第15話「ドラウサ合流」
ホシは焦っていた。
負けるとは思えないが、勝つばかりとは限らず、無傷で済むはずのない戦いはホシが絶対に止めたい事である。
――怪我したら、ハルくんが心配するからね!
怪我はしてもさせてもいけない。死なないまでも大ケガをして、週末ごとのスポーツチャンバラに慶一が来られなくなったら、ホシの周囲では
しかしゲンからもたらされた情報を頼りに
では慶一に知らせようと思い、由衣へとテレパシーを飛ばしているのだが、そちらも芳しくないらしい。
――
ホシの慌てた様子の呼びかけに、由衣は「うーん」と唸っていた。
――閉じられてるみたいですね。
閉じられている。
由衣が把握するには、転生者が出している波長の様なものを感じ取る必要があるのだが、その波長を慶一が意図的に変えているという事だ。
この状態から推測できる事は二つあり、その一つを由衣はいう。
――その
谷守に転生者の所在を知る能力を持つ可能性を考慮しての事だが、ホシはもう一つの可能性を考えてしまう。
――でも、もう戦い始めてるって事もあるんでしょ!?
昨日の今日だからこそ、慶一が敵討ちに現れる可能性を考えるはず、というホシを、由衣も否定はできない。谷守の評判を調べ切れていないのだから、分析もクソもない。
――最中という事はないと思いますよ。
断片的な情報しかないが、由衣も慶一が考えている事に辿り着ける。
――
この時間に校内で騒ぎを起こすことは、慶一も谷守も望まないのだから。
しかしホシは落ち着きを取り戻さないまま、ダンダンと足を踏み鳴らす。
――そんなのわかんないでしょ!?
谷守が今も生活を維持したいと思っているならば、確かに全校児童が残っている時間に騒ぎなど起こすまい。
しかし得体の知れない剣を振り回し、人を傷つける事に
――今も剣を振り回してるかも知れないよ!?
そんな場面に出くわした時、慶一が取る行動は阻止するための交戦以外にあるはずがない。
慌てるホシは、そういう最悪の想像をしている。
――ホシちゃん。落ち着いて下さい。
由衣も言葉だけでは落ち着かせられない。
――慶一が大ケガして、日曜日のスポチャンに来られなくなったらハルくんが泣いちゃうでしょ!
それを一大事と思うのは、由衣としても望むところではあるのだが。慶一の事も慶一の事も、赤女が望んだ「今際の際で悔いを残せ」という状況に近づいている。
ならば由衣も落ち着かせる言葉を思いつく。
――空木君の事も、ハルくんの事も心配ですか?
軽い
――別に!
即答したホシは、ほぼ照れ隠しである。
――慶一が入院したら、ハルくんが僕のおやつをお見舞いにするっていい出すと嫌だからだもんね!
それは平常運転というもの。怒りや焦りが、それによって逸らされる。
由衣はフーッと
――空木君を探す方がいいでしょう。まずお家から探してみますか?
これでスタート地点につけた。
放課後の訪れを告げるチャイムが聞こえる中、ホシは「分かった!」といってダッシュした。
***
ホシが走り回る事になった理由は、それである。
慶一は由衣の見立て通り、谷守を待ち伏せているのだから、当然、家にはいない。
コンビニ程度しかない小学生が立ち寄りやすい場所も探してみたが、見つかるはずもなく、ただ時間を浪費させてしまった。
結果、学校の敷地内から児童の気配がなくなる時間になり――、
徐々に強くなったホシの焦りが、衝突を慶一にとっても谷守にとっても唐突なものにする。
糸浜小学校まで帰ったきたホシは、通気性を確保するために設けられている透かしブロックから慶一を見つけた。
「いたーっ!」
ホシの声はテレパシーであるから、慶一のみに向ける事もできたはずなのだが、この疲労感の中では慶一にだけ向けられていない。
周囲にまき散らせてしまった。
それは慶一を探す谷守にも届き、転生者を見分ける事ができる谷守には、ホシの――転生者の声だと察知されてしまう。
そして間が悪い。
「裏か」
谷守は近くにいたのだ。土とコンクリートでまだらになっている地面は、剣道四段だという谷守も足音を消せない。
慶一も気付く。
――まぁ、
慶一は立ち上がった。
そして手近な場所に置いていたモップを手に取ったところで、体育館の角から谷守の
谷守は慶一の持つモップに目を向け、笑ってしまう。そもそも武器ではないモップは、金属ですらない木製だ。
嘲笑が浮かびかけるが、左手に持っている刀がカタカタと震え始め、谷守の表情を引き締める。
「おお……」
柄を握る谷守。
ゆっくり鞘から抜いた刃は、中天を回った太陽の下では一層、谷守を誇らしくする輝きを
「我が愛刀も奮えているぞ」
それは武者震いの類いだろうか。
確かめる間も気もない慶一は、武器になるモップを持っていない左手を突き出す。
「火よ」
その左手から、小さな火の玉を作る初歩的な魔法を放った。勇者ヴァンドール・バック・ヴァンであれば、それこそ炎の竜巻を起こす事も可能であったが、児童期にまで戻っている慶一では操れる魔力が少ない。
それに対し、谷守は大上段に刀を構え、
「シャア!」
打ち下ろしの一撃で一刀両断に切り捨てる。
刀に宿る魔力の賜だが、慶一にとっては想定通りだ。
――ここじゃ剣は振れないな。
左右の出入りができない場所を選んだのは、谷守の攻撃を限定するため。
慶一はモップを持ち替え、地面と水平に構えるが、それは突きを狙っている事を雄弁に語ってしまう。予備動作を可能な限り見せないのは、何事に於いても基本である。
「愚か者!」
谷守が怒鳴るが、慶一は突きを振るう前にもう一度、火の玉を放つ。
――突きを意識してたろう?
簡単なフェイントである。
しかし簡単なフェイントは、やはり簡単なフェイントに過ぎず、
「ぬんッ!」
谷守は切り上げで火の玉を打ち落とした。
「見えているぞ! 我が手に神器名刀がある限り、そのような小技、何ともないわ!」
慶一の手元や武器だけを見ていたならば違っただろうが、相手の姿を捉える事が谷守にはできる。変態のタツジンと揶揄されようとも、谷守は剣道の達人で間違いない。本来、剣道に存在しない切り上げだが、面抜き胴を狙いつつ、右小手も打てる変則的な動きとして切り上げを身に着けていた。
火の玉に続いて突きを放とうとしていた慶一は、もう止まれない。
地の利を得たと思っている慶一だが、この場での戦い方は谷守とて心得ている。
「打ち下ろしか切り上げ、後は突きくらいしかできないのを見破れないとでも思っているのか!」
しかし怒鳴り声を上げている谷守は、切っ先を切り上げによって跳ね上げてしまっているのだから、慶一は十分な勝機があると踏む。
――俺の方が速い!
そこから打ち下ろしに転じようとも、切っ先の動きは弧を描く。角速度がつくとしても、突きの直線と打ち下ろしの曲線という軌道の差で優劣がつく――と、慶一は見ていた。
しかし現実は、少し違う。谷守は気合いを込めるが如く歯を食いしばり、
「ふんッ」
慶一へ放ったのは打ち下ろしではなく、刀の
共に直線だが、谷守の方は筋力に重力の補助を付けての降下である。
モップの柄を通して、痺れるような衝撃が慶一の右腕を襲う。谷守はモップの柄を狙って、突きの軌道を地面に逸らせたのだった。
「ッ」
それでも慶一は左手を添え、モップが地面に刺さる事だけは避ける。
避けるだけでなく、モップを地面と垂直になるまで立ち上げ、谷守が次に狙ってくる胴薙ぎに備えた。
――狭くても、ここまで接近したら振られる!
元より面抜き胴を切り上げから狙える谷守である。
事実、谷守は刀を横に薙いだ。
その銀の刀の前ではモップなど何の役に立とうか、と谷守は笑ってしまうのだが、
「何だと!?」
谷守が神器名刀と呼んだ刀は、薄汚れた木製のモップに阻まれた!
「武具で劣っていても、俺の力はお前に劣ってないぞ!」
体当たりで無理矢理、間合いを広げる慶一は、フッと強く息を吸い、吐き出す。腹をへこませながら吸い、膨らませながら吐く呼吸法は、横隔膜を動かして呼吸を整えるもの。
「その刀と同じだよ。この世界じゃ鋼鉄やセラミックが刃物には最適だけど、あの世界は違う。鋼鉄は中級レベル。一流の剣士は、武器に自分の気を通して攻撃力を得るんだ」
慶一はモップでそれをやっていた。異世界での優れた武器とは、重量や高度で決まるのではなく、気の伝導率で決定される。
谷守はギッと歯軋り。
「
武器では有利なのに能力では不利など、到底、谷守に認められるものではなかった。
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