第10話「昏い剣」

 はるの家は店舗兼住居である。国道へ繋がる県道と、抜け道になる市道とが交差する角地であるから、県道側が店舗「あかねダイニング」の玄関、市道側が茜家の玄関になっている。


 指導側の玄関の脇に折れると、庭に臨む濡縁に腰掛けて工具の手入れをする晴の祖父・宗一そういちがいる。


 約束したエアーソフト剣を作る準備をしていると、晴の声が飛び込んで来た。


「ただいまー!」


 門扉を思い切り開け放って帰ってくる晴は、今が待てないとばかりに走ってくる。


「お祖父ちゃん! お兄ちゃんの剣、作って!」


 早速、晴から飛んできた言葉に、宗一はフフッと含み笑いしながら、工具や材料を見せた。


「用意しているよ」


 慶一けいいちが何を欲しがるのかはわからないが、長剣、短剣、杖、槍と、全てのパターンを作る用意に抜かりはない。


「ありがとう!」


 晴は一層、大きな声で礼をいい、後から来る慶一を振り向いた。


「お兄ちゃん、お兄ちゃん! 早く!」


 エアーソフト剣を作ってもらうのは慶一であるのに、寧ろ本人より大騒ぎする晴の性格を、慶一は好ましいと思っている。


 ――自分の事みたいに喜べるんだよな。


 そこが慶一も惹かれる点だ。自然と笑顔になり、宗一へ向ける。


「お邪魔します。エアーソフト剣、ありがとうございます」


 宗一も笑みと共に頷き、


「ハルくんと一緒に遊んでくれて、ありがとうね」


 どんなエアーソフト剣にしようかと首を傾げる宗一の傍へ、トコトコと帰ってきたホシがいう。


「ケイ兄ちゃんは、長剣と盾が得意だろ?」


 異世界で暴虐竜ぼうぎゅくりゅうシンと戦った時、勇者ヴァンドール・バック・ヴァンは聖銀竜せいぎんりゅうマリウスの牙と鱗で作られた剣と盾を使っていた。


 その情報は晴が気になる。


「そうだったの?」


 しかし今、使っている杖タイプでは実力が発揮できないのかといわれると、慶一は否定する。そこだけは断じて。


「杖が楽しいからだよ。強い弱いとか、得意かどうかじゃなくて、楽しいっていうのが、俺は大事なんだ」


 今日、晴と戦った時と同じ、くるくるとエアーソフト剣を回転させるような仕草を見せる慶一は、勝てるから面白いのではなく、一生懸命になれるから面白い。


「じゃあ、杖を作るかな」


 宗一は塩ビ製のパイプを手に取り、スポンジを軽く当てた後、合皮の帯を巻いていく。濃い臙脂色えんじいろの合皮は落ち着いた色合いで、慶一のセンスと合う。


 だが、その色は晴から見るとヒーローカラーではない。


「格好良く作ってね」


 柄は臙脂色、つばは銀色という組み合わせは、どちらかといえば悪役を思わせてしまうのだが、慶一は寧ろ好みである。


「格好いいよ」


 晴の剣が青い柄、金色の鍔に銀の刃とヒーローカラーであるから、並べた時にダークヒーローっぽく見える組み合わせこそ望むところ。


「ハルくんのと並べたら、格好いいよ。絶対に」


 今の慶一からは確信めいた言葉も、自然と出てきた


 笑顔が笑顔を呼ぶ濡縁である。そんな濡縁へもう一人、営業時間の合間といった風の由衣ゆいも来た。


「空木君、いらっしゃいませ」


 由衣が赤女あかおんなの神官であると知っている慶一は、軽くとはいえないお辞儀をし、


「お邪魔してます」


「こんにちは。どうでしょう? ご飯もうちで食べていきませんか?」


 この近所に住む転生者を繋げるのが神官の役割だから出た言葉ではなく、慶一が晴の友達だからこそ出てくる言葉だった。慶一も由衣は神官である以上に晴の母親という認識が強い。この誘いは嬉しかった。


「ありがとうございます」


 もう一度、お辞儀をした慶一の背中に、晴がぎゅっと抱きつく。


「一緒に食べようねー」


「食べといで。その間に塗った塗料が乾くから」


 丁度、宗一も刀身の塗装に取りかかったところだった。



 ***



 そんな慶一のエアーソフト剣が作られている町で、その夜、事件は起きた。


 日の暮れた道を歩く高校生くらいの女子は、転生者である。慶一と同じく、異世界での知識が現代日本の知識を吸収するのを阻害してしまったタイプの。


 異世界の町は、路地裏や裏通りが存在しない。これは住宅や町の構造の理由がある。町全体を城壁で囲み、一族や共同体の住む複数の住居を壁で囲んでいた。中を外から遮断して、一族以外の人間や通りすがりの見知らぬ人々の侵入を防ぐというスタイルである。通りに面した門を潜り、中庭などを通してようやく家に辿り着く。


 異世界にとって裏路地や裏通りは、外部から隔たれた囲いの中にある「住居区」の小さな路地を意味する。


 故に、どんなに狭い道路でも、彼女の感覚では表通りになってしまう。


 彼女の注意を引くのは、闇の中ではなく、ポケットに入れたスマートフォンの鳴動だけ。


「ん」


 少し面倒臭そうにスマートフォンを取り出し、スワイプして通話を開始する。メールもインスタントメッセージもあるというのに、電話を掛けてくる相手は、親しかいない。


 短く「何?」と訊ねると、電話を掛けてきた母親は「ごめんなさいね」とワンクッション置いて、


「今日、お父さんの誕生日でしょう? 外食に行こうってお父さんがいってるの。茜さんのところだけど」


 由衣の所で夕食をとろうという誘いは、転生者の少女にとって嫌う理由はない。由衣の食堂は高級ではないが、家族が内々で祝うには最適だと感じられる。


「うん、いいよ。私は直接、向かうね」


「はい、気をつけて」


 連絡だけの短い遣り取りだが、転生者の少女は少し楽しく過ごせそうだと思った。


 だが現実は、かなり楽しくない。


 暗い路地から男の声。


「お前は神か?」


 意味が分からなかった。不気味で意味が分からず、そして唐突な言葉は、転生者の少女が顔を向けるくらいしかさせない。


 次に感じたのは、胸を貫かれた感覚。


 そして激痛。


「――!」


 悲鳴があがりそうになったが、次の瞬間、鼻の下を貫かれては声すらあげられない。


 脳幹を貫かれては、ブレーカが落ちたように命が分断される。


 剣を抜く男は、既に転生の少女が落命している事を知って尚、いった。


「お前は神か? ロボットか?」


 転生者を――赤女のコントロール下にある者を嘲っての言葉である。

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