第14話「紙一重の何か」
主観的な好き嫌いで他人を判断し、嫌いな相手は徹底した減点主義を貫く。
挙げ句、減点主義で見る前提を自分自身にも隠して「フラットな目で見る」という事が多いが、決して加点しないのでは公平とは言い難いのにも関わらず、谷守本人は「公平だ」と言い張る。実際は、ノーミスでも50点、厳しい減点によって平均点の半分にも達する事がないのにも関わらず。
谷守にとって、こしゃまくれた男子児童など目障りでしかない。
――女子ばかり見てる? 当たり前だろうが!
守谷にとって男子など無価値なのだ。
――無価値の分際で、何を偉そうな口を叩いてる。
教師である自分を揶揄する言葉など、決してあってはならない事であるのに、糸浜小学校の男子児童は谷守を平気でそれをする。
――子供の分際で。
しかし、そう思ってストレスを溜め続けていたのは昨日までの谷守だ。
――まぁ、下らん連中なんぞ、その気になればいつでも殺せるがな。
シェイプシフターが次回から持ち込んだ刀は、谷守の歪んだ欲望を増大させる事と引き換えに余裕も生んでくれている。
銀色の輝きを帯びる刀は、一言で言ってすさまじい。恐ろしく軽いが、一度、振り下ろせば斧の如く標的を両断する。それでいて、極薄のカミソリかと思う程、スッと手応えらしい手応えもなく斬れていく。
通常、銀を刀身に加工する事は有り得ない。貴金属であるというだけでなく、銀は金の次に柔らかい。曲がらず、折れない事が最低限度の条件である武器の素材としては失格だ。
この刀身を形作っているのは、異世界からもたらされた魔法の銀である。
薄く軽い刃に、敵を断つのに必要な重量を魔力で補う。
決して曇らない刀身に、谷守はこう感じていた。
「俺の理想のようじゃないか」
谷守の理想はシェイズシフターに語った通り。
「先達の――
それを目指す自分こそが教師なのだ。
「これからの時代は愛国心と、家族や友達に対する思い遣り、外敵を斃す力が絶対に必要だ」
他は同僚であっても「先」に「生」まれただけの凡人……、
「それを身に着けていないから、あんな精神も身体もブヨブヨした、間抜けな老害ばっかりになってやがる」
いや、凡人にも達していない。
「子供には価値がある。しかし平等ではない。だからこそ教えていかなければならない」
救いがたい者は排除しなければならない。
「自由、博愛……ヘドが出る。無能を害悪と扱わない者など、全て平等に価値がない」
その無価値な存在が転生者である――銀の刀とシェイプシフターは、谷守にそう教えた。
そして繋がる昨夜の事件。
しかし今、谷守の頭には残っていない。
「
既に次の標的で頭がいっぱいなのだから。
「無価値なクソの中で、特に価値がない」
竹刀袋に入れた刀が、また小刻みに震え始めた様に感じた谷守は、「全て平等に価値がない」と自分でいった言葉にすら矛盾した思考をしていると気付いていない。
***
慶一は考えた。いつ戦うのが正解だろうか? と。
ヴァンドール・バック・ヴァンだった頃を思いだし、谷守がどのタイプであるか探っていくと、まず一つ思い当たる。
――矛盾。
直情的というよりも、まずはそれだ。
――思った事をすぐ口に出す、すぐに手が出る。でも、それは我慢ができないからじゃない。
慶一は谷守の性格を、こう見ている。
――我慢をしたと自分を納得させられる時間が過ぎれば、何もかもをぶちまける。
自分を怒らせた相手が悪い、と結論を出したら、その結論で相手の弁明も柿酢に貫き通すタイプであるから、慶一はこの「矛盾」をまず挙げた。
――勉強はできるんだろう。教員免許を取って、公務員試験に受かってるんだから。
だが勉強ができる事と、頭が良い事は直結させられない要素でもある。
――用意周到に見せかけるのが得意。
教員は生徒の個人情報を全て握っており、慶一は住所や保護者氏名、場合によっては保護者の勤務先まで把握された状態だ。
――逃げ場はないぞと脅しを仕掛けてくる?
慶一は首を左右に振り、それはないと踏む。
――落着点を考えてるはずがない。
どうすれば勝ちなのかを、自分の中で明確にできないのが谷守だ、と断じる。
慶一を殺す事が目的だが、それが完了した光景、そこに至るまでの道程が想像できていない。
「なら、ここだ」
体育館裏に、慶一は腰を下ろしていた。ブロック塀と体育館の壁との距離が180センチほどしかない人がすれ違うのにも不便な場所を。
学校の周囲にある家々は共働き世代が多い。
放課後から夕食時までの間隙で待ち伏せるならば、ここしかない。
――俺の居場所は、わかるだろう?
シェイプシフターからもらった刀の力か、転生者を見分ける事ができる谷守は、既に自分を標的にしている確信が慶一にはある。昼休みの終わりに慶一へ向けた表情が示していた。その表情は、谷守が慶一以外の標的を狙う事がない事も同様に語っている。
刀の魔力も明言されていないが、確信していた。
来いと念じる慶一。
その慶一とブロック塀一枚を隔て、ドラウサは道路を走っていた。
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