第27話 一日目 夜 オーブ

 白い壁と天井、白とライトグレーの市松模様の床、それらを照らす動力源不明の灯り。

 それがずっと向こうまで続いている。

 しばらく歩いていると床が杉綾模様になった。

 またしばらく歩くと丸をたくさん並べたような模様になって、次は前より濃い色の市松ヘ。

 たぶん、どこまで来たか分かるようにだろう。

 天井の灯りも何個かに一個色が違う。

 初めて来たわたしには分からないが、メンテナンスに来る人はこれらで距離が分かるのだろう。


 わたしの予想ではオーブの場所は王城、もしくは貴族街の外れのあたりだ。

 本来結界の端にあるオーブだが、王都の端までトンネルを掘るのはお金も時間もたくさん必要になる。

 それを解決するのが小オーブだ。

 大オーブで結界を張ってから小オーブで範囲指定して拡大する。

 当時は大気汚染で呼吸器を病んでいる人が大勢いたはずだから、なるべく早くできるようにしたかっただろう。


 わたしの予想は当たっていたのだろう、突き当りの部屋が見えてきた。

 出発した部屋より小さい丸い空間に台座があり、上に光るオーブが浮いていた。

 オーブはわたしの上半身よりも大きい。

 それが浮いているのだ。


「不思議……」


 それに綺麗だ、神秘的で……


 っと、壊さないとね。もったいないとは思うけど、人の命には代えられないもの。


「君!そこで何してる?」


 金槌を握り直し振り上げようとしたその時後ろから声がした。

 振り返ると兵士のような黒い制服のオジサンがいた。

 とっさに金槌を体の後ろへ隠す。


 え?どういうこと?

 今は皆意識無くなっているんじゃないの?

 それにここは宮廷魔術師の中でも限られた人しか知らないのでは?


「だ、誰?」


「わたしはこの塔の警護兵だよ。君は魔術師の家族か?見学に来たのかい?」


「……あ、あの」


「今この塔は危険だよ。魔力漏れが起こってるみたいだから、塔を出て医療棟へ行こう。」


 魔力漏れだって分かってる?でも医療棟のお医者さん達も倒れているのに……


「オジサンは平気なの?」


「オジサンは特異体質なんだ、高魔力でも一日は平気でいられる。ザクトガードの近くで時々そういう子供が生まれるんだ。そのお陰でこの塔の警護に選ばれたんだよ、こういうときのためにな、っとそれよりここを出よう。魔術師の奴ら魔力石の管理はちゃんとしろって言われてるのなあ。」


 ああ、原因がこの塔の魔術師達にあると思っているんだ。


「オジサン、外の人も倒れているよ。平民街も全員。見てきてよ。」


「何を言っているんだ。そんな規模の魔力漏れが起こるわけがないだろう。しかもオジサンの仮眠の間に。戻ったらこんな事になっているんだもんなあ。無事な人を探してたら物音がしたから探しにきたんだよ。会えて良かった。」


 仮眠!?この異常事態に気づかないで寝てたっていうこと?どれだけ鈍感なの!


「外見れば本当だって分かるから、とにかく戻って塔から出て!」


「分かった、じゃあ一緒に行こう。ここは関係者以外立ち入り禁止だよ。」


「わ、わたしは後から行くから、先に行ってて!」


 オーブを壊す前に連れ出されたら困る!

 だがオジサンはわたしの手首を掴んだ。


「ダメだよ、一緒に行こう。お父さんかお母さんと来たのかな、探してあげるよ。」


 そのままずるずると引きずられていく、振りほどくには力が足りない。


「離してってば!オジサンだって王都に家族や友達が居るんでしょ!助けなきゃ、皆苦しんでいるの、こんなことしてる場合じゃないんだって!」


 ゴトッ

 逃れようとしたせいで金槌が落ちた。


「……それは?」


 やばい、疑われた。

 オジサンの目つきが鋭くなり手に力がこもる。


 ゴッ

 オジサンが急に倒れた。


「マノン!急げ!」


 オジサンの後ろから現れたのは小平太さんだった。

 何でここに!?とは思うもののオーブを壊す方が先だ。

 わたしは金槌を拾ってオーブまで走り思いきり叩いた。


 パリィィィン


 あっけなくオーブは粉々になった。


「小平太さんなんでここに?」


 気絶させたオジサンの様子をみていた小平太さんが顔を上げた。


「オーブを壊して戻ってみたら、マノンと誰かの声がしたから様子を見に来た。」


 ええ!?


「なんでそんなに早いんです!?」


「ああ、これだよ。」


 小平太さんが部屋の入り口あたりの床を示す。

 廊下の終わりの床が一段高くなってる。


「魔術師達が移動したり物を運んだりする為の装置だよ。トタで同じ物を見たことがあるから気づけたんだ。」


 トタで同じ物をって……

 こんな動力も分からない装置、あちこちにあるとは思えない。

 あるとしたらここみたいな魔術師達が居る研究機関または女皇帝が住むという皇居……


「小平太さんって何者何です?」


「ただの学生だよ。」


 もしや高い身分のご令息とかなのか?


「これにその人乗せて運ぼう。手伝ってくれ。」


 二人でオジサンを装置の上に乗せる。あまり広くはないので横向きに寝かせて体を丸めさせる。


「俺達も乗ろう。」


 わずかに残ったスペースに立って乗る。かなり密着しているが、今は嫌がっている場合ではない。


 小平太さんが壁から突き出た取っ手を握ると、床が結構な速さで動きだした。


 

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