第2話 クライヴ

 少女が部屋から出ると目の前の友人は、私の顔を見て笑った。


「そういえば君も図書館に入り浸っていたね。」


「そうだったか?」


 友人はにこにこと笑いながら言った。


「そうだよ。君は司書さんたちに人気があったから閉館ギリギリまで居ることができたよね。他の生徒は三十分は前に出ろって言われるのにさ。だからボクは一緒に勉強してた。おかげで今は校長だ。」


 それはお前の努力の結果だろう、と言おうとした時マルグリット先生が衝立の向こうからこちらへやってきた。


「その頃のお二人を見てみたかったですね。」


 空いている椅子に腰かけるマルグリット先生に、待ってましたと言わんばかりの笑顔になる友人。


「見せたかったよ、大人気でね……」


「何か用があるから、呼んだのだろう?なんのためにこんな覗きのような事を?」


 余計な話が続きそうだったので、本題を話してもらおう。

 高度な魔術を使ってマノンという少女に私たちのことを隠して、彼女とマルグリット先生のやりとりを見せた理由を。

 入学したばかりの生徒相手になぜここまでするのか?

 彼女は、この部屋に衝立があることにすら気づいてないだろう。


「君に先生になって欲しいんだけど。」


「断る。」


「半年以上待ったんだから、話くらい聞いてよ!」


 こちらの事情で手紙を見るのが遅くなったせいだ。多少罪悪感がある。


「聞くだけだ。」


「この国の貴族のある派閥が奨学金を無くそうとしてるがあるのを知っているか?」


初耳だ。そんな動きがあるのか。


「知らなかったな。」


「奨学金廃止は、何度も一部の貴族によって議論の場に出されてきたのですけれど、その度に王や力のある他の貴族が反対して実現しなかったのです。」


 マルグリット先生が、悲しげに言った。


「それで廃止派の貴族は、やり方を変えました、廃止ではなく縮小へ。」


「そう、今や奨学金を受けられるのは入試で3位以内の生徒だけ、入学後は3位以内はもちろん正答率9割を切ってもダメっていう無理ゲー。」


 無理ゲー?

 達成不可能みたいな意味だと思うが、こいつは偶に変わった言葉を使う。

それは、さておき……


「幼い頃から家庭教師をつけている貴族や、家業のために学んでいる商人の子供相手にそれは厳しいな。」


「そうなんだよ!さっきのマノン君の父親は、薬師なんだ。庶民にしてはインテリな方だけど、ここでやっていけるような教育を受けさせたとは思えない、彼女が入学できたのは奇跡だよ。卒業はもっと難しいだろうね。」


「……」


「そこで君の出番ってわけ。」


 は?何でそうなる。

 こちらが次の言葉を見つけられないでいるうちに友人……

 校長は喋りだす。


「寮には寮先生がいるだろ」


「ああ」


 この学校や、他の名門校は寮に宿題や試験勉強を見てくれる教員がいる。

 学校で授業を受け持つ正教員に対し準教員と呼ばれるが、学生は寮先生と呼ぶ。


「寮生以外は有料になったから、奨学生は利用していないんだ。君にはマノン君専属の寮先生になって欲しいんだよ。」


「有料?いつからだ?」


 私たちが学生だった頃は、生徒なら無料だった。寮生でなくとも寮に行けば勉強を見てもらえていた。


「ボクが、校長になる少し前からだよ。生徒数増加と国の税収のわずかな落ち込みをこじつけてね。改善を訴え続けてやっと今年から予算が出た。国からじゃなくて領主様からだけどね。今年入学した奨学生に準教員をつけろってさ。」


 なるほど、だが……


「私でなくともいいだろう、他の者に頼め。」


「君と連絡が取れない間にいろんな人に声をかけたけど全部断られたよ。それに彼女には本人も知らない問題があってね……」


 すっ、とマルグリット先生が一枚の紙を私の前に置いた。


「これは?」


「今年入学した生徒の体内総魔力量だよ。

君も昔測っただろう?生徒だけでなく教師も驚いていたよねぇ。」


 体内総魔力量、体内に貯められる魔力の最大量だ。


「人間より魔力が多いのは当たり前だろう。

私は、エルフなのだから。」


 人間の魔力がせいぜい50ぐらいだなんて知らなかったから最初は何か失敗したのかと思ったものだ。

 ええと、マノンは……


「92?これは間違い無いのか?」


「書き間違いでも、計器の故障でもないよ。残念ながらね。

……彼女、エルフの血が混じっているように見えた?」


 私を呼んだ理由がこれか。


「……いいや、人間にしか見えなかった。」


「やっぱりそうかぁ、エルフなら問題無かったんだけど、前例もあるしね。

うーん、となると最悪のケースを視野に入れないと。」


「魔族のことか?それにしては魔力が少ない。」


 魔族は、人間の突然変異で生まれたといわれている。人間とまったく変わらない姿なのに、魔力量はエルフよりも多く、寿命も長い。昔は人間に混じって暮らしていたが、人間は彼らを恐れ差別したらしい。今は魔族だけで集まって国をつくり暮らしている。隣国のザクトガードがそうだ。


「彼女が、千年ぶりに人間から生まれた魔族、または魔族との混血の疑いがあるって知られたら奨学金廃止派が黙っていないと思わないか。」


「……それで、私に何をさせる気だ。」


「君にはマノン君を近くで観察しつつ、彼女のフォローをしてもらいたい。あとは、君のお姉さんに連絡をとってもらいたい。クランヴェーネさんにはザクトガードに知り合いがいると言っていたよね。力を借りたいんだ。」


「一人の生徒に随分肩入れするじゃないか。いいのか?」


「違うよ、クライヴ。ボク達は、生徒を身分、お金、種族で差別する奴らに怒っているんだ。学都の教師は、もうそういうのにうんざりしてるんだ。」


 その言葉にマルグリット先生がうなずいている。


「ちなみに君は特別準教員って肩書になる。給料は正教員よりは安いが準教員よりは高い。君、お金無いんだろ?研究にほとんど注ぎ込んているもんな。

それに君は彼女を見捨てない程度にはお人好しだ。」


 顔を見せて情に訴える作戦か……

 だが、ここまで聞いて断るのもな。


「わかった。引き受けよう。」


 校長とマルグリット先生はにっこりと笑い、私はため息をついた。

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