第18話「灼熱のドラウサ」
黒女によって転移させられる際、彼女から告げられるのは「この世を滅ぼせ」である。
赤星も当然、それをいわれ、了承して現代日本へやってきた。
しかし、ここから先はホシと似ている。
元来、鬼は温厚なのだ。
温厚な赤星は、現代日本に滅ぼすべき何かを見いだせず、また拾ってくれた相手もよかった。
それが鬼ヶ島書店の経営者、
倉庫と一体になった事務所へ赤星が帰ってくると、優はずり落ちそうになっているメガネを押し上げながら、「おかえり」と告げた。
赤星は「戻りました」と頭を下げた後、
「で、ホシが来てるんですか?」
ホシが話しているのは声ではなくテレパシーで、電話口にも聞こえたのは騒いでいるからではないのだが、赤星は溜息をつきながら周囲を見回す。
体長18センチくらいしかないホシは、ものの多い事務所では色々と紛れ込めてしまうのだが、
「いるぞー」
ホシは来客用のソファーの下で立ち上がり、
「優さんからニンジンスティックもらった。ありがとう!」
ホシの目的は果たされたのかも知れないが、床に点々と残っている残骸に赤星は溜息をつかされる。
「害虫が来るから、もっと気をつけて食べて」
倉庫街では仕方のない事だが、衛生害虫は本のノリでも食べようとする天敵だ。
「悪かったよー」
ホシは小さい足でかき集め、優に「ティッシュちょうだい」と顔を向ける。
「はい、どうぞ」
「ありがとう。ちゃんと掃除もするよ」
そんな一人と一匹の脇を通り抜け、自分の席へ着く赤星は一息つく。
「それで、一人? 何があったのよ?」
ホシが一人で出歩くのは珍しい。できるだけ
ホシはぷくーっと、これでもかとばかりに顔を膨らませ、
「ハルくん、ひっどいんだよ!」
いつもとは少し事情が違うのかも知れない。
「昨日の夜なんだよ」
当然、晴と同じ部屋で寝ているホシは昨夜、晴が夜中に目を覚ました事に気付いた。
「夜中にもぞもぞするからさ、トイレだろうなって思ったんだ。でも、夜だから恐かったんだよ、絶対」
トイレを我慢し続けようとしていた晴は、もぞもぞと寝返りを打つだけ。
「だから僕はいったんだ」
それは。こう。
「僕が一緒に行ってあげるから、トイレ行こうよって」
暗い廊下に幽霊だの亡霊だの、最悪、悪霊だのが出て来ても、元ドラゴンに勝てるはずがないだろ、と。
「親切だよ。そうでしょ?」
同意を求められても、赤星と優は顔を見合わせるのみ。ホシもここに返事は求めておらず、ずずいっと前へ出ると、
「でも、ハルくん、何ていったと思う?」
優は「……さぁ?」と言葉を詰まらせるしかない。
晴はこういったのだ。
「ホシちゃん、弱そうだからいい」
確かに体長18センチで、キャビネットの上に放置されただけでパニックを起こしそうになるドラウサの、どこを見たら強く見えるのか謎というのもある。
あるが――、
「何て言い草だよ! 僕は、火山を根城にして、
ホシはプンプンと頭から湯気を出さんばかりに起こっている。
しかし、怒りが頂点に達したのは、その夜ではなく今朝の事。
「そんなだからオネショしたんだ。夜におトイレに行かなかったから!」
同意など求められていないのだろうが、と思いつつ、優は頷いた。
「そうなるよね」
「そしたら、どうしたと思う? 由衣ママはもう起きて、朝ご飯の準備でいなかったからって、お尻出して、うーんって言い始めたんだよ!」
今度は赤星が眉をハの字にして
「どういう事?」
まるで展開が読めない。オネショした後、何故、尻を出す必要があるのか? 濡れたパンツやズボンが気持ち悪かったのかも知れないが、どうもそうではないらしい。
「ハルくん、ひっどいんだよ」
ホシが語る晴の悪行とは――、
「ボクはオネショしたんじゃない。ウンチしただけなんだって、お布団の上にウンチしようとしたんだ!」
最早、優にも「それは……随分……」と、いうべき言葉が見つけられない。
「だから、僕は止めようと由衣ママを呼んだんだ。こんなのハルくんが悪いでしょ? なのに、ハルくんは僕を悪者扱いしたんだ!」
まとめてみると、酷いケンカだった――ただこれだけ。
「もう知らないもんね! 僕はハルくんが謝るまで帰らない!」
ホシが家出するのはいいのだが、それをここに持ち込まれても困るというもの。赤星が聞いたホシの第一声は、「僕のご飯も買ってくるようにいってくれ」だった。
赤星は「帰って仲直りなさい」としかいえないが、優は逆の事をいい出す。
「いいさ。丁度、俺も赤星さんもお昼がまだだ。ピザでも取ろうよ」
あまり外食をするタイプではない優がいうには理由がある。まずホシが喜ぶというのが一つ。
「ピザいいね! 僕も大好きだ」
しかし喜ばせるだけが目的ではなく、優はパソコンの画面にメニューを写し、
「サイズはどうする?」
「ん?」
首を傾げるホシへと、優は態とらしい程、大きく肩を竦めて見せる。
「一人一枚ずつがいいだろう? どれくらい食べれる?」
「う……う?」
ホシが迷う。好きだというピザだが、実のところ、一人で一枚、食べた事はない。由衣が忙しい時、お昼ご飯に宅配を頼むだけであるから頻度が低いというだけでなく、大抵、晴と分けて食べているからだ。
その遣り取りを見ていた赤星も、そこで優のしようとしている事がわかった。
「小さいですから、SSでいいんじゃないですか?」
赤星が言葉を挟んだのは、助け船ではなく話を先へ進めるため。
「そうか。じゃあ、どのピザにする? 好きな具材は?」
「えーと……? えー」
これも同じ理由で分かっていない。晴が好きなピザを選び、それを分けていた。故に、自分が最も好きな具材は分かっていない。
優はまた肩を竦め、
「まぁ、いい。トッピングはどうする?」
ここから先は無限の組み合わせが存在するのだが、ホシには一切、分からない。
「どーでもいいから、おいしいの選んでよ!」
故にホシは癇癪を起こしてしまうが、それが優の目的でもある。
「そういうのを知ってるのはハルくんなんじゃない?」
だから家出など諦めろといいたい優に、赤星も同感だ。
「ケンカもほどほどにして、仲直りしに帰りなよ」
どうせ長続きしないと分かっているだけ、早い方がいいに決まっている。
しかし早い方がいいといっても、ホシは納得しがたい。
「むー」
頬を膨らませたりしぼませたりしているホシへ、赤星は大きく溜息をついて立ち上がる。
「もう九条さんの好みで頼んで下さい。ホシ、ゲームでもしながら待つといい」
「電車のゲームしようよ! オニ、2Pやって!」
ぴょんぴょんとテレビの前へ移動したホシは、優のアカウントからログアウトし、自分のアカウントでログインした。
と、新着メッセージのインジケータが。
「ん? ハルくんから来てる!」
「あっちも仲直りしたいんじゃないの?」
自分のゲーム機を手に取る赤星は、本当に何気なくいった。
だがメッセージの内容は――、
「シャーッ!」
ホシをガチギレさせる一言「おやつ全部食べたから帰ってきてもムダだかんね」である。
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