最強! ドラウサのホシ

玉椿 沢

第1章「始まりにて」

第1話「暴虐竜の最後」

 その炎の山にはドラゴンが棲む。


 雄大な外輪山を備えた巨大なカルデラ。


 その中央に陣取る火口が五つの岳麓を従える様は、ただ一言、雄大というしかない。カルデラに草原が広がっているというのも、ドラゴンというモンスターが棲むというおどろおどろしい言葉とは無縁なくらい。


 人は、この火の山に住むドラゴンを、こう呼ぶ。



 暴虐竜ぼうぎゃくりゅうシン。ドラゴンの中でも特に強い力を持つ古竜――エンシェント・ドラゴンだ。



 白い鱗に青紫の羽毛が草原の緑によく馴染むシンは、毎日を生涯最後の日であるかのように生きている。


 しかし食べたい時に食べ、寝たい時に眠るドラゴンも、今、最期の時を迎えようとしていた。


「耐えろーッ!」


 銀色の盾を構える勇者が声を張り上げた。それは仲間への激励というよりも、萎えようとする自分への知ったかも知れない。


 盾に宿る力が溢れ出し、勇者の背を支えるように伸ばされている仲間たちの身もシンのブレスから守る。


 力を宿しているとはいえ、古竜のブレスすらも防ぐものとなれば、シンも目を見開かされてしまう。


 ――ドラゴンの鱗を使った盾か!


 自分と同等以上の竜が力を貸したという事だ。


 そして盾だけでなく、剣も同じく特別製。


 ――剣の方はドラゴンの牙を使ってやがる!


 ブレスが弱まった途端に、紫電一閃、シンの鱗をものともしない斬撃が放たれた。そんな一撃はシンも舌を巻くほかない。


 ――強ェ。


 久しく感じた覚えのない痛みは。焼け付く様な感覚と共にやってくる。


 それでも人とドラゴンでは身体の大きさが違う。強力な剣には違いないが、それでも古竜の急所である逆鱗を貫かなければ決定的なダメージにはならない。


「距離を詰める!」


 勇者は剣と盾を構え、敢然と距離を詰めてくる。


 シンは小賢しいとは思わない。大抵のドラゴンは、人間をちっぽけな存在と見下す悪癖があるが、シンの認識では、眼前の勇者は人間ではなく手強いだ。


「おおおお!」


 シンは雄叫びを上げ、ブレスではなく爪で応戦する。


「ッッッ!」


 それに対し、勇者は雄叫びを上げるのではなく歯を食い縛って、シンの爪を盾でいなした。


 ――首の下だ!


 逆鱗が狙える位置へと、遮二無二、突き進んでくる勇者。


 それに対し、シンが直接攻撃に拘っていたならば、或いは剣の切っ先が逆鱗を貫くこともあったかも知れない。


 しかしシンは早々に見切りを付けた。


 攻撃を止め、上空から背後へ回り込もうと羽ばたくが、その様子に勇者の仲間は叫ぶ。


「逃げる!」


 ――逃げるか! 嘗めるなよ!


 退避も回避もするが、逃避と逃走は今までもこれからもする気がないのがシンである。


 その叫びがどういう意図で放たれたものかは誰にも分からないが、苛立ちがシンの動きに一瞬の躊躇を加えた事が契機となった。


 逃げる、と侮られたような言葉に停止したシンは、召喚の呪文を聞く事になる。


「天空にいまし星雲の王女、銀は鉄の力で我が契約を果たせ!」


 シンが視線を落とすと、ムチを構える女が一人。


 ――召喚士か!


 そう思った次の瞬間、シンは背にのし掛かってくる重さを感じた。


 シンが背へと目を向けると、そこには見知った顔がある。


「聖銀竜マリウス」


 シンと同じ古竜だ。そして召喚されたという事は、もう一つ、繋がる。


「お前の鱗と牙か!」


 勇者が手にしている剣と盾は、このマリウスの牙と鱗から作られていると察するのは容易な事。


 マリウスは――人から見れば表情など分からないが――無表情のまま、シンの身体を押さえつけた。


「義によって助太刀します」


 マリウスと勇者たちの間に何があったのか、そんな事はシンも知らない。


 シンにわかる事は、マリウスにのし掛かられたまま上昇して急襲するのは不可能という事。


 そしてマリウスは、ただのし掛かるだけでなく、押さえつけようとしている。


 ――さて、どうしてやろうか!


 これはシンも小賢しいと思った。


「そう簡単に、地面に引きずり下ろせると思うなよ!」


 急上昇はできないが、そのまま地面に引きずり下ろされ、勇者に必殺の一撃を放たれるような事は抵抗する。同じ古竜とはいえ、男のシンと女のマリウスでは、体格に分があるのはシンの方だ。


 必死のシンは、そこでもう一度、潮目が変わった事を告げる声を聞く。


「いいや、勝機はあるぞ!」


 シンの目には、勇者の仲間が張る巨大な結界が映った。人間が使える魔法の中では、最大級の強度を持つもので、シンの爪や牙、ブレスでも防げるという代物。


 しかし結界は防御のために張られていない。


「結界の中に攻撃魔法だと!?」


 シンに頓狂とんきょうな叫び声をあげたせる程、奇妙な使い方をしていた。結界の中に有りっ丈の攻撃魔法を注ぎ込んでいる。結界の中に何があるという訳ではなく、炸裂している攻撃魔法は結界の外には一切、漏れていないのだ。


 マリウスに抵抗する事だけは止めなかったが、思考を停止させられてしまう。


 その停止こそ、勇者にとっては勝機。


「やりなさい!」


 マリウスの声に勇者が頷く。


「お終いだ、暴虐竜!」


 剣を持ち直した勇者は、その結界へと剣を投擲した。


 マリウスの牙で作られた剣ならば、その結界を穿つ事もできる。


 そして結界の中で炸裂し続けた魔法は、今、結界内を物質が存在できない程の高温にしており、そんな状態で結界に穴を開けられれば……、


「うわ!」


 結界の穴から一直線に吹き出した「魔力」は、勇者とその仲間が耳を覆って尚、激しい轟音をたてながらシンへと伸びる。


 それは純粋な破壊エネルギーだ。


「シン、さようならです」


 その魔力へ向かって、マリウスはシンを突き出す。


「!?」


 破壊エネルギーの直中へと放り込まれたシンには、感覚が消失していくという気持ち悪さが溢れ出してくる。


 勇者に断ち割られた傷は致命傷とはいいがたいものであったが、分類不能な破水エネルギーと化した魔力は、堅固な鱗に生じた傷にこそ殺到し、そこからシンの身体へ侵入してくる。


 その痛みは、痛いと感じる神経すらも破壊して突き進んでくるのだから、シンが感じるのは無限に膨らみ続ける喪失感だけだ。


 マリウスの言葉――さようならです――が、他人事のように聞こえるくらい。



 それが敗死というもの。



 いかなる軍隊をも退けられるシンを倒せるのは、勇者とその仲間たちだった。

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