第29話 二日目  朝

 その貴婦人は五人の女性騎士に囲まれて部屋に入ってきた。

 エメラルドグリーンの瞳、結い上げたルビーみたいな赤い髪に大粒の真珠を飾り夜空色の美しいドレスを纏っている。

 彼女の顔を見て先輩がハッとする。


「……王妃様?」


 王妃様!?この人が?

 何でこんな所に来たんだろう?

 わたし達が座っているソファ譲った方がいいのかな?

 マナーの授業はまだ受けてないから分からないんだよ……


「そのままで結構です。堅苦しい挨拶は無しで。わたくし達はあなた方のしたことを隠す事にしました。」


 えっ?どういうこと?


「あなた方が行動しなければ王都は滅んだ。

魔術師達はそう言っています。ですがそれを信じずあなた方を責める者もおりましょう。

結界はオーブを壊したからではなく魔力に耐えきれず崩壊した事にします。

王族と魔術師とこの塔の兵士、今ここに居る騎士だけが真実を知っている。

これは大勢の命と国を救ってくれたあなた方へ今できる唯一のお礼であるとわたくし達は考えます。

あなた方が今までと変わらぬ暮らしを遅れるように。」


 いきなりすぎて理解できないわたしの隣でクランヴェーネさんは言った。


「つまり恩知らずからワタシ達を守る為に隠してあげるって言いたいの?なんか上から目線だね。」 


「命を助けて貰ったことを理解できず、結界を壊した責任をあなた方に求める者は必ずいます。そうなるとエルフのお二人は良くても、教え子さん達は困った事になるでしょう。

こんな事しかできないのは情けないかぎりですが……」


「王妃様!」


 騎士の一人が咎めるように言う。威厳を保てと言いたいのだろう。


「姉さん、この話は私達にとって都合が良いでしょう。私達は英雄になりたいわけではないのだから。」


 先生はクランヴェーネさんを説得したいみたいだ。


「クローディアやマノンを退学にしたり、小平太君の身柄をアルギンスに留めたりはしませんよね。」


 王妃様は頷く。


「不当にあなた方の自由を奪う事はありません。恩を仇で返す訳にはいきませんから、どうか信じてほしい。」


「それで、ワタシ達は帰っていいのかな?」


 王妃様は先輩へと視線を移した。


「クローディア、あなたのお父様に来てもらっています。クランヴェーネさん達四人とシャーリーンをあなたの家に泊めてもらえますか?王都が少し落ち着くまで。」


「シャーリーンさんも?」


「詳しい事はシャーリーンから聞いて下さい。今は王城から出て欲しいの。あなた方がここに居たことを知られる前に。」


「あなた達が引き止めたんだろうに。」


「それは事実を確認する為だ!無礼もいい加減に……!」


 クランヴェーネさんの言葉に騎士の一人が声を荒らげたが……

 

「お止めなさい、エイミー。」


 王妃様が静かだが凛とした声で止めた。


「彼らはわたくしがお願いしたから事の次第を説明して下さっただけ。シャーリーン、後はお願いしますね。」


「はい、お任せを。」


 王妃様の後ろからシャーリーンさんが現れた。

 ずっとそこに居たのか、気づかなかった。


 王妃様が塔から離れるのを待ってから、わたし達はシャーリーンさんに案内されて車寄せで待つ先輩のお父さんと合流した。

 王城に商品を運ぶのに使っているという大きな馬車に乗り込んで先輩の家へ向かう。

 馬車が走りだすとシャーリーンさんが頭を下げた。


「先ほどはすみませんでした。エイミー王女は王妃様を尊敬するあまり発言が行き過ぎる事があるんです。」


「あれ王女だったの。もう帰してもらえるんだから気にしないで。」


「師匠は本気で腹を立てていたわけではなく、これが当たり前だと思われたら困るから言ったんです。身分の高い人の中には下の者は無条件で従うものと思ってる人もいますから。」


 ずっと黙っていた小平太さんが口を開いた。

 

「そんな人にはあなた達のことは知られないようにするわ。約束する。」


 荷運び用の馬車だから座席は無い。

 だから、ふかふかの絨毯とクッションを敷いて座っている。

 天井には西大陸から買いつけたという異国情緒漂うランプも下がっている。

 そこで寛ぐエルフの姉弟、美少女、異国の少年、美人魔術師。

 なんか椅子文化の無い異国の宮殿みたいに見えてきちゃったんですけど。

 外では兵士や医者が忙しく動き回っていて喧騒も聞こえてくるんだけど、窓が無いから見えない。見えても何もできないしね。


「あなた達には王都が落ち着くまでクローディアの家で過ごしてもらうわ、外出は禁止。頃合いを見てこちらが用意した馬車で学都まで送る。いい?」


「ずっと家の中?」


クランヴェーネさん不満そう。


「こんな状況だし、外に出ても店なんて開いてないですよ。」


「あなたは監視役?」


「護衛兼監視役ね。しばらくは我慢してちょうだい。」


 それから三日間、わたし達は先輩の家から出られなかった。




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