第6章「大好きなハルくんの傍にて」
第34話「台風の夜に」
結局、死者もけが人もなし、ボヤ騒ぎしか起こせなかった
中学生が担任を射殺したという事件は、寧ろ大きい。
魔法を使ったため放火の証明はできないが、
しかし宣子が思っていた通り、ネット上の放言は放火も宣子の犯行とされている。
丈雲中学校は、現役教師が通り魔事件を起こした糸浜小学校と同じ校区なのだから。
ネット――愚者の核兵器は荒れに荒れてくれた。転移者にとっては望む通りに。
――当たり前だろ、今更。
――自分が悪くたって人のせいにするような県の端っこだから。
――そもそも視野が狭い人多いよね。すぐ悪口三昧。ズレてるのに「自分は悪くない」としたり。
――色んな意味で、東京の15年から20年前って感じなんだろ。
――古いというか、進歩がないというか、何もなさ過ぎるというか。
転移者が目指す黒女の願い。
この世を滅ぼす。
その目的へ向けて、青い目のドラゴンはいう。
「ただ国家の威信を粉砕し、人を根絶やしにするだけなら、暴力を用いれば良いだろうが、それでは女神の望みは叶うまい」
そうなった国ならば、転移する前の世界でいくつも見てきたし、実際に自分が手を下した事すらある。
だが滅ぼされる度に、人はまた集まって町を作り、国を復興させていった。畑に塩を撒き、七代に渡る死の呪いをかけようとも。
そんな中、国が完全に滅んでしまった例を、青い目のドラゴンはひとつ知っている。
「国が二度と興らなかった時は、その国が復興させるに値しなかった時だけだ」
その国に、またそこに生きる人間に価値がないと切り捨てられた時、国は完全に滅んだ。
今、ネットで沸き起こっている論争は、価値がないと煽るものが大勢を占めてきている。
青い目のドラゴンは、笑うように目を細めた。
「そろそろ――」
開いた口は、炎のように赤い。
「そろそろ動こうか」
それが意味するところは、ひとつ。
暴力である。
青い目のドラゴンに、多くの魔物たちが傅いた。
***
夏へ本番へと向かう季節は、本来、台風が多い季節ではない。ましてやホシが住む町は、台風被害が少ない事で知られる県である。
テレビに映っているニュース映像を見ながら、
その横で並んでいるホシには、多少の知識はある。
「台風だね」
ホシがシンだった頃に棲んでいた火山も、台風の通り道になっていた。それでも雨台風よりも風台風が多かったため、ホシも今、テレビに映っている景色は珍しいが。
晴もホシと同様にワクワクした顔をして、
「たいふー?」
「台風。雨と風が凄いんだ。ハルくんくらいだと飛ばされちゃうかも?」
含み笑いをするホシは、身長110センチをやっと越えたくらいの晴なら、台風の風で宙を舞うと冗談めかしたのだが、晴は晴で違う解釈をする。
「ならホシちゃんも大変だ! 隠れなきゃ!」
晴が110センチをやっと超えたくらいならば、ホシは20センチに満たないのだ。体重でも、晴が17キロ程度なのに対し、ホシは1キロを切っている。
「大変だー! お母さーん!」
ホシを抱きかかえ、晴が夕方の営業を開始した食堂へ走って行く。
「お母さん、台風でホシちゃんが飛ばされちゃうよー! お母さーん!」
ホシを振り回す勢いで身体を揺らす晴だったが、この時、由衣はそれどころではなかった。
夕方の営業時間だからという訳ではなく、その台風のため、避難準備をしていたからである。
「今、避難する準備してるから、今夜はお祖父ちゃんと、ホシちゃんと、ハルくんとお母さんとで、小学校へ避難しますよ」
由衣は保存の利く料理を作り、それをタッパー詰めにしているところ。しかしタッパーに弁当となると、晴には避難という聞き慣れない言葉よりも思い浮かべる言葉がある。
「おお、キャンプ?」
「違います。避難。水が来たら危ないから、学校の体育館に行くんですよ」
深夜前に最も風雨が強くなるという予報であるから、宗一と晴をおもんぱかれば避難という選択肢が正解だ。
そして同じ避難地区なのだから、由衣は晴が喜びそうな名前をいう。
「多分、
慶一と昴も来るだろうといわれると、晴にとって避難はキャンプかお泊まり保育だ。
「わーい! お母さん、クッキーも作って。マーマレードも持っていこう!」
晴のマイブームであるカナッペ風の食べ方は、こういう時の軽食にも向く。
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