第21話「巻き添え計画」

 あかね家ではるが一人だけになるタイミングは、ほぼない。父方の祖父と同居しているし、母親の由衣ゆいが働いているのは店舗兼自宅なのだから。何より、四六時中、ホシが一緒にいる。


 しかし今、晴は一人で庭にいた。


 祖父はボランティアで通っているオモチャの修理に向かい、由衣は夕方からの営業で離席中という状況では、晴のお守りをできる者がいない。


 庭でエアーソフト剣を振っている晴の周りに、今、ホシは不在だ。


「ふん、ふんッ!」


 そんな状況であるからか、最初は真面目に素振りしていたはずの晴も、段々と無茶苦茶になっていくのだから、これは練習ではなく


 そこへかけられた声は、晴の何かに触れる。


「あれー? 今日は、あの可愛いウサちゃんいないの?」


 市道と庭を隔てている茜家の塀は、昨今の住宅事情から低い。通行人の目こそが防犯になるという考えから来ているらしい低い柵は、身長が120センチ程度の晴でも庭を覗き込んでくる女子高校生の姿が見える。


「お姉ちゃん、誰?」


 エアーソフト剣を脇に下ろした晴は、首をかしげながら女子高校生の方へ近づいていく。


 女子高校生は目をパチパチと瞬かせ、


「いつも、ウサちゃんと遊んでなかった? ここを通る度に、仲が良いなって思ってたんだけど」


 この女子高校生がシェイプシフターであるなど、晴は無論、知らない。


 ただしシェイプシフターの方は、晴がホシにとってどういう相手であるかを知って訪れている。この姿も、


 近づくためだ。年齢も性別も無関係に、なりたい姿になれるシェイプシフターが、男ではなく小柄な女の姿を取っているのは、こちらの方が晴の警戒心が薄くなるはずと思ったから。


 事実、晴は警戒しておらず、そして「仲の良いウサちゃん」とわれると、憂さ晴らししていた気持ちが一気に膨れあがってしまう。


「うう……ッ」


 口と眉をへの字にし、震わせる晴。


 目から涙をこぼしながら、小さな声に載せる言葉は……、


「ホシちゃん、いなくなっちゃった……」


 一晩、帰ってこなかったホシの名前。


「ボク、ホシちゃん、大好きなのに、いじわるしたから、ホシちゃん……いなくなっ……」


 そこからは言葉になっていない。


 今までも、ケンカした事など数え切れない程ある。


 しかし一晩、帰ってこなかった事などなかった。精々、保って30分。しかし晴が思い出す仲直りは、いつもホシが話しかけて来た。


「ボク、ホシちゃん、大好きなのに、いじわるし……」


 泣き出す晴を、シェイプシフターは正直、面倒臭いと思っている。


 ――あのウサギが世界の全部という訳じゃないだろ。


 泣くほどの相手かとも思うし、そんな相手を持っている事、それ自体が気持ち悪い。


 しかし気持ち悪いと思う事と、は別だ。


 ――これだけ執着するガキなら、あのウサギも執着するだろ。


 本来、転移者にとって鬼門といっていい場所に来たのは、それを確かめるため。


 気持ち悪さから来る苛立ちを抑えて、御為ごかしする余裕すら生まれる。


「それだけ心配してるのなら、戻ってきてくれるよ。その時、ちゃんと謝ろう」


 しかし口にした言葉は、別の気持ち悪さを催してしまう。


 ――こんなの、怜治れいじ坊ちゃんがいいそう。


 今日、裏切ってきた相手だ。


 ――いや、裏切ったんじゃなく、だけなんだけどね。


 嘲笑が、少し気持ちを変えてくれる。そして生まれた余裕は、晴こそ怜治が出しそうな言葉で釣れる事を感じ取らせた。


 晴は涙でくしゃくしゃにした顔を上げ、


「謝っても許してくれないかも知れない」


「でも、謝らなくちゃ。許してくれなくても、謝らなきゃ前に進めないよ」


 出したのは怜治にいわれた言葉だった。鳥肌が立つ感覚に襲われるが、晴が「うん……」と鼻をすすり上げて答えた事で、シェイプシフターは仕事の仮面を被れる。


「じゃ、またね」


 晴の頭をポンポンと撫でて茜家から離れるシェイプシフターは、ポケットからスマートフォンを取り出す。


 ――さて、そろそろヤーサンと連絡を取りますか。


 シェイプシフターの計画は、こうだ。


 ――まず、適当に男を引っかけて、ヤーサンに捕まる。


 昨日の今日であるから、もうヤクザも容赦しまい。シェイプシフターを縛り上げ、ケジメを取らそうとするはず。


 ――怜治坊ちゃんか、主税ちからに連絡しろと要求する。


 詰め腹を切らせるために呼び出すのは、怜治の方。


 ――怜治坊ちゃんは来る。絶対だ。


 あれだけの事をされても、怜治は来ると確信している。


 ――のこのこやってきた怜治坊ちゃんは、ヤクザの餌食。そうなると、主税はどうするかな?


 思い通りに行くはずだ、とシェイプシフターは確信を持っていた。他の事ならば兎も角、怜治や主税、それに晴やホシなど、青臭い事が大好きな甘ちゃんである。これは過小評価ではなく、客観的評価なのだから、シェイプシフターの計画は、この程度でも成功する確率は高い。


 スマートフォンを立ち上げ、これからやる事を好む者御用達のアプリを立ち上げる。


 ――誰でもいいから、会える人いませんか? 友達とケンカ別れして、今夜も寝るところがありません。


 文章は思いついたものをそのまま書く。美麗だの優美だの、そんな文章を求めている者がいるようなアプリではないのだから。


 思いつくまま、誤字も脱字もそのままに書く。


 ――さて、さて……?


 ヤクザのケジメを取らされた後、追いかけてくるであろう主税を茜家まで誘導できれば……?

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