第2話「暴虐竜のこれから」
自分の全てが拡散していく様な感覚に襲われるのは、シンが死を迎えたからであろうか。
だが全てが消滅すると自覚した時、シンの耳に届く声があった。
「シン」
名を呼ばれた方を向くと、一人の女が。銀色の長髪と、色素のない白い肌、そして赤い目が特徴的だった。黒一色の、華やかさに欠ける服装であっても尚、感じさせられる妖しい色気は、いっそ神々しさすら感じてしまう。
その女は椅子にでも腰掛けた様な姿で宙に浮き、シンへと目を細めて笑いかける。
「酷い目に遭ったわね」
シンと勇者一行の戦いを一部始終、見ていたような口調だった。
しかし当のシンは、ただ一言――、
「あ?」
いや一文字。
酷い目に遭った――その自覚がシンにはないからだ。
自分が死んだという自覚はあるが、シンにとっては本当にそれだけである。
訪れた沈黙は長いとは言い難かったが、女の顔から微笑みを消すには十分だった。
「殺されたでしょう? それも、ドラゴンというだけの理由で」
シンが勇者に討伐された理由は、火山に住むドラゴンだったから――と単純な理由から。火山の噴火、それによって引き起こされた天候不順と不作といった、本来、火山活動に伴う天災を、ドラゴンの仕業と判断されたためだ。
「そもそも、あなたは火竜じゃないのに、酷い話じゃない?」
そして確かに、シンは火竜ではない。シンが操るのは炎ではなく風である。
「殺される様な事は、何一つしていない。そうでしょ?」
女の顔に微笑みが戻った。
微笑みと共に告げるのは、正しく悪魔の取引。
「人間に、復讐してやりたいとは思わない?」
女には、シンにもう一度、命を吹き込む力があった。
「あなたが思いのまま、存分に力を振るって人を滅ぼすまで追い詰められる世界に移してあげる」
女は「どう?」と言葉を向けるも、シンは――、
「あのな」
その口調は
「俺に、悔しさなんてねェ。俺は卑怯な事をした覚えなんて一切、ねェもん。それに、卑怯な事をされてもない」
「4対1……ううん、4人と一匹対1なのに?」
女の言う通り、多対一は卑怯ではないのかという見方もあるが、シンにとっては違う。
「仲間を集められるのだって、そいつの実力だろ。殴る蹴る斬るぶっ飛ばすだけが力じゃねェよ」
シンにとって卑怯とは、姑息な技に走っているのに力の対決だと言い張る事のみ。多対一など問題ではなく、寧ろ罠を仕掛けたり、寝込みを襲って毒を盛るというような事のなかった勇者たちは正々堂々としている。
「マリウスだって、そういう奴らだから力を貸そうって気になったんだろ。それだって立派な勇者の力だ」
と、勇者に自分の牙と鱗を使った武具を与え、召喚士と契約した聖銀竜を思い出し、少々、シンは自嘲的になる。
「俺、ダチなんていないしな……」
孤高を気取って孤独になるのが、シンの性格だ。
「マリウスが頼れるダチ作ったってんなら、俺が何かいえねェだろ」
友達がいないから負けたというのは、最悪の言い訳ではないか。
「俺は負けた。言い訳なんてしようがないのに、仕返しもクソもあるか」
しかしシンが断言すると、背後からもう一人の声がする。
「暴虐竜と
誉めているのかいないのかわからない事をいっているのは、今、眼前にいる黒女とはある意味、対称的な赤い服の女。膝下まである丈の長いコート、その下には同じく赤いジャケットに、生成りのボトムという服装に、短い短髪という女は、シンを見遣って言葉を続ける。
「しかし悔いがないというのは些か惜しいですね。普通、今生の別れというのなら、何かしら思う事のある相手の一人や二人いるものですが」
友達すらいないのならば仕方がない――という雰囲気は、シンにとってこの上ない挑発である。
「あ?」
シンは不機嫌さを隠そうともしない顔を向けるのだが、赤女はシンの鼻先に顔を近づけ、
「私は、そんな純粋なあなただからこそ、頼みたい仕事があります」
しかし口にしている言葉は、黒女とよく似ているではないか。
「平和な世界、あなたに別れが惜しいと思える相手、それらを守ってほしい」
「断る!」
シンは即答だ。
挑発ならば乗る。
「俺は、好きな時に食って、好きな時に寝る。そういう自由を愛してんだ。自由に生きたんだから自由に死ぬ。俺以外の誰ができると思ってる!?」
そして挑発に乗る程、血を上らせた頭ならば
「殺すぞ!?」
その一言は、黒女が望んだ事だ。
「なら、やはり人に復讐する世界がいいのね」
しかし黒女が誘うように手を伸ばせば、シンはカッと口を開き、
「仕返しはしねェ! 俺の最後の戦いを汚すな! 俺は自由を愛するドラゴンだ。自由ってのは、自分で自分の責任を取るって事だ!」
そういえば、今度は赤女が手を伸ばしてくる。
「では、愛する自由のために、私の世界を――」
双方から向けられる声は、結局、シンの希望がどうこうでなく、どうにかして自分の方へ引っ張りたいという事ばかり。
「人間をどん底へ――」
「人の世界を守れる守護竜に――」
ステレオで聞こえてくる声は、兎に角、シンの意向など無視して進む。
「だー、うるせェ!」
シンは自分でも目一杯、叫んだつもりだった。
しかし赤女も黒女も聞き分けず、
「なら、引っ張ってでも連れていく!」
「ええ、こちらにね!」
最後の戦い、その最終局面で感じたのとは、全く違った感覚で、シンは自分が拡散していくのを感じた。
ただカンに障る二人の女の声が聞こえなくなった頃に聞こえてきた声は……、
「ボク、この子! この子がいい!」
幼い男の子の声。
「ふっかふか!」
そして抱きしめられた感触。
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