第39話「その名を持つ者」
誰もが我が目を疑った。
巨大なドラゴンなど、見た事がないのだから当然である。
青い目と、同じく青い鱗を持つドラゴンは、
「神官か」
赤女の神官という事は、一目で分かった。
ドラゴンは笑う。
「やはり当たった」
外れるなど、一切、思っていなかったであろうに。
――ここへ避難させれば一度で済みそうだったからな。
結界を張り、避難するならばここへ、と誘導した。
――ゴブリンどもでは、お前の手駒が勝つ事も分かっていた。
数だけを頼みに襲わせても、防がれるのが当たり前。
――だが、これでいい。
防がれてもいい。これまでも、半グレを率いていた
しかし失敗したが、その爪痕は残った。
ネット上の怪しい噂。
そして今、ドラゴンが姿を現したのは、
「この市を焦土にしようと思う」
高々、市一つとバカにできない仕掛けがある。
「今、話題の市だ。復興させようとはするだろう。しかし、裏で何をいわれるだろうな?」
現役教師の通り魔、中学生の放火殺人、反社会的組織の存在……そしてドラゴンを見たという集団幻覚――。
「安心しろ。復興までの期間、自警団みたいな活動がしやすいように、武器は残してやったぞ」
ゴブリンに持たせたショートソードも、
無責任に煽り続ける「世間」という存在は、ここを切り取ってくれる。
地方と中央の対立。
世代の対立。
階級の対立。
地域の対立。
その対立は階層を生み、階層ごとが足を引っ張り合えば、この国は簡単に滅ぶ。復興する価値のない国として、遠くない未来で。
――それを繰り返そう。この世から、全ての価値を滅ぼし尽くして。
ドラゴンの口に青白く光る輝きが宿り……、
「う、うわーッ!」
誰かの口からともなく悲鳴が上がれば、もう崩壊は止められない。
「逃げろ、ここからも、逃げろ!」
ドラゴンが何をしようとしているのかはハッキリと感じ取れないが、その口の輝きが強烈な破壊をもたらす事は誰でも直感できる。防具を作れるネッツァーなど、特に歯噛みさせられていて、
「あれは、流石に……」
ドラゴンのブレスを防ぐ手段は、ここにはない。
だがドラゴンの鼻っ柱へ、旋風と共に一撃を加える者はいた。
「僕はいるからな!」
小さい身体で大きな声を張り上げたホシだ。
「慶一やオニも!」
校庭に降ろした昴へ、早く仲間を呼べというホシ。
「今、他の人も呼びます!」
昴の召喚魔法が、各地に飛んでいる仲間たちを呼ぶ。
勇者やウォーロック、鬼と、強力な仲間が集まるも、ドラゴンは笑っているかのような表情を崩さないが。
ホシもそれは分かる。慶一も主税も赤星も、また由衣が集めた他の転生者も、頼りになるのは間違いないが、この青い目のドラゴンに必勝できるとはいえない。
だがホシに策がある。
――由衣ママ。
――何? どうしたんですか?
由衣にホシが聞きたい事とは……、
――本当に、30分だけなら、元に戻れるんだね!?
自分がドラゴンとなって戦えるのか、という問いに、由衣は言い淀んでしまう。
――それは……。
確かに、由衣はホシにいった。
――そんな事したら、30分と保たずに死にますよ?
これは本当だ。
30分くらいなら、本当に戻れる。
しかし、死ぬというのも本当だ。
言い淀んだ由衣に、ホシは確信した。
――戻れるんだね!
込み上げてくるものがある。死と引き換えにするもの。
――ハルくん……。
赤女がいった「悔い」だ。どうしようもなくホシを支配する存在は、青い目のドラゴンの嘲笑を買ってしまう。
「どうした? 暴虐竜よ。自由に生きる事のみが信条ではなかったか?」
「あぁ、そうだね。自由に生きて、自由に死ぬんだ、僕は」
ホシはスーッと深呼吸した。
「世界を滅ぼすとか、どうでもいい。そのために、回りくどい事しなくちゃならないとか、ホント、面倒くさい。それを守るのも、同じくらい面倒だ。どうせ、100年もしたら、皆、死んでるよ」
でもね――と、ホシはいう。
「ただ、今だけは、守りたいんだ!
召喚士へテレパシーを送る。
――僕は封印みたいなのを破る。ドラゴンの方を呼んで手伝って。
――でも、ホシやシンじゃない本当の名前がいるの。
召喚士に本当の名前を握られる事は、生殺与奪の権を握られるようなものである。
しかしホシに
――パイエティ・スィン・ベクターフィールド!
その名を知った瞬間、昴の中に言葉が刻まれる。
暴虐竜シンを呼ぶ言葉だ。
「天に背き、地に
ムチはなく、バトンとホイッスルで代用するが、昴の鳴らす音と手振りで、ホシの姿が変わる。
しかし――青い目のドラゴンに待つ必要はない。
「死ね!」
鼻っ柱に食らわされた一撃は、同じく不意打ちで返すのだ。
ホシの周囲に爆発が起こり、電撃が貫く。
皆の目を奪う輝きの中、ホシは……、
「おおおおッ!」
雄叫びを上げるその姿は、火の山を根城にする暴虐竜シンのものだった。
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