第23話 一日目 夜 悪夢
「それは魔力を貯めておくための物だけど魔力酔いの予防にも使えるから。
小平太にも。」
クランヴェーネさんが小平太さんに向かって何か投げた。
片手で軽々と受け取る小平太さん。
「耳飾りかー、女性っぽくてちょっとな。」
受け取ったのはイヤリングらしい。文句言いつつすぐに着けている。
「緊急事態だ。我慢しろ。抵抗が少ないよう黒いのにしたから。それにトタには男が耳飾りする部族もあっただろ。」
「あー、ありましたね。」
わたしと先輩もイヤリングを着ける。
ん?なんだか体が軽くなった?
先生は厨房を見てきたようだ。
「コンロやオーブンの火が消えて魔力計も黒くなってる。外に出て、助けを呼ぼう。」
店内を照らす灯りがまだ消えていないのは蝋燭だからだ。魔力灯ならもう消えていただろう。レトロな内装へのこだわりがこんなとこで役に立つとは。
その時、わたしの近くのテーブルに座っていた居た男性がグラッと揺れた。意識を失くしてテーブルに倒れていく。
そこにはまだ湯気を上げる熱々のステーキがあった。
「うわぁ!!」
とっさにステーキを除けた。
ゴッ!
男性はテーブルに顔面を打ちつけてしまった。
「うわああああ!すみません!そんなつもりじゃ!」
突っ伏したまま動かない男性に慌てるわたし。
クランヴェーネさんが男性に近づいて見る。
「大丈夫大丈夫。ちょっと頭ぶつけただけ。火傷よりまし。」
小平太さんが頷いて言った。
「火傷って重度だと死ぬもんな。」
「お医者さん呼んで診てもらいましょ。」
先輩がわたしの肩を叩く。
うう、フォローされたけどなんか恥ずかしい。
とにかく外へと出る。
店の中と変わらない光景が広がっていた。
皆倒れてる。
火事や馬車の事故は無いみたいだけれど、人も馬も鳥も動けなくなっている。
灯りの消えた街を、出てきたばかりの月が照らしている。
悪い夢みたいだ。
道の真ん中に落ちていた小鳥を街路樹の根本へそっと置く。
「外の方が魔力が濃い。」
先生が辺りを見回しながら言った。
「そうなんですか?」
「ああ、エルフや魔族は魔力の臭いが分かるから。」
「臭いね、どこから来てるんだろ。調べてみる。」
クランヴェーネさんが手から蛍みたいな光をたくさん出した。あっと言う間に散らばって行く。先生も続いて蛍を出す。
「北を頼む、ワタシは南を。」
「はい。」
「それ、連絡用の魔術じゃないんですか?」
さっきは連絡に使ってたよね?
「見た目一緒だけど、今度のは目になってもらう。これなら魔力を視られるからね。」
「空気中の魔力が濃いからいつもより楽に魔術が使えるな。」
術に集中しているのか二人共無言になった。
普段忘れてるけどエルフだから魔術が使えるんだよね、先生。
人間は魔力が少ないから魔術はほとんど使えない。その代わりに魔動装置を使う。今耳に着けてるイヤリング『魔道具』だってアルギンスじゃ廃れた物だ。魔動装置が使われるようになる前は魔力石を使わない『魔道具』が主流だった。
「もうこれ、魔力酔いじゃなくて高魔力症だな。」
小平太さんが呟く。高魔力症は魔力酔いの重症版。ザクトガードのロドン山周辺でみられる病だ。
「かなり広範囲に被害が出てるみたいだ。意識のある人が見当たらない。下手に動くと危ないな。無事な所を見つけてからじゃないと。」
しばらくしてクランヴェーネさんが口を開いたが、出てきた言葉は信じられないものだった。
「広範囲って……じゃあ家や父の店も……」
先輩が青ざめる。家族のことが心配なんだろう。
先生とクランヴェーネさんが小声で短く何か話した。
「被害が出ているのは王都の八割の地区、まだ広がってる。無事な所も時間の問題。結界が魔力を王都の中に留めちゃってる。魔力を低く保つもののはずが皮肉だね。」
クランヴェーネさんが肩を竦めて言った。
思ったより
「魔力が出ている所を見つけたぞ、貴族街の西の端だ。ある屋敷から出ているんだが、魔力石があるのかもしれない。」
先生がそう言うと、先輩がハッとして言った。
「ザーツ子爵のお屋敷があるあたり?」
「あの魔力の車の貴族かい?魔力石の保管庫でも開けっ放しにしたのかな。」
「私達は、その屋敷を調べに行ってくる。三人は王都から出なさい。この状況を外に知らせるんだ。」
「小平太、二人を頼んだぞ。」
「待ってください!」
先輩が今まで聞いたことのない切羽詰まった声を出した。
「調べて、その後は?この状況を変える方法があるんですか?」
「それは調べてみないと……」
「それにっ、私達が外に助けを求めたとして誰がそれを信じますか!これほどの被害を想像できますか!」
そうだ、仮に信じてくれたとして先ずは調査の為に王都に入ろうとするだろう。被害者が増えるだけで、救出が進まないなんてことも……
「もしかして、外の人を呼んでも間に合わないから先生とクランヴェーネさんで何かするつもりですか?」
ふと、思いついたことを口に出したら先生とクランヴェーネさんの表情が凍りついた。
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