第25話「青い目の竜」

 決着が近づいている事を感じさせられる光景であるが、安全な車内で見ているシェイプシフターにとっては退屈な時間である。


 ――バカ犬に、脳筋め!


 それは決して口にはしなかった。


 口にはしなかったが、もう隠そうともしていない顔は、ホシが見ている。


「ところでさ、お姉さん、何やったの? ウォーロックも元が人狼だからね。人狼は群れに何かしないと襲ってこないと思うんだよ」


 後部座席に座っているホシは、シェイプシフターの返事など聞くつもりもなかった。ウサギに変わったホシをあなどっている事で、転移者である事にも気付いている。


「表へ出ろよ」


 圧力を操作して箱バンのドアを開けると、ホシはシェイプシフターの身体を社外へ吹き飛ばす。


 地面を滑走するのだから、ただの女子高生ならば大ケガを負うところだが、シェイプシフターは違う。


いたたたた……」


 顔こそ大袈裟に顰めさせるが、それだけだ。変装するためだけに被っている皮膚は、傷が付いてもそれに伴う流血が少ない。


 当然、主税ちから赤星あかぼしの目が向けられ、シェイプシフターは眉をハの字にする。


「あーあ、失敗したか」


 実に軽い答えは、主税に対する挑発だ。万全の状態であればウォーロックに勝てるはずもないシェイプシフターだが、鬼と戦って消耗した状態であれば勝機も皆無ではないからか?


 ――鬼もウォーロックも無傷じゃない。ここは切り抜けられる。


 逃走ならば更に確率が高いというのだが、ここには一人、無傷の者がいる。


「おい、見逃さないぞ」


 ホシは殊更、ゆっくりと車から降りてきた。子ウサギの身体では肉弾戦では、それこそ子供にも負けるだろうが、魔法に関しては別。


「ふーん」


 しかしシェイプシフターは涼しい顔。


「そういえば、元ドラゴンだったけ? あんた」


 涼しい顔に、また歪んだ笑みを貼り付ける。


「ここ、何で私が選んだと思う? ウォーロックと鬼が戦いやすいように? そんな気遣きづかい、する訳がない」


 シェイプシフターはククッと笑い、態とらしく肩を竦めた。


「さぁ、そろそろ来るんじゃない?」


 肩を竦めて浮かべるのは、勝利の笑みだろうか。


 そろそろ来る――その言葉に反応するかのように、シェイプシフターの背後――何もない空に亀裂が走った。


 空間を操る魔法に、ホシが目の色を変えて怒鳴る。


「オニ、こっち来て! ウォーロックも連れてくるんだ!」


 召喚魔法に代表される空間に作用する魔法は、最上級である。しかも術者が召喚するというのなら、召喚される者の協力も得られるのだが、自分自身を空間を超えて移動させようとなれば、その難度は召喚魔法を上回る。


 ――誰が来る……?


 ホシも心当たりはないが、シェイプシフターが勝利を確信してもおかしくない相手であるのは確かだ。


 決して小さくない、赤星や主税でも通れるくらいの亀裂であるのに、そこから除いたのは目のみ。


 ネコの様に縦長の瞳孔を持つ青い目は、ホシを一瞥いちべつした。


「浅ましい姿をしているが、貴様は古竜……エンシェント・ドラゴンか」


 青い瞳の言葉に、ホシも理解する。



「お前も、ドラゴンか!」



 ホシの声にある驚愕に、青い目のドラゴンは笑うように、その目を細めた。


 ドラゴンはシェイプシフターに絶対の自信も与えているのだろうが――、


「さぁ、あいつらを!」


 殺せというのだろうが、亀裂から伸ばされたドラゴンの手は魔力の光りを点すのではなく、またホシたちへ向けられもしない。


「なッ!?」


 シェイプシフターを掴んだのだ。それも骨も砕けよとばかりに、強い力で。


「お前は、間違った。分を弁えろ」


 シェイプシフターなどという、ドラゴンから見れば取るに足らない存在が鼻で使っていい訳がないとばかりに。


「――」


 シェイプシフターからは、いい訳の言葉も出ない。ただ不愉快な音を立てて、その姿を崩していくのみ。


 ドラゴンはいう。


「シン」


 暴虐竜の名前。


「お前たちとは、まだ争いたくはない。ここは借りを返しておく」


 それはホシの運が良かったのだろうか? 悪かったのだろうか?



 恐らくは両方。



 ドラゴンがいう借りとは、怜治の事だ。ヤクザの銃弾に貫かれた怜治れいじは、眠ったような姿で主税の前に現れたのである。


「怜治……怜治!」


 主税の呼びかけに、怜治は静かに目を開けた。


「主税くん……」


 返事をした怜治を、主税は抱きしめた。


 ***


 誤解が解ければ、赤星に戦闘続行する理由はない。そしてオニは元来、温厚な性格であるから、怜治の存在は赤星の気分を一転させるに十分だ。


 解決である。


 ただしホシは、茜家に戻ってきて尚、渋い顔。


「でもなぁ」


 帰ってきたが、家出していた事はばつが悪い。


 晴が謝れば許してやるなどとうそぶいているが、それができる性格ではないのだから。


 県道に停められた車から出られずにいるホシへ声を掛けたのは、赤星ではなく怜治だ。


「よくわかってない部外者がいっちゃダメかも知れないけれど――」


 声と共に向けるのは優しい眼差しで、


「謝らないと。自分から」


 それはシェイプシフターが「怜治ならいいそうな言葉だ」と、晴にもいった言葉だ。


 そしてホシも、晴と同じ事で不安になる。


「許してくれるかなぁ……?」


 ただシェイプシフターと違うのは、心から怜治はそう思っている事だ。


「許してくれなくても、謝らなきゃ前に進めないよ。きっと――」


 晴と会った事はないが、人を絶対に許さない相手は誰かを攻撃せずにはいられない弱い者である。


「許してくれる。その子は優しい子だから、君はそんなに悩んでるんだろう? 優しい子は、強いよ。強い子は許してくれる」


 ホシがここまで思う相手が、他人を許せない程、弱い相手であろうはずがない。


「……そうだね」


 そういうと、ホシは箱バンからぴょんと飛び降るように降りた。


 県道から市道へ入り、茜家の勝手口へ――、回ろうとしたところで聞こえてくる晴の声。


「あー!」


 叫ぶが早いか、兵も飛び越えんばかりの勢いで庭から出てくる。


「ホシちゃん! ホシちゃん!」


 ホシの返事など待たずに抱き上げる晴は、驚いて目を白黒させてるホシの耳元でいう。


「ごめん! もういなくなっちゃヤだ! ごめんなさい!」


 耳のすぐ横でやられるのは堪らないが、ホシの顔につく晴の涙に顰めっ面ができるホシではない。


「ん……、僕もごめん。また一緒におやつ食べたいよ」


「あるよ! お母さんが、今日はプリン作ってくれてるんだ。ホシちゃんには、ボクのアイスクリームを載せてあげるよ」


「なら、半分こして食べようか」


 このやりとりで終わらせられるのが、ホシの幸福である。

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