第5章「窓際にて」

第26話「聖銀竜と盟友と」

 暴虐竜シン討伐の功績は、ヴァンドール・バック・ヴァンに勇者の称号が与えられた点を見ても、パーティの中心人物に集中して見られる。


 しかし誰が最も貢献したかといえば、シンに匹敵する聖銀竜マリウスと契約した召喚士・プレオだ。


 プレオには名字がない。


 それは彼女の出自が低い事を意味し、故に最大の貢献があるにも関わらず、端に寄せられてしまった。


 とはいえ、彼女は自らの身の上を嘆いて暮らした訳ではない。



 シンがいった「マリウスは頼れるダチを作った」とは、プレオの事だ。



 人間の数十倍ともいわれる寿命を持つドラゴンの上位種であるエンシェント・ドラゴンは、それこそ無限といっていいと時間を生きる。


 その時間を生きる仲間を指して、マリウスはいった。


「だらだら生きている竜が多いのです」


 少しばかり自嘲も混じらせるのは、マリウスもだらだら過ごす時間が多いと自覚しているからか。


「人間を下等と見下し、動物をエサくらいにしか思っていない竜よりも、実は人間の方がずっと立派な暮らしをしていると思う事も度々です」


 プレオはマリウスにとって、最も接しやすい話し相手だった。


「人間は、食べていくだけでカツカツの人も多いけど……」


 機械化されている訳でもない農業は、土地の広さに反して収穫は上がらない。日の出と共に起きて仕事し、日没と共に寝る生活は、プレオから見て充実の日々とは思いがたい。


 しかしマリウスはいう。


「それでも、ですよ。兵士はよく決して負けられない戦などといいますが、実のところ負けてもどうにかなるものです。国が滅んでも、本当に価値のある国は再建され、その再建は畑仕事や商人、ものを作れる職人などが大切でしょう? そして、そういう日々を生きている人こそ、本当に負けてはならない人生を歩み、そして事実、不敗だから生きている訳ですから」


 マリウスは、プレオだから力を貸す気になった。世間は勇者ヴァンドールを称え、尊敬の眼差しを集めるが、マリウスは武器よりも農作業の道具を握っている時間が長いプレオだからこそ手を貸したのである。


 マリウスにとって兵士とは、日が東から西に移動している様を眺めているだけで一日を浪費してしまう人間に見えてしまう。


「私も嫌みな性格ですからね」


 だからそう思うのだろう、とマリウスは苦笑いしていた。


 兵士といっても、たた武器を手に戦うだけの存在ではない。農業兵という兵科もあり、軍への食糧供給や農業技術の向上を目指す部隊も存在する。マリウスも彼らの事を一括りにしたくはないのだが、小馬鹿にしそうになる時は、「兵士」と一括りにしてしまう。


 戦う事しか能がない人間、と嘲笑を浮かべてしまうと、マリウスは思い出す顔がある。


「そういえば、シンがお馬鹿な事をいっていた時がありました」


 シンだ。


 寝たいときに寝る、食いたいときに食う、行きたいところへ行きたいときに行く、を明言している暴虐竜は、縄張りに関しても執着がなかった。


 だが、ある日、我が物顔でシンが根城としている火山の上を飛んでいる飛龍に対し、こういった。



 ――今日は暇だからお前を倒す!



 ドラゴンは声というよりもテレパシーで意志を伝えるため、遠く離れているマリウスにも聞いたのである。


 思わずプレオも吹き出してしまう。


「暇だからって……」


「お馬鹿でしたねェ。お馬鹿で、しかし私は、今でもシンを憎めません」


 火山の噴火などの原因だと思われていたシンを討つのは、人間たちには当然の選択だったとも思う。プレオのような貧農にとっては、自然災害は死活問題でもあるのだから。


 ――シンを討ったところで、災害が止む訳でもありませんが。


 それを知っていても、マリウスは友人の為に協力した。プレオと契約を結び、ヴァンドールに牙の剣と鱗の盾を与え、シンを討つ。


 良いのか悪いのかは不明。討つ――つまり殺す事の善悪は竜と人とで異なるため、この判断も一本の物差しで測れるものでもない。


「趣味らしい趣味がない竜が多いですからね」


 シンも無趣味派だった。


 それに対し、マリウスは――、


「それよりもプレオ。またをしませんか?」


 子供の遊びが趣味である。


 しかしナゾナゾといっても、プレオには厳然とした拘りを加えると、これがないないに難しい。


「いいですか? いつもの通り、人間の言葉でも、またプレオの国以外の言葉でも、そして竜の言葉でも意味が通じなければダメです。駄洒落など、答えではありませんよ?」


「はい」


 プレオは頷き、「では私から」と先手を取る。


「お茶会には絶対に呼ばれるのに、お水しか飲ませてもらえないかわいそうな人は誰?」


 どの国の言葉でも通じるナゾナゾだ。


「ははん」


 マリウスはくすりと笑う。


「ポットです」


 茶会には絶対に必要で、湯を沸かさなければならない。しかしお茶を飲む事はできず、水を入れ、沸かすだけ。


「はい。正解です」


 プレオが笑顔で返すと、次はマリウスの番だ。


「では、立つと高くなるけれど、座ると低くなるものは何ですか?」


 そのナゾナゾを出したのは、マリウスがシンを思いだしたからだろうか。


「天井です」


「そうです」


 天井とは、シンが最も嫌ったものだ。洞窟を塒にする魔物が多い中、シンは洞窟どころか木陰に入るのも嫌う程。


 シンがいなくなった今、その理由は分からないのだが、マリウスはこう思う。


「おや、鹿の親子が来ましたね。あの親子もいい。動物たちは、生きているだけで満足を得られる」


 シンは、多くの動物たちを見ていたかったから、天井のある場所を嫌ったのだろう、と。



「自由とは、そういう事かも知れません」



 人間は生きているだけで満足できず、愛や名誉や金を欲しがる。それはドラゴンも同じ部分が多くあり、それらは優越感に根ざした欲望のようにも思う。


 自由を愛しているといった暴虐竜は、動物たちに自分よりも雄大な自由を見ていたのかも知れない。


 ***


 はなぶさ すばるは、そんな前世の夢を見ていた。


 召喚士プレオも、今は現代日本に住む中学生である。

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