランスが取れたからこそ、宣子には負けないといいたかったのだろうが、レヴォルはそれを指して嘲る。


「ドラゴンの力の源は、人間の。ここにいる人間が俺をからこそ、俺は力を増していける。だが、貴様はどうだ? ウサギの姿だった貴様を、誰が恐れる?」


 この失敗は、一度だけではない。


「暴虐竜シンをほふろうと、幾度も軍が派遣されたが、それに貴様が勝利できていた理由は、簡単だ。徴兵された兵士や傭兵は、ドラゴンへの恐怖を克服できていなかった。まぁ、軍隊などというものは、どうしようとも恐怖に打ち勝てる2割、敗れてしまう6割、足掻く2割という割合に落ちるものだがな。だから貴様は力を得て、それらを滅ぼしてこられた。だが――」


 レヴォルの目が、慶一と昴へ向けられる。


「勇者ヴァンドール・バック・バンと、その仲間は、貴様に対する恐怖を克服していた。故に貴様は敗れたのだ」


 暴虐竜シンの敗因は、マリウスの武具や特別な魔法などではなく、ただ一つ。


「貴様は一対一の戦いに弱い。ゴブリンを一掃したのは間違いだ。あやつらこそ生かしておいて、その恐怖を食らっていれば、あるいは俺に一矢報いる事もできたかもしれんなぁ」


 初手を誤ったというのも馬鹿にした言葉だ。恐怖させる為だけに生かしておく相手を選ぶなど、ホシが選択できるはずもない。


 最接近した台風がもたらす雨と風は、いよいよ強いものになっていた。その中でシンは、もう一度、身体を起こす。


 それはただ反射的な事に過ぎなかったかも知れないが。


 ***


 外に人が集まってきた事と、台風が最接近した事、そしてホシへ加えられる容赦ない攻撃が、を起こした。


「うー」


 目を覚ました晴は、ホシのために宗一と一緒に作ったバスケットのベッドを見る。


 そこら寝ているはずのホシがいない。


「ホシちゃん……?」


 眠たい目をパチパチさせて思い出すホシとの会話。


 ――雨と風が凄いんだ。ハルくんくらいだと飛ばされちゃうかも?


 ――ならホシちゃんも大変だ! 隠れなきゃ!


 ホシがいない事を、晴はそう思った。


「飛ばされちゃったの!?」


 跳ね起きて、体育館の外――鉄火場へ出て行く。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る