第24話「重量級対決」

 箱バンに走行性能など期待できない。そもそも社用車である箱バンは、走る事よりも荷物の運搬性を考えて選ばれているのだから。


 何より赤星あかほしにも車を手足の様に扱う技術はなく、またバイクを振り切るだけでも難しいのが車という乗り物だ。


 主税ちからはバイクと同じくらい速く、そしてバイクよりも小回りが利く。


 サイドミラーやルームミラーで確認するまでもなく、赤星は背後から迫る主税を感じ取れる。


「あれはまずいよね」


 追跡してくる主税が、ただのウォーウルフではない。


 精一杯、背伸びして、座る位置も変え、ホシも主税の姿を見た。


「あれ……ウォーロックか!」



 ウォーロック――裏切り者という意味もある変異種である。



 月齢によって上下しない強さを、制約の多い狼の姿ではなく、人の姿で扱える存在だ。


 それは鬼に――赤星と互して戦える強さを持っている事を意味する。


 ――私とホシで、何とか……?


 最早、追いつかれるのは時間の問題であるから、赤星も腹を括るざるを得ない。


 その赤星の方をシェイプシフターが叩く。


「そこを曲がって下さい」


 シェイプシフターが曲がれといったのは、河川敷へと降りていく道。


 戦う以外にないならば、それ相応の場所へという訳だが――、撒く道でない事に赤星は違和感を抱く。


「それどころじゃないか」


 今は赤星も背に腹は代えられないという状況だ。戦うならば、町中は有り得ないのだから。


 河川敷に降りる。急ブレーキと急ハンドルで制動させ、追ってくる主税と真正面から迎えられる位置に停車させた。


 主税のスピードが緩んだのは、車が停車したからか?


 いや――、


「鬼か……」


 運転席から降りてきた女の素性を知ったからだ。鬼の強さは当然、主税も知っている。


 ただし警戒はしても逃げはしない。


 ――雅代まさよ


 主税にとって雅代は、もうシェアハウスの住人ではなく、崩壊させ、怜治を死に追いやった敵だ。


 犬と呼ばれた主税は、怜治を失った今、野良犬である。


 ――だが噛み付く相手は、選ぶんだよ!


 主税も黒女からこの世を滅ぼせといわれた転移者であるが、彼の気質は向かなかった。主を必要とする主税にとって、黒女は恰好の主であったかも知れないが、身の世に落とすだけ落として後は知らんとばかりに姿を見せない黒女は、主税を捨てた飼い主に過ぎない。


 主を失った主税がこの世界に馴染めるはずもなく、無為に過ごす事すら許さない世に追い詰められる日々に落ちた。


 救ってくれた怜治れいじは、主税にとって主人、親同然。


「お前を、殺す」


 ハッキリと出した言葉は、箱バンの助手席にいる雅代の顔をしたシェイプシフターに対して。


 シェイプシフターは、もう怯える演技などしていなかった。


 ――鬼とだったら、あんたでも無事じゃ済まないでしょ。


 戦力差を考えずに突っ込んでくる野良犬に、隠す嘲笑などない。


 ――それに鬼だって、ウォーロックと戦って無事で済む?


 シェイプシフターは共倒れの未来だ、と確信しているのだから、遠慮なく嘲笑してみせる。


 シェイプシフターの思惑など知らない、また背後にいる顔など見ていない赤星は、遂に主税との衝突を開始した。


「ッ」


 渾身こんしんの打ち下ろし。ただ握った拳を振り回すだけであるが、鬼という人知を越えた筋力を持つ赤星が、筋力と反射神経にモノをいわせるのだから、テレフォンパンチとはいえないレベルにある。


 しかし受ける側の主税もウォーロック。人狼の力を存分に振るえるのだから、これも反射神経でいなす。そして避けるといっても、力は後退どころか左右にすら動かない。


 回避は前進によって行う。懐へ飛び込むが、ただ突っ込むだけではない。


 迎え撃とうとした赤星は、一瞬、力を見失った。続いてやってくる衝撃は、死角から叩き込まれてきた。


「!?」


 蹈鞴たたらを踏んでこらえ、攻撃が飛んできた位置へ視線を――、


「ッ!」


 攻撃しようにも、もう主税の姿はなかった。主税は赤星の死角から死角へ、猛スピードで移動を繰り返している。


 死角からの攻撃は、正に狼の狩りだ。急所を貫かずとも、相手に傷を負わせて弱らせていく。


 しかし赤星は振り返るのを止め、両手を胸の前で構える。


「こういう攻撃なら、いくらやっても無駄」


 それは強がりではない。


「人狼が最速の魔物だというなら、鬼は打たれ強さに関して最強!」


 死角からの不意打ちであっても、急所を貫かない攻撃に意味などないという姿勢だ。


 ウォーウルフから進化したウォーロックの主税にとって、この言葉は何よりも挑発的でもある。


「強がりを!」


 つい口から出たにしては、この言葉は余計だった。戦闘では歯を食いしばるのは基本的な事。言葉を発してしまう瞬間は、どうやっても歯を食いしばれない。


 それを期待していた赤星ではないが、隙は突く。元より正面攻撃しかできない赤星は、跳躍一番、主税を頭上から見下ろした。


「そこか!」


 頭上から見下ろす事で死角をなくした赤星は、その長い足で跳び蹴りを放った。


 鬼が放つ超重量級の蹴りは、ウォーロックといえども膝をつく。


「いいや!」


 だが、すぐさま持ち前のスピードを活かして飛び退くと、赤星が身構える態度の間を置いて攻撃に転じる。


 地面を蹴る。赤星のお株を奪うかの様に放つ飛び膝蹴り。


「ううッ」


 それに対し、赤星は肘打ちで迎え撃つ。膝に対し、拳を放ったのでは硬さで負ける。膝に負けない攻撃といえば、肘しか思いつけなかった。


 ――真っ向から肘で受けるか!


 歯軋りする主税は、ウォーロックの魔力を発動させる。裏切り者を意味するウォーロックという言葉は、人と人狼の双方を裏切ったという意味になる。主税は人狼から誇りを捨てたと見なされる、人の使う魔法を身に着けた存在だ。


 だが魔力を足して尚、鬼の怪力は主税を上回っている。


 ――美波みなみ……あや……怜治れいじ


 主税は意地を魔力に変えて上乗せした。この鬼に恨みはないが、倒さなければ雅代を――皆の仇を討てないのならば倒す。


 その圧力に一瞬、赤星の膝が屈しようとしてしまうが、


「リィィッ!」


 食いしばった歯の隙間からうなり声を上げ、無理矢理、肘を振り切った。


 勇者が武器に通す気と同じく、鬼の気が込められた肘は主税の巨躯といえども吹き飛ばす。

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