第6話「戦う神官サマ」

 この手の調査は、由衣ゆいにとって難しい話ではない。それこそ極秘情報をオフィスの中では官辺に守れても、近所の赤提灯で寄ったスタッフがダダ漏れさせていたという事があるように、手軽な食堂は街の噂を集めるには丁度いい。


 それだけでは怪しい噂に過ぎない小話だが、それを男子生徒が持ってきた凶悪化していく半グレ集団というキーで組み合わせれば浮かび上がる者がある。


 ――溜まり場は、……アーケードのカフェ……ですか?


 オープンスタイルのカフェは隠れる場所がなく、また内輪の話をするのにも向かないが、由衣が持つ半グレのイメージには合致していた。


 ――自分たちに謎の万能感を持ち、手出しできないと思っている訳ですね。


 それは腕っ節に限らず、純粋な戦闘力という点でヤクザや警察を圧倒できる転移者が中心にいる組織ならば、そういうの行動に出るのも頷けるというもの。


 では、と原付を走らせた先で見たのは、丁度、上野がトイレに立った直後。


 ――あれですね。


 赤女の神官である由衣には、席を立つ上野が転移者である事は一目瞭然である。


 正体がゴブリンだという事までは気がつかないが、体格からゴブリンやコボルとのような亜人であるとは分かった。


 ――そんなに大事にはならなさそうですね。


 グループも確かめられた事であるし、そろそろ戻ろうかと思ったその時である。


 大股に半グレたちへ歩み寄る少年が一人。


「なぁ」



 声をかけたのは、つい小一時間前まで由衣の食堂でラーメンをすすっていった高校生ではないか。



 由衣に話せた事、また温かく迎えてくれた事で吹っ切れた……といえば聞こえはいいが、その吹っ切れ方は日常へ戻っていくのではなく、元カノの仇を取る方へ動いてしまった。


 覚悟が決まり、腹の据わった目には隠しきれない怒りがあり、そんなものを向けられれば返ってくるものは、ただ一つ。


「あ?」


 むき出しの敵意を半グレは向けてくる。由衣が予想していた通り、半グレは上野が持つ暴力の信奉者だ。こうなる前は、利害関係の外にいる者にを出す存在ではなかったが、今は最悪、殺しても構わないという凶暴な状態にある。


 しかし少年は構うものかと前に出て、ポケットから出したスマートフォンを突きつけた。


「こいつ、知ってるか?」


「あん?」


 半グレが僅かばかり沈黙したのは、勿体つける為。沈黙は数秒でも、その数錠が少年にとっては何時間と待たされるような気持ちになってしまう。


 少年の反応が可笑しい。可笑しいから、馬鹿にしたような口調になる。


「暫く見てねェな」


 言葉の続きは、顎をしゃくって仲間へパスした。


「俺たちも心配してんだぜ」


「階段から足を踏み外したのとかな」


 三人が一斉に笑い出す。


 その笑いと言葉は、何よりも雄弁に、少年の元カノが事故ではなく、上野に殺された事を語るではないか。


「ッ!」


 少年は歯を食いしばり、拳を――できたのは握りしめるまで。


 殺しやりたいと思うが、実際に殺すために――傷つける為に暴力を振るう事に抵抗を覚えてしまう。


 それが半グレと、一般人の違いだ。


 半グレは、拳を握りしめるという敵対行動を取った時点で、少年を敵と判断する。


 そして敵である以上、自分が持つ暴力を振るう事に躊躇などない。


「先手必勝!」


 拳を握っていても、だらりと手を下ろしてしまっている少年の鼻っ柱を、思い切り殴りつける。


「ッ!」


 顔が歪む程の衝撃よりも、少年に襲いかかってきたのは息ができなくなる感覚だ。


 鼻が折れ、あふれ出した鼻血が呼吸を阻害する。


 当然、身体の反射で涙も出てくるのだから、嗅覚と視覚が一変に失われてしまった。


「ははは!」


 笑う半グレだが、嘲笑で少年に時間を渡すような真似はしない。


 跳躍からの体当たり、そして倒れた少年に馬乗りになる。


 そこからは、一方的な展開になるはずだったが――、


「待ちなさい」


 少年に振り下ろされそうになった拳は、由衣が掴んでいた。


「やりすぎです」


 この段階で介入するつもりはなかったが、由衣の性格だ。


 知っている少年が殴られている光景は無視できない。


 ――今、来てもらえそうな味方は……。


 ここへ呼べる転生者は誰かと考えても、時間も場所も考えると、一人しかいない。


 ――ホシちゃん。来て下さい。

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