第12話「愛しき邪悪」
辻斬りなどと時代錯誤なギャグにしか聞こえない通り魔のニュースが全校朝礼で伝えられ、今日から集団登下校になると告げられた事が切っ掛けである。
坊主頭の男子児童は、面白おかしくいった。
「
全校生徒300人程度しかいない小規模校での糸浜小学校では、昼休みのドッジボールは学年の枠を超えて集まる。
昼休みの終了と共に、教室へ帰る道々に出て来た話題だ。ドッジボールの興奮冷めやらぬ中だったからこそ、ヒートアップして出してしまったのかも知れない。
兎に角、誰か一人がいい出せば、ガラの良くない漁師町を含む地域の子供たちである。
「変態だって女子に嫌われてるしな」
口々に、本人が聞いたら怒り出しそうな事を平気でいい始める。
「本人は、フランスの俳優……なんだっけ? ま、いいや。俳優に似てるって思ってんかも知れないけどさー」
クルーカットの痩せ型に、無精ヒゲが浮いた顔、丸めがねと、意識していないといったら嘘になるような風貌の谷守だが、児童からの評価はこんなものだ。
「でも、剣道のタツジンなんだろ?」
これも事実、四段の腕を持っているが、児童にとっては剣道の腕など凄い内に入らない。
「変態のタツジンじゃねーの?」
笑いが起こる。
「ああ、6年の女子のパイ揉み事件な」
谷守が変態といわれ始めた事件だ。児童を
「そうそう。あと運動会の時、女子のとこばっかり動画で撮ってな」
もう一人が4Kカメラを構えるような手付きで、膝下に構える。
「ローアングルでキメキメ。すげェエロエロ」
笑う。
笑う。
笑う。
「怒られるぞ~?」
それすらも冗談めかしている。
「お尻ペンペン? やったー! お尻、触っちゃった~!」
怒られようとも恐い存在ではないのだ。
「……」
そうやって笑いながら校舎へ消えていく児童達を見る目がある。
慶一だ。
――谷守先生?
しかし気になっていても、そこは転生元の記憶を持つが故に馴染めないのでは、詳しい話は聞けないが。
――可能性はあるか?
谷守の情報を、慶一は殆ど持っていない。担任でもないのでは直接、情報を得られる訳ではなく、また無差別に情報を集めたのではネットの放言ばかりになってしまうため、精度もスピードも遅くなる。
――谷守先生は剣道四段っていうけど……。
異世界で勇者の称号を得ていた目は、この際、慶一の判断を邪魔してしまう。初段で人をひとり斬れる腕があるといわれている。そういう意味では、谷守には人を斬り殺す腕があるという事になるが、凶器が一般的な日本刀だとすれば重量は1キロほどとしないに比べれば格段に重い。
――重い武器を自由自在に振るえる?
そんな風には見えない。若い頃、胃に穴を開けて手術したという谷守は痩せ型で、筋肉質という訳ではない。
――振れないだろ。
慶一は同じく剣を得物にしていた経験から無理だと判断するが、致命傷となったのは刺し傷だった。
何より転生者を狙った転移者が裏にいると考えれば、違う可能性が出てくる。
――けど、凶器が日本刀でないとしたら?
異世界から持ってきた武器であれば、こんな常識は覆ってしまう。製鉄技術は拙いとしかいいようのなかった世界だったが、現実にはない金属が山の様にあった。
――魔力の宿った金属……。
そういった金属は、刃を鋭くするには薄くしなければならない、ものを断とうとすれば重くしなければならないという制限から開放してしまう。
しかし慶一が自分を納得させるには、もう一つ必要だ。
――そういう刀を与えられたなら可能でも……でも動機は?
転生者と転移者とが争うのは赤女と黒女のせいだが、現地の人間が転生者を狙う動機は分からない。
考えながらであるから、慶一の足取りはゆっくりとなっていき――、
「おい、もう予鈴が鳴ってるぞ!」
慶一へ投げつけられる様に向けられた胴間声は、谷守の声であった。
ハッと顔を上げた慶一は小走りになり、「はい、すみません」と年齢不相応な言葉を口にしていく。
それは谷守が以前から気に入らなかった点なのだが、今は――異世界の刀を得た今は、慶一の言動は気にならない。
その代わり、慶一とすれ違う際、谷守は打ち震える程の衝撃があった。
――こいつか? 次の標的は、こいつだっていうのか?
視線は前を向いていたが、谷守の言葉は竹刀入れに入れて携行している刀へ向けられている。
――そうなのか? お前も打ち震える程、斬りたくなる相手か!
カタカタと小刻みに振るえている刀に、谷守は視線を落とす。それは自分が振るえているのかも知れないが、谷守にとっては些細な問題だった。
初めて斬った女よりも格上の転生者が身近にいた事と、それを斬る使命を帯びていると思っている事こそが重要である。
――
慶一には想像できなかった、谷守が転生者を狩る理由――。
それは谷守のプライドを邪魔するものに他ならない。
谷守の性格は単純に完結している。
自分は尊敬されべき存在であり、それは当然でなればならない、だ。
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