第38話「ドラゴンの影」
こんな時であるが、空を駆ける事をホシは楽しいと感じている。
――雨の日は、みんな俯き加減でいるけど、雨の夜空も悪くないんだ。
異世界の空を我が物顔で飛んでいた頃、空は雨でも晴れでもいいものだった。その時ばかりは、空を舞うシンの姿が暴虐竜という二つ名には相応しくない程、輝いたものである。
今の状況では空を見上げる者などいまいし、何より子ウサギの身体では闇夜に白でも目立たない。
――ま、いいんだ。
飛翔感を楽しんでいる場合ではない、と自嘲の笑みを浮かべるホシに、
「大丈夫?」
元のドラゴンだったら昴くらいなんともないのだろうが、今の小さいウサギの身体ではキツいかも知れない、と思った。
だが心配無用、とホシは昴を見上げる。
「だいじょーぶ。抱っこひもがあるしね」
昴の胸にカラビナで括られたロープがホシと昴を繋いでいた。これが切れてしまうと昴は墜落してしまうが、切れないように金属のカラビナと繊維製ロープと組み合わせている。
墜落の心配はないが、ホシは眼下にこそ心配のタネを見つけていく。
「それよりも……」
夜目が利くのは、ドラゴンだった頃の能力が残っているからか。
「思ったより多い。多分、これは……」
ホシの脳裏に赤星と主税が戦った時に出てきた青い目のドラゴンが浮かぶ。
――あいつなら、できるんだろ。
ホシが思い浮かべるのは、召喚魔法とは逆の魔法だ。対象を自分の前に呼ぶ召喚魔法とは逆の、対象を目標地点へ送る魔法は一般的ではない。使える人間も魔物も、ほぼいないくらい。賢者リャナンも不可能だった。
ホシも使えないが、ドラゴンには使える者が少なからずいる。
――あいつ、来るのか?
ホシへ告げられた言葉は、こうだった。
――お前たちとは、まだ争いたくはない。
それは、いずれは争う、という事ではないか?
そう考えてしまうホシの背を、昴が叩いた。
「ホシちゃん、疲れた? でももう少し頑張って」
ホシは見かけ通りの体力ではないが、飛翔させているのはホシでも昴が抱きかかえている状態は必要以上に心配をかけてしまうらしい。
「だいじょーぶだって。それより、Uターンするよ」
市境をホシは引き返した。他市は電灯の明かりが見える。
今、攻撃を受けているのは、ここだけだ。
ホシが思い浮かべられる理由は一つだけ。
――やっぱり、由衣ママの拠点だから?
答えは、わからない。
***
ゴブリンの集団など
その鬼の両手に、赤星の名の通り赤い輝きが宿っていた。
輝きの正体は、ネッツァーが作った爛金の塗料で仕上げたグローブ。
魔力に晒された事で、爛れたように赤が混じってしまった金は、赤星の体力を文字通り無尽蔵にする。
少々の傷など構わない、とばかりに拳を振るい、助けた人に慶一と同じ言葉をいう。
「
赤星と共にゴブリンを蹴散らす主税にも、爛金でできたグローブがある。
「フンッ!」
突き出されたショートソードを魔法の障壁で防ぎ、忌々しいという顔をしているゴブリンの鼻先へ拳を叩き込む。
落としたショートソードは一瞥するに留めるが、一言、赤星には告げる。
「触らせるなよ」
「え?」
振り向いた赤星へ、主税はショートソードを顎で指す。
「武器に人が触ると、マズい」
「自分たちで戦おうとすると、色々とマズい」
主税だからこそ分かる。自分の身は自分で守る気構えはいいが、いざ自分の身を暴力で守ってしまったら歯止めがかからなくなるかも知れない。
隣人のちょっとした言動で暴力に及ぶような町は、それこそ滅ぶ。
「そうね」
赤星もわかる話だが、その対処は後回し。
「回収は、後でネッツァーさんたちに頼みましょ」
コボルトならば適切な処分方法を知っているかもしない。
それよりも――そういわれるまでもなく、主税とて分かっている。
「肉体派の俺たちは、俺たちの仕事だな」
次に送れ、と主税はインカムで昴へ告げた。
***
順調かどうかは、終わってみなければわからない。ゴブリンの数は不明であるし、ホシが気付いたのだから由衣もワープ魔法の存在に気付いている。
――後にしましょう。
今は、持ってきた弁当を小分けにし、
そんな由衣の耳へ、車が急ブレーキを踏んだ音が飛び込んでくる。
目を遣ると、そこには
そして桧高が慌てて出てくる。
「由衣さん!」
怪我人がいると叫ぶ桧高に、由衣は顔色をなくした。
――桧高さんの所に来ることだってありえましたね!
桧高が無事である事は、不幸中の幸いと喜べない。桧高たちの手を借りて降ろされた男の状態は悪い。
「救急車を呼ばないと」
急がなければならないのに、何故、こんなところへ連れてきたんだ、と責めるような目をしてしまう由衣は、ここへ来ようとしているのが桧高だけではない事を知った。
正門の向こうに、続々と避難してくる人集りが。しかも区域外ではないかと思わされる姿も。
由衣に疑問が湧く。
「桧高さん、何故、ここへ?」
「何故……?」
桧高も首を傾げてしまうもは、同僚の惨劇を見たショックだけが問題ではない。
何となく――そう思ったからだ。
ここに続々と集まってきている者も同様だろう。
それは由衣に結論を出させた。
――誘導されてる……。
難しい話ではない。
由衣と手伝っているネッツァーがいう。
「結界ですね」
結界――防御壁のようなハッキリしたのもではなく、禁足地に入らせないよう意識を変えるくらいの小さいものが市全体を覆っているのだ。
何となく、避難するなら糸浜小学校へ、と。
何のため?
それは雷鳴と稲光によって明かされる。台風の時は雷鳴など聞こえないはずなのに。
音と光は、人々の目を奪った。
暗雲切り裂いて降下してくるのは、青い目のドラゴン。
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