第28話 二日目 夜明け

「うわっ!」


 急に走りだした装置のせいで後ろに転びそうになった。 

 腕を掴まれて難を逃れる。

 

「俺の袖に捕まって。」


 言われるまま袖を掴む。

 触ってみて気づいたけどこの布たぶん高級品だ。色も模様も地味だけど品があるし、厚みがあって丈夫そうなのに手触りが柔らかい。

 お坊ちゃま説が濃厚に……

 

 歩くよりずっと早く元の部屋まで戻れた。

 先生達が、驚いた顔でこちらを見ている。


「その装置はなんだい?」


「それより、その男は誰だ兵士か?」


 目をキラキラさせるクランヴェーネさんと眉間に皺を寄せる先生。


 わたし達がすっかり事情を話してしまうと先輩がほっとした顔で言った。


「マノンが無事で良かったわ。ありがとう、小平太さん。」


 「しかし驚いたな、高魔力でも動ける突然変異か……」


 先生の言葉を意外に思った。

 何でも知っていそうなイメージがあったから。


「先生でも知らないんですか?」


「ああ、人間ことは人間の魔術師の方が詳しいからな。」 


「はいはい、とりあえずここから出よう。みんなが起きる前にね。」


 クランヴェーネさんの言う通りだ。


「この人はどうするんです?師匠。」


「地下は魔力が薄くなりづらいかもしれないから一階まで連れて行こう。」


「……またか」


 呟いてオジサンを担ぎ上げる先生。

 またってどういうことだろ?


 小平太さんを先頭に階段を上り始める。次に先生、クランヴェーネさん、先輩、最後にわたし。

 さっきまで近くにいたから小平太さんと離れたかった、わざと遅れて歩き出す。

 男の子苦手なの、いつかなんとかしないとな。

 先生は平気、大人相手の方が苦手意識ないんだよな。

 ロドリゴやルカ君みたいな細身の子も平気、年が近くて体格の良い子が駄目なんだよね。

 たぶん村の男子を思い出すから。

 

「あー、師匠。ちょっと困った事になりました。」


 倉庫みたいな部屋から廊下ヘ出た小平太さんが申し訳なさそうに言った。


「なんだ?」


 わたし達が廊下に出るとそこには、先生が担いでいるオジサンと同じ制服を着た人達が周りを取り囲んでいた。





 わたし達は塔の一室に連れてこられた。

 ソファやテーブルなど家具は揃っているが埃っぽい、あまり使っていない部屋なのかもしれない。

 窓の外は明るくなりつつあった。もう朝なのだろう。

 先生とクランヴェーネさんは事情聴取だと言われて、順番に別室に連れていかれた。

 わたし達への聴取はシャーリーンさんがやって来た。

 事実だけを述べよという言葉に従って、起きたこと、わたし達がした事を話すとシャーリーンさんは頭痛を堪えるかのような表情で言った。


「五人の証言には矛盾が無いわね。とはいえ、すぐに受け入れられる内容ではないけど……」

 

 ですよね。

 わたしも悪い夢だったと思いたいです。

 やった事には後悔は無い。

 これからどうなるかは不安でしょうがないけど。


 先生達が戻って来て、シャーリーンさんは部屋を出て行った。

 先生達を連れて来た兵士さんが壁際でわたし達を監視している。

 わたしと先輩がソファに座っているとクランヴェーネさんがわたし達の間に座った。

 少し狭いなと思っているとクランヴェーネさんはわたし達を抱きしめた。


「大丈夫だった?何かされてない?」


「いいえ、話をしただけです。」


 彼女から漂ってくるオレンジに似た香り。母さんが使っていたシャンプーを思い出して懐かしくなった。


「クランヴェーネさん、わたし疑問があるんですが。」


「何?」


「街の人はすぐに倒れたのに、わたし達が倒れなかったのはどうしてですか?」


「ワタシとクライヴは魔力が多いから、人間よりは魔力に強い。

 マノンと小平太は結界の無い場所で育ったからだろう。

 ……仮説だけど、結界の中で暮らしていると魔力の変化に弱くなるんじゃないかなあ。

 クローディアは結界の外に出る事が多いんじゃないか?」

 

「確かに休みはどこかに出かける事が多いです。」


「さっき聞いたんだけどこの塔の警護兵って魔力に強い人が集められているらしいんだ。皆出身は結界の無い場所だそうだよ。特に南西部の人間が多いそうだ。」


 あのオジサンと同じザクトガード近くの村や町か。


「まあ、魔道具を着けるのがもう少し遅ければワタシ達も倒れていただろうけど。」


 ギリギリだったのか、危なかった。

 先生と小平太さんは静かに座っている。

 小平太さんの扱いってどうなるんだろう?

 外国の人だし大変な事にならないといいんだけど。


 メイドさんが一人部屋に入ってきて壁際の兵士さんに何か言った。

 兵士さんの表情が変わった。ピリリとした緊張感があるように見える。

 ドアが開かれ、入って来たのは明らかに高貴な身分の女性だった。

 

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