第22話「分断された半身ずつ」

 こういった場合、常に攻撃側が有利になる。攻撃も防御も経験がものをいうが、経験の積み重ねは非現実的だからだ。


 何よりも、自在に姿を変えられるシェイプシフターは、いちいち後先を考えて行動する必要が薄い。


 故に使える手は無限に等しい。



 そして最も恐るべきは、シェイプシフターにそれらの手段を講じる抵抗がない点だ。



 ――まずは主税ちからをなんとかしないとね。


 主税は、この警戒の最初から関わってもらっては困る。


 しかし排除が難しい訳ではない。


 ――簡単だ。


 シェイプシフターが講じた手段は……?


 ***


 血に染まった男を見下ろす主税は、血の返り血をティッシュで拭く。


 ――臭うな。


 どれだけ拭っても、手に付いた血反吐の臭いは主税にはキツい。


 倒れている男の正体は、先日、主税に電話を掛けてきたヤクザだった。


 二人から少し離れた場所で震えている美波みなみへ顔を向ける主税。


「大丈夫か?」


 かけた言葉は、回答を期待してのものではない。美波が頷くのも待たず、言葉を続けるのだから。


「立てるなら、タクシーを拾って、すぐにマンションへ戻れ。そして、大事なものだけ持って、兎に角、逃げろ」


 態々、ヤクザが電話で脅しをかけてきたのだから、今、半殺しにしている一人だけとは思えない。


 事実、一人ではない。



 シェイプシフターが取った手段とは、雅代の仲間だと美波をヤクザに売る事だ。



 雅代の顔では不可能だっただろうが、谷守に刀を渡した男の顔でも使えば簡単な話である。


 そして主税の行動は、自分でいった通り。


 ――トラブルが起きた時は、必ず連絡しろ。俺が対処する。


 トラブルの対処するといった主税なのだから、美波のトラブルなら飛んでいくしかない。


「この前、怜治れいじが話した通帳と印鑑は覚えてるな? 持っていくんだ。いいな?」


 トラブルの対処を続行する主税は、何もかも美波の返事など町内のだが、震えていた美波も声を出せるくらいにはなる。


「でも、主税さんは? 怜治さんは……?」


 主税の声から感じるのは、あのシェアルームが終わるかのような響き。


 だが主税は多くを語らない。


「トラブルは、俺が解決する」


 一意専心、それだけだ。


 ***


 主税はそうやって排除した。


 一時的とはいっても、効果はある。


 雅代まさよの顔を被ってヤクザに捕まり、そして次の手。


「あの……怜治さん?」


 わざとらしいくらい声を震わせ、ヤクザの嗜虐心を煽りながら、電話をかける。


「雅代ちゃん? 今、どこ?」


 電話に出た怜治は、あの啖呵から昨日の今日であるのに、拒絶や悪感情を抱いていない。


 シェイプシフターは思う。


 ――だろうね。怜治坊ちゃん。


 悪感情がないどころか、寧ろ憐れげな声を出している雅代に同情すらしているではないか。


「いないなら、怜治さんでもいいんです」


 一層、声を震わせ、高くする。



「助けて下さい……」



 三文芝居だと思いながら声を出しているシェイプシフターだが、三文芝居であっても芝居を見抜けるのは、情報にかかっているベクトルを理解できる者だけ。


 転移者という存在を知らないのでは、シェイプシフターの狙いなど見抜けない。


 ヤクザは元より、怜治でも。


「分かった。分かったから。どこ?」


 怜治の声も慌てているだけで、雅代の事でいっぱいだ。シェイプシフターの事など欠片も考えていない。


 主税が帰ってくるのを待てば――帰ってこずとも、主税に連絡を取っていたならば、ここから先の展開は少しずつ違ったかも知れないのに。


 電話を切ったシェイプシフターは、雅代の顔と声に、一層、強く憐れさを込めた。


「すぐに、来てくれます……」


 最終局面へと動き出す。


 それは、シェイプシフターの手の中……。

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