第9話「必殺ロケット」

 空木うつぎ慶一けいいちの年齢は11歳。ヴァンドールだった頃ならば、あと5年もすれば一人前と見なされるが、ここ現代日本では、まだまだ幼いといわれる歳である。


 幼児教育や初等教育に於いて、前世の記憶を持っている事は少なからず障害になる事もあり、そこは慶一も苦労させられた。


 失敗は数多い。


 その結果、得られたものがだ。


 はるが大きくエアーソフト剣を振りかぶるのを、慶一は少し下がって避ける。


 その動きは、双方共に自由。どこを打っても勝ち、どこを打たれても負けというスポーツチャンバラに定石や型はない。


 連続攻撃に移る晴の姿は、いつも慶一を笑顔にする。


「いいな。いい気合いだね」


 慶一にとって、いい刺激だった。異世界での剣術は敵をたおす事に特化しているため、必死さこそ感じたが、今、晴から感じられるのは、それとは似て非なるものがある。



 晴にあるのは、一生懸命さ。



「練習したもんね!」


 笑顔ひとつ見ても違う。楽しいから笑う、笑うから楽しい、そんな理屈を小賢しいと感じられる、自然とあふれ出した笑顔。


 ――いいな。本当に、面白い動きをしてくる。


 剣術としてはデタラメで、晴はただ格好いいと思う動きをしてくる。


 しかし晴のような笑顔を、慶一として手に入れられなかった事は、少々、辛い。



 前世の記憶が邪魔をして、慶一は「ただ笑う」ができない。



 子どもらしくない幼児らしくない、そういわれる日常と、また経験がスポーツや武道でも障害になった。


 経験を伝えようにも、教える経験がないのでは、伝わるものも伝わらない。そんなつもりがなくとも達観したような態度と、完封する腕がある事を隠しての手加減が嫌悪された。


 そんな慶一であるから、慕ってくれる晴の存在はありがたい。ありがたいが故に、慶一も本気を出す。


「こっちからもいくぞ!」


 慶一のエアーソフト剣は、柄の双方に刃が伸びている杖タイプ。それを幻惑させるように回転させつつ迫る。


 晴は剣を両手持ちにして防御態勢に入る。


「ムムム!」


 どう振られても弾き返す構えであるが、慶一の攻撃は斬撃ではなかった。


 ――突きだ!


 回転させていたエアーソフト剣を握りしめ、晴の胸へと狙いを定める。円から直線へ変わった動きは、鮮やかに虚を突く。


 だが、晴は――、


「いくぞー!」


 反射神経だけで対処した。


 後ろへ跳ぶ。跳躍は慶一の踏み込みより速く、そして距離を稼げる。


 そして着地と、ほぼタイムラグなしに急襲へ移る。


「ロケット~!」


 慶一と同じという訳ではないが、自身の身体を砲弾に見立てての突進だった。


「おぉ!?」


 思わず仰け反った慶一は、晴を抱きかかえるような形になったのだから負けである。


「参った」


 降参の言葉は、笑みと共に出てくる。


 ――最高だな。


 慶一は満足だ、と深呼吸した。


 しかし本当の最高は、ここではない。


 ここからだ。


「じゃあ、お兄ちゃん。おやつにしよう。ボクのチョコレート、半分あげるよ」


 晴はポシェットから取り出したチョコレートを半分にする。


 そして晴が半分こというと、ホシもいいだす。


「じゃあハルくんには、僕のを半分あげるね」


 二つのチョコレートが4になると、晴は「う?」と首を傾げ、


「3人だけど、4……」


 どうやって分けようかと悩み始める。1個余すという考えは、晴にはない。


 だから慶一は手を伸ばし、


「あぁ、こうしよう」


 4つをもう一度、半分にして8つにし、それを更に大小12個に割る。


「一人4つだ」


「お兄ちゃん、頭いい!」


 晴はバンザイして歓声をあげた。


 最高というなら、この瞬間だろう。

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