第16話「勇者の凱歌」

 谷守たにもりが決して認められない「慶一けいいちに劣っている点」は、時間と共に差を詰めてくる。


 原因は体力だ。


 武器の貧弱さを能力でカバーするという方法を取っているだけでなく、経験してきた戦いの違いも出る。


 確かに慶一は異世界で実戦を経てきたが、それで身についたものは個人の強さだ。


 対する谷守が身に着けている剣道は、有効打突面の存在や、非致死性の竹刀を使用するといった、実戦からかけ離れたが存在しているが、それは強くなるための体系が存在するという事でもある。


 技術体系が根底にあり、そこに機微と機転を載せている谷守と、機微と機転を根底に持ち、それを兎に角大きくしてきた慶一の優劣は、本来はない。


 しかし転生した事により、十歳まで後退している慶一の機微と機転は、時間と共に減少していく。モンスターとの戦いでも、何十分と戦い続けるのは有り得なかった。大人の時でも、一時間が精々。


 ――今の俺じゃな……。


 慶一が押し負け始めたと、否応なく自覚させられる。


「どうした? 武器に送る気がなくなれば、お前などただの柔らかいガキだ!」


 武器に気を通して強化する必要のない谷守の目が、厭らしい輝きを強めていく。


 策に溺れたなと嘲る様な目には、慶一もホシも反論ができない。


「うー……」


 割り込むに割り込めない狭さは、ホシを歯軋りさせた。


 今のホシに執れる手段は限られている。


 ゴブリンをたおした魔法だけだが、その魔法を接近戦を演じている中に放り込むのは躊躇ためらいが生まれていた。


 ――ケガもダメなんだよ!


 ケガを負わせたのが自分などとなってしまっては、それこそホシにとって本末転倒。


 躊躇いは2対1にできる状況を1対1にしてしまい、時間と共に状況を悪化させていく。


「くッ」


 歯を食いしばらなければならない状況であげた慶一の小声。



 それは自体の破綻を示す。



 気のコントロールを誤った慶一の得物が切断される!


「ハハハハ!」


 谷守の笑いは必勝の笑みか。しかし慶一は隙を突いて、魔法の光を手に点す。


「火を!」


 この至近距離ならば外さないが、今の慶一の魔法は必殺ではない。


 ――まず、逃げろ!


 稼いだ時間で間合いを広げる慶一だが、その手に残っている得物は、掌ほどの長さしか残されていない。


「もう諦めろ」


 魔法に焼かれた顔を拭う谷守は、もう決着がついているといいたい口振り。


 ――空木うつぎは斬る。俺はさらなる高みに達せる!


 だが谷守の思考を切り裂く魔法が来る。


「まだ手はある!」


 ホシだ。


 しかしホシが操った魔法は、谷守を切り裂く風ではなく――、


「慶一、武器を取れ!」


 慶一の鞄から現れるのは、宗一が作った慶一のエアーソフト剣。風の魔法がエアーソフト剣を戦闘態勢にした。


「!」


 慶一は手を伸ばし、柄の左右から刀身を伸ばすエアーソフト剣を掴む。ただエアーソフト剣はモップよりも貧相に見えてしまうが。


「学校に、オモチャを持ってきていたのか」


 谷守は刀を両手持ちにし、真っ向唐竹割りにしてやると振り上げた。


 オモチャ――確かにそうだろう。鞄に入れっぱなしにしていたのは、武器として期待していた訳ではなく、晴との友情を思っての事。


 しかし手にした慶一は、背筋にゾッとするものが走るのを感じる。


 ――何だ? これ!


 気を通そうとしたエアーソフト剣は、恐ろしい程の適正を示す。


 ――暴虐竜シンを討った剣に匹敵する!?


 竜の牙を鍛え、磨き上げた剣に比肩したのだ。柄の左右から伸びる刀身に、ハッキリと分かる程の赤い輝きを放つくらい。


 それは明らかに谷守の刀を凌ぐ武器になっている。無論、谷守に認められるはずがないが。


「そんなオモチャが、我が神器名剣を……!」


 認められない感情、見下したい欲求が谷守の声を震わせるのだが、今まで見ている事しかできなかったホシがカッと口を開く。


「当たり前だ!」


 勇者とは勇気を持っている事を示す称号であって、戦う事に優れた者を示すものではない。


 そして宗一が仕上げたエアーソフト剣は殺傷力を持たないが、真剣勝負に挑める武器である。



 勇者の力に共鳴させるならば、例え聖銀竜の牙で作られたとしても、傷つける事を主眼とした武器よりもエアーソフト剣の方が向く。



小癪こしゃくなぁ!」


 谷守の怒鳴り声を、慶一は古くさいと思った。


 振り下ろされる谷守の刀へと、慶一も真っ向から切り上げを仕掛ける。


 赤い閃光は、夕日へと向かう陽光を反射する銀の欠片に変え、


「ッッッ!」


 歯を食いしばった慶一は、谷守の頭上へと打ち下ろしに転じさせた。


 ***


 勇者の一撃は命を奪わない。


 通り魔が小学校の教員だった事は衝撃的に報道されたが、最も大きく報じられたのは、その小学校に通う男子児童が取り押さえた事だった。


 当然、翌週の公民館でも晴が待ち受けていて、


「お兄ちゃん、すげー!」


 興奮した様子で飛び跳ねながら、どうやって倒したのか聞こうとする。


 だから慶一は苦笑いするのみ。


「たまたまだよ。本当は、立ち向かわずに逃げなきゃダメだったんだから」


 晴が真似すると困る事ばかりだ。


「でも、すげー。どうやったの? 必殺技?」


 そんなものがある訳ではないのだが、晴が慶一にばかり構っていると面白くないのがホシである。


「必殺技、必殺技」


 コクコクと頷くのは、慶一をどうにかして困らせてやろうという構え。


「あの技、ナイツ・インパルスな!」


 小癪なといった谷守を古くさいと断じた慶一のセンスによれば、この名前も特撮ヒーローの必殺技――それも、どちらかといえばレトロなタイプ――だ。


 しかし晴は「う?」とホシを見下ろして、


「ホシちゃん、僕より先に見たの!?」


 やぶ蛇である。あの日、幼稚園から帰ってきてもホシの姿が見えなかった事も思い出すと、晴はただただ不機嫌に変わっていく。


「ずるい! ずーるーいー! もう、今日のおやつはお兄ちゃんにあげる分にするからね!」


「何でだよー! 僕のクッキーは僕のだよ!」


「ダメだかんね!」


 一際、賑やかになった二人に向かって、勇者は笑った。 

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