第37話「闇夜の空を翔る」

 町を行くゴブリンは笑っていた。原始的な本能を刺激されて。


 谷守たにもりへシェイプシフターが渡したものと同様の、異世界の金属で作られたショートソードと、コボルトが作った腐銀ふぎんを紙に貼り、それを絹糸に巻き付けて作られた特別な糸で編まれたブランケットは、衝動を加速していく。


 ドアをノックし、伝える。


「停電したようなんですけど、こっちは電気がついていますか?」


 相手からの回答など無視していい。ただ、これをいって回る。


 全域が停電している状況では、相手はインターフォン越しに話せないのだから、玄関先まで出てくるしかなく、


「停電してるよ。今だって――」


 回った先で、魔物たちは刃を振う。


 ゴブリンほど知能に幅のある魔物はいない。会話ができる上野のような者もいれば、犬ほども意思疎通ができない者もいるくらい。


 ただ共通する事は、「自分たち」という特別な集団意識を持ち、「それ以外」に対し、攻撃できる点だ。


 黒女からの使命を帯びた自分たちは、それ以外に攻撃を加える権利があり、また自分たち以外にはあらゆる権利がなくて当然と考えられるメンタリティが、意思疎通など不要にする。


「停電したようなんですけど、こっちは電気がついていますか?」


 笑いながら回っていく。


 回っていき、刺す。


 刺し、斬り――そして出会した。


 月も星も分厚い雲に隠されて、停電した一体は真の闇である。



 そこに閃いた赤い閃光。



 下から上への切り上げがショートソードを腕ごと弾き飛ばし、万歳した恰好になっているゴブリンの頭上から唐竹割りに振り下ろされる。


 その技を赤い閃光と共に振るうのは、慶一けいいちだ。


 ――ナイツ・インパルス!


 ホシがつけた名前を使う業腹だと思いつつも、この技を、ホシが名付けた名前を意識して振るうと、その度に武器が手に馴染む。


 そして手に馴染んだ武器は、ソフトエアー剣の刀身部分を通して勇者の「気」を放つ事を可能にした。


「ッ!」


 歯を食いしばり、ソフトエアー剣を突き出すと、赤い閃光は槍の如く伸びる。


 密集していたゴブリンを二匹、まとめて貫くと、その閃光が慶一の身体を引っ張り、二匹を切り捨てるには最適の立ち位置に導く。


 慶一はソフトエアー剣を握り直し、自分の身体が飛び上がる程の勢いを付け、日に来まとめて切り裂いた。


 だが住人を守る為とはいえ、人の家先で大立ち回りをやられては、玄関先まで出て来た住人は目を白黒させる以外にない。


「な、何ですか? あなたたち!」


 しかし慶一は、エアーソフト剣を脇に回し、異世界での礼を表す姿勢を取り、


「今夜は糸浜いとはま小学校へ避難して下さい。町全体が、危険です」


 勇者の声は、この何でもない言葉に、人を信用させる響きを乗せる。


「は、はい……」


 住人は震える声で返事をし、寝ている家族を起こしに戻った。


「ここはもういい!」


 耳に付けたインカム越しに、些か大きくなってしまう声で訊ねる。


すばるさん、どうだ!?」


 繋がっている昴がドコにいるかといえば、上空。



 ホシを抱きかかえた昴は、上空から町を見ていた。



 明かりのない町は真っ暗だが、それでもゴブリンが身に着けているブランケットの、腐銀の青が居場所を告げてくれる。


「次、行くよ!」


 昴は魔力を集中させていく。



 召喚魔法だ。



 任意の場所へ送り込めれば楽なのだが、召喚魔法とは読んで字の如く、呼ぶ魔法。


 味方を遠くへ送る魔法ではない。



 しかし今、昴はホシに運んでもらう事で、各地へ召喚魔法を使って慶一や赤星を送り込む事ができる!



赤星あかぼしさん、主税ちからさん、お願いします!」


 何かを追いかけている青いブランケットたちへ、最大戦力を投入する。

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