第13話「ホシの捜査網」
こういった「調査」を最も得意とするのがホシである。
被害者が転生者であろうとなかろうと、通り魔は人目を気にして行動するものだ。
だが気にしない目がひとつある。
動物の存在だ。
背後で人の気配がしただけで犯行を断念する者でも、近づいてきたのが犬やネコというのならば無警戒になる。何より、頭上を飛ぶカラスの存在など、最初から気にする事すらないだろう。
――まぁ、動物から狙ってく異常者もいるけどさ。
それならばそれで決着が早い、とホシは住宅街を行く。
「ゲンちゃーん、ゲンちゃーん」
通りに面したマンションの柵に足をかけ、ホシはその部屋に住むラフコリーに呼びかけた。
ペット可の部屋に備え付けられている動物用の扉を押し開けて、ラフコリーが駆け出てくる。
「ホシちゃん、こんにちは!」
尻尾を振りながら柵ギリギリまで来たラフコリーのゲンは、ホシのほっぺに鼻を擦りつけた。
「ゲンちゃん、変な人間の話を聞いた事ない? 棒を振り回して人間にぶつけたりする悪い奴の話とかさ」
毎朝の散歩を欠かせないゲンは、この周辺で最も噂話に詳しい。
「ん~?」
しかしゲンは小首を傾げて、
「いつの話?」
こういうのは覚えがないからだ。
「多分、昨日の夜」
「なら、僕は知らないなぁ。そういうのは……そうだ。アリス」
ゲンが声をかけたのは、上階に住んでいるマンチカン。ベランダでうとうとと船を漕いでいるマンチカンのアリスは、一度、大きく欠伸をし、
「あら、ホシちゃん。ごきげんよう」
ブルーの右目とイエローの左目を持つアリスは、その相貌を細めて笑いかける様な顔をした。日が暮れた後は犬よりもネコの時間帯だ。あまり外を出歩く習慣のない飼いネコであるが、アリスは直接、
「こんにちは。アリスちゃん、何か知らない? 棒みたいなのを振り回して人間にぶつけてくる奴がいるらしいんだけど」
ホシに訊ねられると、アリスは「あぁ」と目を
「昨日の夜、お隣の新入りさんが見たらしいですよ」
新入りさん――アリスの隣りに引っ越してきた一家が飼っている子ネコだ。ネコにとって引っ越しは一大事。そのため寝付けずにいたのかも知れない。
ホシは柵によじ登ると、精一杯、アリスの隣部屋に向かって背伸びする。
「お隣の新入りさん? お名前は?」
ベランダに出て来ている訳ではないが、こういう時でもホシのテレパシーは活かされる。距離や母語に関係なく、意志を言語化してくれる能力なのだから。
「……まる」
ベランダの窓際まで来たスコティッシュフォールドの子ネコは、おずおずした様子。ホシが予想していた通り、引っ越しのストレスが強い。
だからホシは質問を本題から逸らせた。
「好きな子おる~?」
ホシの質問は、まるがストレスに耐えられる理由でもある。
「……おる」
だからストレスの多い環境に耐えようとしているのだ。
「誰~?」
「……飼い主しゃん」
飼い主が選んだ場所だから、まるも何とか慣れようとしている。
「そっか。昨日の夜、何か見た? 棒みたいなのを振り回して人間にぶつけてくるから危ない奴がいるんだ」
大好きな飼い主にも被害が行くかも知れないと訊ねられると、まるは「見た」という。その存在もまるには強いストレスになっている。人間を襲うのだから、大好きな飼い主に怪我をさせるかも知れないのだから。
直接、言葉で説明できる事ではないが、これもホシのテレパシーが活かされる点だ。
「どんな人だった? 恐いかも知れないけど、思いだしてほしいんだ。いわなくてもいいから」
ホシは思い浮かべたものを読み取れる。
「こいつ……」
まるが見たのは間違いなく谷守だった。ホシが知っている顔はないが。ただ「恐かったんだ……」と、まるが怖がるのも無理はないと思う顔だとは思った。
――無精ヒゲにメガネ、それにこの痩せ方は、絞ってるんじゃないなぁ。
肥満と同じ不摂生による痩せ方の谷守は、凶行に及んでいると何ともいえない気味悪さがある。
「ありがとう。大丈夫だよ、まるちゃん。ここにはゲンちゃんもアリスちゃんも、他にもいっぱい仲良くなれる子がいるからね」
ホシは柵から降り、まるから得た谷守の情報を元に調査を進めていこうとするのだが、ここで得られる情報はこれだけではなかった。
ホシはテレパシーを漏らしてしまい、それが近くにいたゲンに感じ取られる。
「あ、この人、知ってる」
ゲンは谷守を知っていた!
ホシが「知ってるの!?」と身を乗り出すと、ゲンは「うん」と答える。
「
教師という仕事については知らないが、谷守が務めている糸浜小学校は、ゲンがいつも回っている散歩コースにあるのだから見覚えがあって当然だ。
そしてホシも、糸浜小学校は知っている。
「糸浜小学校……」
――
昨夜の女子高生と違い、慶一は晴と直接の知り合いだ。
「ありがとう! ゲンちゃん、頼りになるよ!」
ホシは柵から飛び降り、茜家へ向かって走り出す。
――
時刻は間もなく午後2時になる頃だった。
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